『日本近代短篇小説選 大正篇』 (岩波文庫)読了

日本近代短篇小説選 大正篇 (岩波文庫)

日本近代短篇小説選 大正篇 (岩波文庫)

ボーツー先生の『大阪おもい』*1で絶賛してた上司小剣の『鱧の皮』が収められていたので、
図書館で借りました。というか、地元の図書館で上司小剣を検索すると、
これがまず出て来た。他の図書館の開架をぶらぶら見たら、
上司小剣短編集も普通にあったのですが、地元はこれだったので。
岩野泡鳴とかの作品も入っているし、お得かなと思いました。

版元サイトの収録一覧
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/3119130/top.html

解説頁362で「小説」という言葉の漢学由来の立ち位置について触れてますが、
実際に中文世界では、北京の古本市で私が小説を漁っていて、
疳の虫の強そうなインテリオバハンが寄ってきてニージャオシェンマ*2と訊いてきて、
シャオシュオ*3というと、大仰に驚いて、シャオシュオ!と吐き捨てるように叫ばれ、
いかにも無価値なサブカルを懸命に探す変人みたいな目で見られたことを思い出します。

久米正雄の『虎』は、なんかほかで読んだ、女の人がヘンな家で虎になる話かと思ったら、
違いました。
女流作家田村俊子*4は、バンクーバー滞在時と朝日軍が重なるな、とプロフを見て思い、
なんか日系人野球について書き残してないのかと思いました。
鱧の皮もいいのですが、郵送で送れるものなのかと不思議でした。

頁142 諸崎行 広津和郎*5
今度は急に、「やっぱり何よりもあの話を父に打明けよう。そうしない中は、この気持ちはとてもおちつかない」という考が湧いて来た。(中略)低い声で、そっと父にいった。
「父さま、僕と一緒に散歩なさいませんか。少しお話したい事があるんですから」
「よし」
 そういって父は直ぐそこにあった下駄を突っかけて降りて来た。

(中略)
「実は僕は非常な失敗をしたんです」私はそういったが、割合におちついた調子で第一の言葉が出たので、イイジイな気持がした。「僕は或る女に関係したんです」
「ふん」と父はいった。
「そして僕は子供を生ましてしまったんです」
「ふん」
 私はそっと父の表情を窺った。けれども、私の心配したようにそれが父の神経にさわる様子は見えなかった。
「そして何より悪いのは、僕がほんとうにその女を愛してはいなかった事なのです」
そういった時、私は顔が火照るのを覚えた。父は「ふん」「ふん」といって、
(後略)

これがイチバン笑いました。ボーツー先生のほかの本、西村賢太対談集で、
ボーツー先生は西村賢太がええ家(し)のぼんであることを鋭く指摘してますが、
流石の北町貫太も、こんな話し方を父親にはしますまい。
というか、西村賢太の実父は対談時ご健在だったように読んだのですが、
貫太が父親と対決する話があるのか、またはいずれあるのか、
その辺は別に追っかけてないので知らないです。
でも、父との対決なんて、小説はヤン・ソギルでじゅうぶんな気もします。
いてれば匹夫も凡人も皆対決する、ハシカみたいなもんだと思うので。以上