『巨人譚』"KYOJIN-TAN(Tales of A Giant.)" by DAIJIRO MOROHOSHI 諸星大二郎著(光文社コミック叢書SIGNAL 0019)読了

諸星大二郎原画展を見に行った折、本書描き下ろし収録『ギルガメシュの物語』を読んだ覚えがないかったので、買ってないものと思い込み、版元品切れ再版未定でしたし、BOOKOFFで長いこと入荷時メール連絡の手続きをしていて、私はパソウコンでメーラーを開くので、開いた時にはすでに他の人に売れていた、を繰り返していました。したっけ、先日ふと本棚を見ると、『怪と幽』やらマッドメン完全版やらのあいだに本書があって、ありゃ買ってたのかと、抜き出して置いておき、時間のある時に読みました。

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巨人譚 諸星大二郎 | コミック | 光文社

SIGNAL創刊二周年記念企画 「西遊妖猿伝」、 「海神記」と並ぶ もう一つの野心的な ライフワークが 存在した…… 第一部「巨人譚」 連作 最新作(第1作) 「ギルガメシュの物語」 描下ろし49頁 「ミノスの牡牛」※ 「ロトパゴイの難船」 「砂の巨人」 第二部「阿嫦あこう」※ 「星山記」※ 解題・カバー・口絵 新作描下ろし ※単行本未収録作品

帯 企画・ディレクション・装丁……高橋聡 作者による解題あり。そこで、この高橋サンと相談の上、これまで特にシリーズ名をつけていなかったこの連作を「巨人譚」としたとあります。

2007年 「海神記」 上下巻刊行 2008年 「西遊妖猿伝」 連載再開 そして遂に最新作「ギルガメシュの物語」を含む 伝説のライフワークが集成された。 諸星ワールドの魅力を堪能する、 至福の一冊。

右は、何故か挟まっていた、角川文庫のしおり。上は帯裏。

描き下ろしの単行本未収録作品まで入れてわざわざ出したのは、その後『海神記』を復活させて完結まで持って行きたかった、その前哨だったのかもしれないなあ、なんて思いながら読みました。諸怪志異シリーズの未収録作品も二作入っていて、「歴史読本ワールド」1990年10月号から11月号掲載の『星山記』、漫画アクション1998年6月9日号の『阿嫦(あこう)』です。いつか描き溜まったら中国ものだけでまた出したかったのかもしれません。今現在ビッグコミック増刊で連載してる読み切りの中にも中国ものはありますので、いつか誰かがシリーズをきちんと並べるんだろうと思います。最初に出た白泉社誌掲載作品『屠狗王』はもうとうに双葉社のほうに入ってるわけですから、いつか並ぶんだろうなと。『阿嫦』の「嫦」はふつう、嫦娥の「じょう」で読むわけで、もちろんこの字で「こう」とも読みますので、その辺、何に材を採ったかでこうなった、などプロが見たら分かるのかもと思います。

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左は角川文庫栞裏。
このシリーズの企画者は、たぶん私が見た、京都精華大絡みで四条烏丸の廃校になった小学校をマンガミュージアムにしたところのこけら落としか何かで、諸星大二郎×ゴチエイのトークイベントがあった際に、質問で手を挙げて、『海神記』完結してくださいと笑顔で言っていた光文社のかっぷくのいいスーツの人だと思います。押し出し強そうだなと思いましたが、まさか自分で装幀までやってしまってるとは。

光文社シグナルは、ほかに谷口ジロー『ENEMIGO』や畑中純『オバケ』などの作品が本書にはさまってるラインナップの折り込みに見え、本書巻末の広告には、星野之宣『レジェンドオブヤマタイカ』が、「帝都物語」”平成ガメラ”を凌駕する伝奇スペクタクル巨編、のコピーで煽られてます。そういった文章も高橋サンが考えたのでしょう。精力的なしと。

巻末に11ページほど、連載中の扉絵含めたイラストがあります。出土品の模写などあり。

中にレシートが挟まっていて、立川の駅そばのビルの書店で買った本だと分かるのですが、まったく記憶がありません。

2008年のクリスマスイブ、しかも平日に立川で何をしてたのか。たぶんロクでもなかったんだろうと思います。この時期IKEAがあったのかどうかも覚えてません。この日記を書き出してから、一時期立川に行くこともありましたが、本書購入時期はそれとはまったく関係なく、銭湯スタンプラリーをするようになって、東中神の帰国者住宅などを知るようになったのもずっと後のこと。ただただ謎。參は猛悪にして以下略。

本書表紙はギルガメシュの物語のワンシーン。アッシリア語やバビロニア語で粘土板に書かれたギルガメシュの物語を、現在は解読されているその時代のシュメール語で表記すべきか、世に知られているアッシリア語やバビロニア語の読み方に倣うべきか、最後まで迷ったそうです。けっきょくは後者を選択したそうで、おかげでなじみのある固有名称で読めて安心でした。イシュタルがイナンナだったら、ちょっと混乱したかも。

ギルガメッシュないと - Wikipedia

上のテレビ地上波番組とは無関係。放送してた時代だったら、ギルガメシュ叙事詩を題材に選ばなかったかも。

その後の、『ミノスの牡牛』潮出版コミックトム」1986年4月号~8月号掲載は、解題でモロ☆サン自ら、不満足な出来だったと言っている、そのとおりだったかと。コミックトムのモロ☆作品は、これ→太公望伝→無面目→海神記Ⅱの順番な気がするのですが、模造記憶かもしれません。ウィキペディア等で記憶の補正を試みるつもりはありません。これと、太公望伝が、原画展の感想にも書いたとおり、池袋の色に溺れた感がままある作品です。

『ロトパゴイの難船』「デュオ」1982年1月号掲載は、作者自らが解題で「デュオ」という雑誌が朝日ソノラマから出ていた「マンガ少年」の後継誌だと書いていて、私含めマニアは同時期徳間書店リュウ」で、諸星大二郎がカセットテープの録音がどうの、フォークランド紛争がどうのと、まったく政治と関係ないイラストエッセーを描いていたことくらいは知ってますので、あえて記憶の混同を戒めたかったのではないかと思います。

『砂の巨人』「マンガ少年」1979年4月号~5月号は、第一次円熟期ともいうべき時代なので、今読んでも素晴らしいです。ナイジェリアなどの黒人遊牧牧畜社会は、けっこう前からネイチャー等英語の自然科学グラフィック誌には出て来ますので、目に触れた邦人が作品にしようと目論んでもおかしくないのですが、寡聞にして知りません。モロ☆サンは『ダオナン』など、カラハリ砂漠ブッシュマンを題材にした作品も描いていて、そっちは、パプアニューギニアを題材にした作品の余波というか、どちらも第四の人種ですので、資料を蒐集する中で思いついたんだなと思いますが(サンシャインに登る話など)この話のアフリカ黒人の話は、さらにその余波のような気がします。スクリーントーンを使わずとも、顔の人種的特徴を描くことで、描き分けはじゅうぶん可能という描写力はいまだ誰も追従していないはず。アフリカでフィールドワークしていた都留泰作サンが、『ナチュン』でちょっとやったと思うのですが、ほんとにちょっとだった。

今読んでも、悪霊に憑りつかれた男が、齧歯類をしとめて火を起こして食事する場面や、黒人社会に紛れ込んだギリシャ=ローマ白人(実際にはクレタ火山噴火でエーゲ海を追われてサハラ以北に移住した人々の子孫が砂漠化に伴って南下)の自然なたたずまいなど、目を奪われます。悪霊に憑りつかれて頭がアレになったので村落共同体を放逐され、近隣の荒野でのたれ死にするまで自活する男の、すべてを受け入れた、その表情はとてもいい。

シリーズ完結はそれはそれでそうなのですが、もし続きが描かれるとしたら、もう人類最古の叙事詩ギルガメシュ以前には遡行出来ないので、サハラ砂漠が砂漠化した後のアフリカ、もしくは短剣の数奇な転変に伴って地球上のほかの場所ということになり、中公新書『物語 アフリカの歴史』を読むと、モザンビークかなあ、大航海時代ポルトガル人が現地と混交して、まったく「黒い白人」になったりしたこともあったようなので、そういったことが素材になれば面白いと思います。あるいは、西海岸の奴隷貿易を経て、短剣は新大陸アメリカへ、となるなど。

以上