読んだのは1989年に出版されたほうです。1996年に新装版が出たそうで、新装版はふつうに版元で購入可能にも見えますので、アマゾンレビューで入手不可、絶版云々と書かれている真意は分かりません。
12のルビー : ビルマ女性作家選 (段々社): 1989|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
12のルビー : ビルマ女性作家選 (段々社): 1996|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
1989年に刊行されたものに若干手を加え、不備を訂正した新装版
不備ってなんだろうとも思います。下記が版元サイト当該ページ。
上記、新装版版元公式には、「日本図書館協会選定/全国学校図書館協議会選定」の文字と、サンダカン山崎朋子推薦のことば有。トヨタ財団の「隣人をよく知ろう」プロジェクトの支援による翻訳事業だったそう。この「現代アジアの女性作家秀作シリーズ」は何故か一作も読んだことがなくて、『レイナ川の家』や『虚構の楽園』は瞼に焼き付くほど図書館のアジア現代文学コーナーでお馴染みの書名なのですが、ふしぎと借り出して読んだ記憶がありません。タイの、スワンニー・スコンター『サーラビーの咲く季節』は、前川健一が『バンコクのにほひ』か『バンコクの好奇心』で、農村少女の目から見た援農都市インテリの欺瞞、ロクに畑仕事もしないでサボってばっかのくせに、ギター片手に村の娘に秋波を送ってばっかし、の描写が、他のをぱくったか、ぱくられたか、どっちか忘れましたが、そういう指摘のあった小説だった気がします。
上記は老舗の本書書評。私が「12のルピー、否、ルビー」を読もうと思ったのも、前川健一が『アジア・旅の五十音』で、本書編者の作家マウン・ターヤに直接会う話を書いていて、さらにマウンターヤの新宿書房邦訳小説をじしんのエッセーに頻繁に登場させていたからです。その当該書籍である新宿書房『マウンターヤならこういうね』みたいな題名の本だけ入手があれなのですが、他の邦訳は図書館にありましたので、マウンターヤの著作本体を読む前に、男性なのに女性作家集の編者にまかり出るとはなにごと、みたいな本書を先に読んでみました。
マウンターヤというひとは前川健一の描写でもそんな感じの、押しの強い人なのか、財団法人大同生命国際文化基金のアジアの文芸シリーズのミャンマー現代短編集1でも巻頭の「日本の読者の皆様へ」を書いていて、「12のルビー」の巻頭言<日本の読者のみなさんへ>でも、下記のように書いています。
今日のビルマでは、本を出版しようとすれば、事前に原稿を関係当局に提出しなければなりません。当局が印刷を許可してはじめて、本となるのです。
この困難と危険に、「進歩的」と言われる多数の男性作家すら敢えてたち向かうことなく、難を避け安きに流れ、娯楽的大衆小説を書いたり翻訳したりしています。
その状況下で、「はるかに思考の切れ味もよく、ものの見方も清澄で、筆致が大胆」な女性作家は、リアリズム文学の使命、「今日のビルマ国民の状況を反映するものを描き出すことにおいて」男性作家より「はるかに責任を果たしている」んだそうです。ほっほーと思いましたが、このアンソロジーは日本向けに編まれたものではむろんなく、ビルマ語表記は知りませんが、"Yane Myanmar Wuthtudomya" という題名で、1985年に、"Sapay Lawka Press"という出版社からまず現地出版されているそうです。書名検索してたら、 キンミョーチッという女流作家が、1955年に英語圏の雑誌ガーディアンに、"13 Carat Diamond and Other Stories"という戦中ビルマを舞台にした短編英語小説連作を発表し、それが1969年に本になっているので、意識してるのかもしれません。ビルマの特産宝石はダイヤモンドでなくルビーだぜ、みたいな。
13 Carat Diamond and Other Stories - Wikipedia
で、ここですこしうすきびわるい話をすると、編者のマウンターヤ、前川健一がラングーンで深夜ムカテ・カヤというインド発祥でインドで廃れたタマゴ料理をつつきあったオッサン作家が、検索にもウィキペディアにも全然出ません。ビルマ語表記は知らんけんしゅたいんですが、"Maung Thaya"でもろくろく出ない。別の筆名もあるでしょうから、ウィキペディアの英語版とビルマ語版のビルマ人作家一覧で、それっぽい名前を洗ったのですが、出生年1931年のそれっぽいのは出ない。本名ウーティンルゥイン、ぽい名前を見てもない。
List of Burmese writers - Wikipedia
Category:20th-century Burmese writers - Wikipedia
最初マンダレー大学に学び、ラングーン大学(現ヤンゴン大学)に入り、再度マンダレー大学に復学したとのことなので、両校の有名卒業生をウィキペディアで見てもない。
University of Yangon - Wikipedia
Mandalay University - Wikipedia
で、"MIZZIMA"というサイトの2011年ブログに、当時在米の八十歳のマウンターヤが公開書簡で、母国に検閲がある限り、自書の再出版をすべて認めないと宣言したという記事がありますので、実在する人名でヨカッタと、ちょっとほっとしつつ、それ絡みで、誰も情報を打てないのかしらとも思いましたが、なぞです。
顔が切れちってます。縁起でもねえだ。
訳者の土橋泰子さんと堀田桂子さんと南田みどりさんの三人については、南田さんという方の動画がありました。土橋さんが大同生命の本で、シャンソンの歌唱力はプロ並みと書いてあるのとはあまり関係ないまじめな講義です。
本書巻末には、当時文部省の派遣制度を利用してビルマ留学していた、原田正美さんという方の、ビルマ出版事情と、本書の作家に対しての出来る限りの突撃?インタビューが掲載されているのですが、この人が上の動画の左側のひとのような気もします。ハラダサンは、数年前の岡山大学准教授で、かつヤンゴン日本留学コーディネーターであった旨の記事も見え、それで、現在大阪外語大学非常勤講師に戻られてNHKカルチャー教室神戸でミャンマー語を教えておられてて、本人のFBもあるようでした。
カバーイラスト Nandamannya寺院の壁画《老若男女の行列》より 装幀 井田英一 イラスト フラミンスェ 井田英一
フラミンスェという人がまた分からないorz 井田英一という人も分かりませんが。
最初の作品がキンスェウーという人の『行列』という作品で、このカタカナでなく、井村文化事業&勁草書房のほうのこの人の長編邦訳に使われている「キン スゥエ ウー」で検索すると、苦しい時のかみさまだのみみたいな個人サイト「翻訳作品集成」に"Khin Swe U"というアルファベットの綴りが載っていて、そこからまた別の英文表記"Khin Swe Oo"のウィキペディアがひねり出せます。しかしその名前は同サイトのビルマ人作家一覧には含まれてないのでした。
ミャンマー語版には、上の、近年?の、このおばちゃんのカラー写真が載ってます。本書の写真は後述するキンフニンユという別の作家のウィキペディア英語版の写真に似てるんですが、そのキンフニンユの本書の写真は、本書の女性作家のなかでは、相当じみめです。下の真ん中がウィキのキンフニンユ。
次が、マ・サンダーという人の『「諸々の愚者に近づくことなかれ」とは言うけれど………』私がこの「マ」姓を見ると、脊髄反射的に、マー軍団の雲南回族の馬さんではないかと思ってしまうのですが、本名チョウチョウティンだそうで、ぜんぜんビルマ華僑ではなさそう。ウィキペディアの写真があれだったので、ほかにないか画像検索すると、ホラー映画のキャプチャーばかりが上位に出ました。
စန္ဒာ၊ မ၊ စာရေးဆရာမ - ဝီကီပီးဒီးယား
この話は、女手ひとりで苦労して娘を育てても、リキシャ引き予備軍みたいな亭主とくっつくし(ミャンマーなので、リキシャやベチャやトゥクトゥクやシクローではなく、サイドカー方式のサイカーになるそうです)薄幸で病だし、孫も頭脳明晰だが清貧ここに極まれりで、しかし同級生もたいがい貧乏で、列車の中で棒つきアイス売って歩く商売の奴がというところまで読んで、突然中国の列車のアイス売りの、ビンガルビンガル〈冰棍儿冰棍儿〉とか、シェーガオシェーガオ〈雪糕雪糕〉が聴こえてくる気がしました。満洲世代だと、冬の、さんざしの砂糖掛けの〈糖葫芦〉なんでしょうけれど、私は夏のアイスキャンデーです。
この作者の小説タイトルはかなりイカしていて、
ビルマ語だとなんのことやらチンプンカンプンで読めませんが、
グーグル翻訳で日本語にしてしまうと、えらいカッコイイです。出だしからして、おまいは平野啓一郎かという気になるし、『私は若いのでわからない』も面白そうだし、『ヘイトフルファウンダー』に至っては何をかいわんやです。
次の、マ・フニンプエーという人も本名ミャミャタン。この人も勁草書房のほうにも邦訳があるのですが、英文スペルも分からず、ウィキペディアの作家一覧にも見えず。『持たざる者の愛』という本作には、ビルマの女中やナニーにはカレン族が多く、乳母を探しにラングーン北西部のカレン族キリスト教徒密集地まで行ったという記述がありますが、主人公の乳母がカレン族かどうかは分かりません。ただ、若くして夫と子どもをなくし、その愛をすべて雇い主の生後二ヶ月の息子に注ぐというストーリーの、夫と子どもがなぜ死んだかについて、彼女がカレン人であるなら、内戦であってもおかしくないと、読者に行間を読ませる作品であることは確かです。ネタバレですが、三年経ち、おなかを傷めた産みの母が海外から帰って来て、なつかない子どもを奪還するために解雇という展開も悲しい。ルシア・ベルリンの家政婦指南で、雇い主よりねこをかわいがってはいけないというアドバイスの極北。
次のキンミャズィンも、英語スペルや該当しそうなウィキペディア作家一覧の名前が見つからない人です。本名ティティミン。収録作『母なる先生』は、田山花袋『田舎教師』の女性版。
次のチューチューティン、本名キンタンウィンも見つからず。巻末付録によると、ビルマの作家はべしゃりもいける人が多く、彼女もそうであるとか。写真もかなりセルフプロデュース力が高いです。収録作『太陽と月』は、潮騒効果を狙ったのか、かなり実験的です。
次がキンフニンユ(本名マ・キンス)『ゆりかごを揺らす手』子だくさん母と娘たち。モヒンガー屋ということで、高田馬場のミャンマー料理屋でモヒンガー食べたなあと思いました。というか、ミャンマー料理といえばかなりの確率でモヒンガーな気がします。ベトナムがフォーで、タイがクイティオで、マレーシアがラープで、みたいな流れでいうと。
なぜかミャンマー料理店は高田馬場に集中しています。エスニックグループは住み分ける。ふと思い出しましたが、グーグルで「ミャンマー料理」の店を検索しても、出て来るのは「ビルマ料理」の店で、まだまだ店主にこだわりがあるんだな~と思いながら店の写真を見ると、看板等はふつうに「ミャンマー」で、なんのことはない、英語圏企業グーグルが「ビルマ」に力点を置いているだけでした。店舗側の意図ではない。
次はウィンウィンラッ、本名ウィンウィンシェイン。見つからず。『切葉丸扇の葉を傘にして』女性作家は医療従事者の兼業が多く、自然と題材も診療所よもやま話になりがちで、この話もそうで、しかも深夜のバス通勤で、具体的な描写は検閲があるので避けたのでしょうけれど、痴漢の出る場面もあります。日本はモータリゼーションが進んでマイカー通勤なので、バスの運行時間はそんな遅くないよな、と。
次はジュー(ユダヤ人という意味ではありません)、本名ティンティンウィン。『ロマンティックゴースト』収録作品中イチバンの抽象的作品。編者マウンターヤはリアリズム作品という物差しで収録作品を選んだはずなのに、これが入っているのは何故か。いったい何を暗喩しているのか。死者との対話。なんで死んだのかは不明。
ဂျူး (စာရေးဆရာမ) - ဝီကီပီးဒီးယား
次はヌヌイー(インワ)という人。
『一枚のタメイン』タメインというのは女もののロンジーだそうで、ロンジーはミャンマーの腰布で、農村では下着をつけずにけっこうロンジー直ばきするそうで、それで、朝日裁判じゃないですけど、びんぼうなので、母親の残した三枚のタメインしか着るものがない、中学生くらいの二次性徴期の少女が、ビリッ、以下ネタバレ、お腹がすきすぎて死んでまう、川に仕掛けた罠にもなんもかかってない、父さんも下のきょうだいもおなかぺこぺこじゃん、あっ、あそこのよその家のやなにはでっかいのがかかってる、かまうものか、いやー、服が脱げて流されてる、帰り、家までどうやって帰ろう、下半身すっぽんぽん、おっぴろげ(はしません)、「アンタそのかっこうどうしたの?」「おばさん、みないでー」ぴゅーっ、みたいな話。かなりよかったです。書き切るが吉。
次はモウニェインエー、本名ティンモウエー。見つからず。『そのまなざし』お話としては、その場で手くせの悪いやつにガツンと云えない、という内省路線ですので、ガツンのカタルシスが欲しい(フィクションだからこそ)21世紀人としては物足りないです。今だと、面と向かって告発する勇気がなくても、動画とって通報みたいな手が使えるんだろうな。
次がミャフナウンニョー、本名キンレイニョー。見つからず。『ケッガレィの耳飾り』これもすごい話。ピアスでなくイヤリングも乙なものでゲスよ、という女性の秘めた秘話。あっ、秘めてない秘話なんてないか。秘話汗国。穢れてるわけではないと思います。しかしこれが鼻輪だったらどうだったんだろう。ピアスを質入れしたんで、穴にてきとうにたばこの銀紙さしてたら、かいしょなしの亭主がそれ見て大ショックで、質草受け出すために鬼のように奮闘したら、鬼だけに鬼籍に入ってしまうという…
次がモゥモゥ(インヤー)本名サンサン。翻訳集成に綴りがあったので、一覧にないウィキペディアの項目が見つけられました。
မိုးမိုး (အင်းလျား) - ဝီကီပီးဒီးယား
本書の写真もさして変わらないです。『ニョウピャーはコーリャ川のほとりに住む』この最終作と、巻頭作のみ男性が主人公です。そういうのはマウンターヤの計算か。これも田舎教師で、こっちは男性版。
ぜんぶの作品に、初出の雑誌名と年月日がついてます。良心的な原作と邦訳。
巻末付録に、1930年代から市井の人間を平易な文章で綴る、「キッサン文學」なるものが勃興したとあり、早乙女が登場人物の文学も多くなったとか。早乙女ってなんだよ愛と誠かと思って検索しました。
以上