装画 富安健一郎 装幀:早川書房デザイン室
収録十三作品のうち、じゅういっ個めの作品。「生活」という雑誌の2009年2月号に掲載されたそうで、同名雑誌が中国では四誌ほどあり、戦前に発禁になったものと、2007年に休刊したアメリカの「ライフ」は別として、上海の「生活週刊」と北京の「三聯生活週刊」はどちらもこの時点では刊行されていたので、どっちに載ったのかなあという。たぶん上海のだと思いますが、よく分からしまへんだ。
2019年にキンペーチャンの同郷人ケン・リウ*1が編んだ中国現代SFアンソロジーに収録され、その日本版でまず邦書界に初お目見えしたそうで、ただそれは英語からの重訳だったので、今回劉サンから中文原稿をもらって、改めて漢語から邦訳したんだとか。英語版ウィキペディアにはこの作品名はありませんでしたが、そういうわけで、ケン・リウ編アンソロジーから英題を取りました。なんで原題がムーンナイトなのに訳題がムーンライトになったのか。ねむくなったケン・リウのタイピングミス説をまことしやかに語りたい誘惑と戦っている私がいます。北京語のニーハオが広東語のレイホウになってしまう、n音のl音への転換現象のせいにもしたい私。
未来の自分から電話がかかってくる話。といっても、メインランドチャイナには競馬場も競輪場もオートレースもないみたいで、当たり馬券は教えてくれません。環境破壊による地球滅亡を救うための手立てを百年後(超長寿社会達成)から教えてくれるのですが、あちらを立てればこちらが立たず、ひとつの解決が別の無理を生じ、いつまでたっても地球はあの手この手で滅亡。ドラえもんの、貯まった貯金箱を未来からくすねてプラモを買うが、すぐ壊れる話とは違うんですが、なんとなく連想しました。『メッセンジャー』も、エトランゼが訪ねてくる話ですが、その作品からわずか八年後のこの作品では、加速度的に暗い展開になってる。
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(略)未来からのメールと添付ファイルすべてを削除してから、ハードディスクを再フォーマットして、くりかえし何度も0で上書きしてデータを完全消去する作業を開始した。
その前の、「ぼくは将来結婚するのか?」「言えない」「幸せなのか?」「言えない」のくだりの原文を検索してたら、上の赤字の部分の原文がないことに気づきました。著者の原稿にはあるんだけど、活字や電子版だと、ないんだな。下にそのあたりで止めた、朗読動画を置いたので、聞ける人は聞いてみてけさい。
池莉『ションヤンの酒家』の原文を、どっかの地方出版社が池莉作品集として出したのを入手して読んだ時、監獄にいるシャブ中の弟に差し入れする場面がすっぽり抜けているのに気づいたことがあります。小学館文庫の邦訳にはちゃんと訳されているのに、なんぎな話だと思いました。毎回バナナを差し入れするんですよね。バナナのあちこちにシャブを充填したストローを突き刺して、実質シャブの差し入れ。最初の出版時はちゃんとあって、他国が訳す場合はそこも訳されるんだけど、本国の改訂版などでは削られてしまう部分って、あるんだなあとその時思いました。張承志『黒駿馬』の邦訳を読んだ時*2も、草競馬のダライラマ杯とか、今の版では出てこなさそうと思ったです。
訳者あとがきには初出時に劉サンが書いた前文の邦訳がついていて、その前文の原文は中文サイトを開けばあっちゃこっちゃに落ちてるので、ここにも置いておきます。
“这是一篇科幻小说。我们生活在以能源为动力的繁荣时代,也生活在能源会被竭尽的威胁之中。这把悬在头顶的达摩克利斯剑,逼迫人类寻找各种方法,避免最终的毁灭。” ——2009年,刘慈欣
なにしろ十年以上前の文章ですので、ホリエモンのような、SDGsが嫌いな人が今突然ムキーとくってかかることもないと思います。以上
この人のピンインカタカナ名は、「ツ」と「シ」の書きわけが出来てない人には鬼門。