『少し酔って』enivré de vin(角川文庫)読了

 カバー 亀海昌次 旭印刷 解説 鎌田敏夫 1990年実業之日本社単行本刊 1993年角川文庫化 読んだのは1994年七版

少し酔って (角川文庫)

少し酔って (角川文庫)

 

 表紙列記の酒名がそのまま各話のタイトルになっている短編集。表紙の英文タイトル列記は、よく見ると、最終話「ブランデー」を中ほどに上げてきて、「ヒレ酒」を訳してません。装幀者逃げた。実業之日本社版も同様でした。そんなに難しいのか、ヒレ酒の英訳は。FFS, Fin Fish Sake.

「ひれ酒」に関連した英語例文の一覧と使い方 - Weblio英語例文検索

 表紙裏の煽り文句がそのままKindle等の電子書籍で使われてますが、ほんの少し文章が変わっています。

電子:贅沢で粋な10篇。

紙 :相当に贅沢で、粋な10篇。

中国語で考えると、"相當"シャンダン(xiangdang)をつけたい気持ちは分からないでもなく、同じ理由でシャンダン(xiangdang)を削りたい理由も分からなくはないかなと思いました。打ち込んだ人が中国系ではないかという前提で書きましたが、委細知りません。奢侈而潇洒的十篇。相当奢侈而潇洒的十篇。

左は表紙裏の写真。下が電子版(アマゾン等の煽り文句も同じ) の打ち込み。

ホテル・ルームで、バーで、レストランで、二人がグラスを合わせる時、物語(ラブ・ストーリー)の幕が上がる。あるいは、物語の幕が下りる。ブランデーで、バーボンで、カンパリで、少し酔っている。男も女もグラスを武器にする。ハッピー・エンドでもない、悲しい結末でもない、贅沢で粋な10篇。

森瑤子という作家さんは、シナ呼称について戦前と戦後の変遷を調べていた時、『シナという名の女』を読みました。『少し酔って』のほうが面白いです。清水俊二さんの字幕スーパーの本で、森瑤子『風物語』という、職業婦人の酒とセックスにまつわる小説が出てきたので、それを読もうと思ったのですが、近隣の図書館にないので、これをまず読みました。

森瑤子 - Wikipedia

シナという名の女 (集英社文庫)

シナという名の女 (集英社文庫)

 

<目次と感想>

ウォッカ ●vodka

⇒台所の棚にウォッカのボトルを発見し、減りが速いので、妻のキッチンドリンカーを疑う話。隠し酒かどうかがヒント。恋人の描写で、肉というより直接骨を感じさせる躰だ。けれども乳房は大きい。痩せていて乳房の大きい女はエロティック(以下略)(頁12)という箇所があります。本書にも香港が登場しますし、『浅水湾(リパルスベイ)の月』なんてタイトルの本も書いている著者なので、広東語新聞の風俗記事に出てくる“骨女”を意識して形容したのかと思いましたが、たぶん骨女はマッサージ嬢の意味でしかないのかな。検索してもよく分かりませんでした。

dic.pixiv.net

バーボン ●bourbon

⇒金曜の夜、抑制の利いたバーテンのいるバーの話。タクシーが捕まらないのでバーに入る、雨宿りにバーに入る。バブル期に、そうと気づかず、のちに伝説となるような、札びら手に持って振らないとタクシー止まらないとか、そういう話は誇張だろうと信じながら書き、読む小説という気がしました。先週は誘われたくて来ている感じのした女性が、今週はそうには見えなくて、という話を本人にべらべら喋る男と、闖入する女性のエクストリーム連れ合い、否、フォーマー連れ合い。

スコッチ・ウィスキー ●scotch whisky

 ⇒女性のヘビースモーカーが、🚭禁煙しているツレに口くさいといわれてそれが致命傷だったと気付く。という話ではまったくないのですが、そうも読めます。

シェリー ●sherry

⇒ニューヨークのオイスターバーの話。登場人物もたぶん邦人でなく米国人。この短編集に出てくる飲食店従業員は、なべてプロ意識が高く、かつ接客スキルも高いです。ある意味バブルが押し上げた理想像なのか。以降こうした架空のモノサシと現実とのギャップにえんえん現場は悩まされ続ける。みんながみんな賢者の贈り物は㍉。とまれ、この話に出てくる「大柄でごま塩頭の」ウェイターを、黒人と思い込んで読みましたが、読み返すと人種や民族は書いてなかった。ハンガリー人であってもおかしくないし、レバノン人だったかもしれない。料理が自慢の店でワンドリンクだけで粘ってしかも痴話口論をする男女客を、辛抱強く暖かく接しつつ、混んでるので適度に放置する素晴らしいウェイターの話です。メニューがガリバン刷(頁75)というのが新鮮でした。

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謄写版 - Wikipedia

シャンパン・カクテル ●champagne cocktail

⇒頁97、パンティーホースという単語が分かりませんでした。

パンティストッキング - Wikipedia

パンティストッキングは和製英語で、米国では pantyhose(パンティホース)、英国では tights と表記する。繊維が太く織り方が厚手の物は、日本では特に区別してタイツと呼ばれる。

作者の服装の描き方は独特で、ゴージャスかつ上品です。

頁96

 ひとつだけ言えることは、相当に贅沢な女だということだ。それも一朝一夕で身につけた贅沢ではなく、子供の頃からそういう生活をしていなければ身につかない種類の、つまり、さりげない奥深い贅沢さなのだ。

 たとえば、この季節なら身につけているものはカシミアで、絶対に一目でどこのものとわかるようなブティックの商品ではない。

 黒いタイトスカートに、ベージュのセーターを中に入れ、カッチリとした細い茶のベルトできりっとしめている。セーターは深いVネックで素肌に直接着ており、ネックレスの類は身につけない。

 耳にも指にも、光るものなど一切つけない。ただなぜかカルティエのパシャという男物の腕時計を、セーターの袖口にはめている。時計のベルトは、腰のベルトと同じ茶色。そして同じ茶色のほんの少しヒールのついた靴。ストッキングは、その光沢の感じから絶対に千円程度のパンティーホースではない。ゼロの数が多分ひとつ多いはずだ。そしておそらく、パンティーホースですらなく、ベルトでつっているかもしれない。

 なぜ、バーテンダーの彼にそんなことまでわかるかというと、彼自身が贅沢のかぎりを尽し、三十までに親の遺産を見事に喰いつぶしてしまった男だからだ。

バーテンの描写は下記。

頁114

 ふっと女の視線が、バーテンダーのYシャツと蝶ネクタイに留まった。Yシャツは極上の木綿で品の良い光沢があり、蝶ネクタイは、多分、ダンヒルか、アクアスキュータム製だ。でも両方ともかなりすりきれて痛んでいる。

カンパリ ●campari

⇒この短編集の話は毎回オチがひねりが効いていていいのですが、この話もそうです。こう来るとは思わなかった。カンパリオレンジを妻が家で旦那の前で飲む。カンパリにオレンジジュースを次ぎ足して、その混ざり合う色の形容から始まります。

ja.wikipedia.org

en.wikipedia.org

新婚旅行はバリ島のクタ。彼女が今年観た映画ベストスリーは「バヴェットの晩餐会」「八月の鯨」「バグダッド・カフェ」しかしカンニング竹山

ポートワイン ●portwine

⇒ニューヨーク行きの機内からニューヨークへ。登場人物は邦人。どんなにカッコつけても成田発だったんだなあと。でもサーチャージがないよい時代。

頁144

と、男が続けた。

 シャツはヘンリーネックで、衿の中にクラバットを結んでいる。上着は脱いでクローゼットにあずけるのを、さっき見た。シャツの上に、柔らかそうなバックスキンのチョッキをつけ、ボタンは自然に留めてあった。

作者の意図とは違うかもしれませんが、これがオーダーメイドの世界だったら、オーダーメイドは細かく採寸するので、体形が変わったり年齢で変化したりには、その都度対応してゆかねばならず(だからお金持ちしか作れない)一生に一度の贅沢とかそういう気持ちで作ってしまうと、その後ぱっつんぱっつんになったりなんだり、どんどん体と服が合わなくなってゆく悲劇がある、と聞いたのを思い出しました。自然に留められるということは、絶えず新着を作ってるとまでは言わなくても、微調整を繰り返しているのかなと。

ヒレ

小泉喜美子の話かとも思いましたが、違う。

頁179

 今度の仕事も、有名な作家の下訳である。自分の名前で翻訳本を出すのはまだ相当の下積みが必要である。じっくり良い仕事を続けるしかしかたがない。

 下訳に要求されるのは、むろん正確な翻訳の腕だ。正確で、水のように自然に流れる文体。なまじ自分の独自の文体など持っていると、作家に嫌われる。リライトの邪魔になるからだ。間違いさえなければ、直訳でもかまわない。むしろ直訳の方がありがたいのだ、という作家も少なくない。

ガビ・デ・ガビ ●gavi de gavi

片岡義男の『給料日』は、給料をその日ひと晩で飲み尽くす話ですが、この話は女性が、親が残した遺産をすべてヒモに貢ぐというか、最後ゼロになるまでくれてやる話です。四年間で、預金も不動産も、ぜんぶ。男の生活費(お手当)がだいたい月六十万で部屋代が五十万で、それかける四年は五千二百八十万で、自分のマンションの家賃も月百万。別れ際の回想で、この春にアルマーニの春物スーツ新着五着と車の買い替えを断ったとあり、その後も頭金しか払ってないソファの残りのお金をせびられてますので、そのペースで四年だと幾らになるんだろうと(書いてない)無一文になることがヒモにも分かるあたりから丁々発止のやりとりで、話が行ったり来たりして面白いです。

この話にもパンティーホースが出ますし、靴下履いたままセックスする男から、ここまで話が進むのかとびっくりします。ホンコンのリージェントに泊まったという一行があり、香港好きなんだなとここでも思いました。

ブランデー ●brandy

⇒香港の夜景がきれいなホテルのスウィートで(ヒサヤ大黒堂の「ぢ」が綺麗に見えても仕方ないと、ハッピーなんとかバレーに一度しか行ったことのない私は思いますが)、宿泊客のリッチな中年男性と、部屋を間違えたふりして闖入した若い女性の話。どちらも邦人というところが、設定として難ありかなと思いました。誘った誘わないそっちこそみたいなやりとりがえんえん続く話自体は面白いのですが、邦人の若い女性が部屋間違えたフリして単身、スウィートを探検しようとする設定がどうなんでしょうと。海外ですし。十秒ごとに髪かき上げる仕草は下品だ、浅野温子のマネか、というセリフがあり、髪形書いてなくてもワンレンと分かるくだりなど、細部は面白いので、(最後の最後にそれまで余裕かましてたおっさんが、若い子は肌が違うとヤル前に言ってしまうくだりとか)大前提の設定が???なのが残念なシメの話でした。

鎌田敏夫の解説が、全体を語らず、私のように細かい箇所のセリフなどを引用してそれでオワリの解説で、人にやられるとけっこう嫌なものだなと思いました。

鎌田敏夫 - Wikipedia

以上

【後報】

ガビデガビのヒモ、絞りつくした後もお風呂に沈めるとか、正気ならその前に逃げれるけれども一服盛られるところから始まってナントカ漬けになってるのでまともな思考が出来ない、とかの外道でなくてよかったと思います。そういう一線は守る安心の作者著作。

(2019/2/20)