『南米取材放浪記 ラティーノ・ラティーノ!』"Latino Latino!" (Viajando por Sudamérica_Colombiano・Brazilian)by Ryosuke Kakine 垣根涼介(幻冬舎文庫)読了

著者の『ワイルド・ソウル』という小説を読み、取材旅行記が出ているとのことでしたので読みました。ブッコフで¥220。●カバーデザイン 米谷テツヤ ●カバーフォト 垣根涼介

Webマガジン幻冬舎で2002年8月から2003年12月まで連載の「南米取材旅行記 コロンビアーノ・ブラジリアン」を改題、大幅に加筆・修正とのこと。垣根サンのご尊顔は存じないのですが、作家サンの紀行文なら、写真てんこもりでもう少し判を大きくしてもよかったのではないかと思いました。さっきブッコフ店内で紀行文のコーナー見たら、やっぱり伊集院静サンの本が二冊ありましたが、長澤まさみがガンジス河で泳いだ写真集くらいの大きさはありました。もとがウェブ連載ならおしみなくドドーンと大画面で写真載せてたでしょうし、それがこの本だと、文庫のページにタテ三個並べた小ささになってしまうのが、いかにもくやしい。

しかし、ブラジルもそれなりに治安の悪い国ですし、コロンビアはそれに輪をかけて、異次元の治安の悪さですので、安易にパチパチ写真を撮ったりしなかったとはご本人の弁。そうするとまあ、写真がそんなになくても仕方ないかなと。藤原新也の時代は遠くなりにけり。藤原新也サンの写真集は文庫でもオールカラーで写真がいっぱい載ってますが、本書はカラーの口絵すらない。

二ヶ月ほどかけて、主に日系人の取材に行ったとのことで、船戸与一サンが探検部の後輩の高野秀行サンを取材コーディネーターに使ったような、珍道中の相方はいず、単独行です。アウトローを以て任ずる幻冬舎であっても、なんかあった時に責められるのはイヤで、カメラマンをつけなかったのかどうか。なにしろコロンビアですから。ほかの南米人からも気を付けてと言われまくったとか言われなかったとか。筑波大出て前職近ツーはダテじゃないので、現地アテンドみたいな人も出て来ず、取材の工程表も伸縮自在、ああこの町はもういいやと思ったらチケットとって次の町へ、という、バックパッカーみたいな旅のしかたをしています。邦人バックパッカーの多くは垣根サンみたいに英語ペラペラじゃありませんが、そこはおいといて。

行きの飛行機がヴァリグ・ブラジルな時点で、もう時代ガーという感じでした。現代はどこに行くにもフライ・エミレーツUAEの翼(与沢サンではなく)

本書を読んで思ったのが、意外にどこも標高高くて過ごしやすいんだなということ。コロンビアが、ボリビアと並ぶ標高差のある国だとは知っていましたが(首都ボゴタは海抜2,600m)サンパウロが海抜800メートルとは知りませんでした。本書はどこの町に行っても、だいたい標高を書いているので、どこを読んでもうらやましかったです。過ごしやすさという点で。

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ただそれは、後半ブラジル東北部(ノルデステと云うそう)、アマゾンの開拓地になると、暑くて湿気が強くて、水道水も川の水なので茶色だったり青色だったり緑色だったりと、メチャクチャになってゆきます。そしてそここそが、戦後日系移民「アマゾン牢人」を産んだ地。

本書は各都市にその場所が南米のどこにあるかを示す地図がついてるのですが、この地図が分かりにくいです。ヘンにこじゃれた処理をしたせいか。コロンビア第二の都市メデジン"Medellín"を「メデリン」と書いていて、スペイン語の発音でなく英語のそれで表記を心掛けたのかな、と最初は思いましたが、鶏の"gallina"はスペイン語ではガジーナですが、ポルトガル語ではガリーニャですから、ポルトガル語よりの発音で書いたのかもしれません。

頁21、ブラジル総人口の一パーセントに満たない日系人子弟がサンパウロ大学、略称ウスペ在籍者の二割を占めるくらいニッケイといえば教育熱心で頭脳明晰、と思われている当のニッケイが一目置く民族がレバノン系、というくだりはとても納得しました。ただし、本書執筆はカルロス・ゴーンサンが馬脚をあらわす前ですので、現在、ゴーンサンが邦人のレバノン人全体の評価を下げてしまったことは否めないかと。

事前に折衝したんだと思いますが、垣根サンはコロンビアで、ほとんどいない日系にチャンと取材しています。コロンビア第三の都市カリ(標高約千)はカジノはじめ誘惑の多い街で、美女揃いなのですが、しかし彼女たちは体型も顔も、どことなく均一的で、それを日系人に言うと、「オペレーションだから」(=整形だから)という回答で、成程なと思いました。頁35。私もこれからオペレーションをその意味で使ってみたいです。

私は『ワイルド・ソウル』を、かなり垣根サンが物語として構築した話だと思ってましたが、本書を読むと、ここも使った、あれも使った、ここも使われてるのオンパレードです。よくそれを包み隠さず語っているなと。エルレインという、元娼婦で、アマゾンの強盗団に惨殺される女性のモデルが同名のエルレインで出て来るくだり(頁135、サン・ルイスというブラジル北部の港町に出てきます)*1など、よくこんな交流しといて小説で惨殺されちゃう展開にしたな、と、そのプロ根性に恐怖しました(うそです)瀋陽日本領事館事件は、私も『ワイルド・ソウル』読むまで忘れてましたが、ブラジル日系人社会ではこの上なくホットな話題だったようで、日本人ならこういう時毅然としやがれ、的な意見を云う人が多かったとか。頁73。

『ワイルド・ソウル』にはよくアンタークティカというブラジルのビールが出て来るのですが、現地では、もうひとつ拮抗するブランド「ブラウマ」があって、しかし後者は月とスッポンなんだとか。頁157。そんなものかと思いました。アンタークティカやペルーのクスケーニャにノンアルがあっても、さて、どうかなあ。

ブラジルもコロンビアも、住人の九割はそこぬけの善人で、いい人ばかりなのだが、残りの一割が、これがもうリミッター解除の、なんでもありの悪党で、だからこそ治安がものっそ悪く、しかし人々は楽天的なのだとか。紀行文におきまりの、現地で知り合った印象的な人々からの、数々の名ゼリフも飛び出しますが、さて、じゃあ本書で『ワイルド・ソウル』聖地巡礼に行くかというと、やはりそれはとんでもなく無理だったりもするのでした(主たる要因は治安)フライ、エミレーツ。以上

【後報】

告別式の会場まで詳しく載ったカズーの父親の訃報がスポーツ紙複数紙に出て、それまで、KINGカズが母親の姓を名乗っていることも私は知らなかったので検索しながら漫然と記事を読んでおりました。すると、日本よりブラジルで有名だった納谷宣雄サンが、ブラジルサッカー界の大物に知己が沢山いるという箇所で、アベランジェFIFA会長に押し上げた影の参謀・レバノン系のエリアス・ザクーという人物から、カズのご父君を通して、日本サッカー協会も審判買収の誘いを打診されたという記事に辿り着きました。協会はその申し出を受けなかったところ、ドーハの悲劇が起こったという記事。眉唾ではありますが、それを差し引いても、さすが、レバノン系やるなと思いました。日系人が一目置くからと言って、日本人が一目置くのとはまた違う。あまりにそこらへんにいくらでもいるキャラなので寅さんにまるで人気がない日系人社会で一目置かれるということ。

三浦知良を育てた不肖の父の正体(3)カズの“異母兄弟秘話” | アサ芸プラス

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(2023/9/9)