『逃亡の書 西へ東へ道つなぎ』"The Book of Escape. Connecting The Road to West, or to East."「第四章 帰郷 ウクライナから遠くはなれて」Chapter 4. "Homecoming. Far from Ukraine." by MAEKAWA SANEYUKI 前川仁之 読了

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章の副題をこの映画のもじりにしてしまうことは、作者も悩んだと思います。でも、ウクライナから日本に避難している避難民にとっては、これが偽らざる心境(少なくとも前川サンが出会ったウクライナ難民たちにとっては)なのでしょう。関係ありませんが、前川サンというと、私の日記にはよく前川健一サンが出ます。大東京ビンボー生活マニュアルの作者は前川つかさ。どちらも著者とは無関係だと思います。「仁」と書いて「さね」と読むとは知りませんでした。蔵前仁一は「じんいち」

頁245

(略)ガガーリンの有人宇宙飛行第一声はウクライナでは「地球は青かった」と教えられた覚えはなく、「ここ(宇宙)かあ見る限り神はいない」だったそうだ。これは共産主義用に手を加えられたものだろう。(略)

世界のハルキ・ムラカミの『スプートニクの恋人』にも書いてないこと。まあ、『中国行きのスロウ・ボート』に文革が出てこないのと同じかな。「ちがいます」

前川サンはロシア側の意見も聞こうと思って、正面から行くと拒否られるので、ゲリラ的に動きます。ここを読んで、鈴木宗男サンに頼めばよかったのに、と思う人はいないです。

頁255

「バンデラって知ってる? ウクライナの、西のほうで、ナチスに協力してたくさん人殺したんだよ? ユダヤ人も。そんな人を、ウクライナでは英雄にしてる。おかしいでしょ?」

こうロシア人から言われて、前川さんは鵜呑みにします。それでプーチン筆頭にロシア人はみんなウクライナのナチを倒そうとか言ってるんだ、と。私もステパンさんを知らないので、イフェソン(李恢成)『サハリンへの旅』に出て来る少年の名前もステパンだったな、スピルバーグ周星馳もロシアに行ったらステパンになるんだなとしか最初は思わなかったです。

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バンデラはウクライナ国家再生宣言を執筆し、宣言は1941年6月30日にドイツ軍に占領されたリヴィウでヤロスラフ・ステツコによって読み上げられた。しかしドイツはこの宣言を認めず、バンデラは7月5日にドイツ占領当局によって軟禁された後にザクセンハウゼン強制収容所に送られた[2]。その出来事によってウクライナにおける対ソ対独双方と戦う象徴となった。1944年9月のベルリンの獄中でバンデーラは反ソ連武力闘争の指導を提案されたが、ナチス・ドイツとの協力を拒否した[3][4]。

ウィキペディアはもうその辺織り込み済みで、バンデラは途中から対独協力を拒否して迫害されたのに、ロシアはそれを無視してるということになっています。(ただ、ユダヤ人からするとやっぱり、もやっとするらしい)

この章は最終章なので、これまでの章の答え合わせをしてる感があり、「サマリア人」「クルド人」についてそれぞれ補足があります。

頁261、藤原書店から2006年に出たイヴァン・イリイチ『生きる希望 イバン・イリイチの遺言』が出ます。イリッチによると、イエスは「隣人とは誰のことか」と訊かれ、善きサマリア人の故事を話すんだそうです。司祭もレビ人(ユダヤの一支族)も傷ついて倒れた人を助けなかったのに、「イスラエルの北方の王国から来た、神殿で礼拝をしない、軽蔑すべきよそ者」であるサマリア人が、彼を助け起こし、宿に連れて行き、宿代迄払うのです。イリイチは、このサマリア人を現代に置き換えると、パレスチナ人ということになり、ユダヤ殲滅をスローガンにするハマスなどに逆らって、自分の敵を介助するという、共同体への叛逆を「選択の自由として行使」している人間ということになる、と指摘しています。

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そこでイエスは言われた、「あなたも行って同じようにしなさい」。

Ісус же сказав йому: Іди, і роби так і ти!"

Тогда Иисус сказал ему: иди, и ты поступай так же.

Then Jesus said to him, "Go and do likewise."

Jesús le dijo: «Vete y haz tú lo mismo.»

いやー、これにはやられたデス。イリイチを出されたら、聞かないわけにはいかない。

クルド人については下記。館林のロヒンギャコミュニティにて。

頁278

(略)僕が訪れた時、在日ビルマロヒンギャ協会会長のアウンティン氏は次のように語っていた。

「似たような境遇でも、クルド人は自分たちのモスクを持てていません。これには理由があります。私たちは早くから協会を作ってそれをコントロールし、日本の人たちと話し合ってきたからです。日本はアメリカのようにな移民社会ではなく、外国人が怖い人も、宗教が怖い人もいます。逆にロヒンギャにも、日本の決まりや作法がわからない人もいる。だからこそ協会を作って、日本の人もロヒンギャも、なにかあったら連絡してください、という風にしました。そうやって交渉すれば、地域の人も政府も役所も警察も、協力してくれますよ」

 そしてすでに日本に帰化していた(略)

ここも相手の言い分をそのまま受け取っていて、もう少しクルドの内情に突っ込んでもいいのではと思いました。ビルマの回教徒がどこまでクルド世界に通暁精通しているのか。北東京のクルド料理店に行った時、メソポタミアなんかをイメージした店で、お店の人はひょっとしたらイラククルド人という感じで、トルコビザで入国してるワラビスタンのトルコクルド人とは違うのかなと思いました。オネーチャンが来るとナンパしてるのかしてないのかの常連客はどこのクルド人か知りません。ほかにシリアにもイランにもクルド人はいますので、そんなに簡単にまとまらない。地域差もデカい。さらにいうと、どうも欧米のクルド支援は、クルドの中にいる、イスラム教を信仰しない人たち、別の独自宗教を信仰する人たちを厚くしてる気もして、それだとモスク建設とかないだろと思います。別の宗教なんだから。

stantsiya-iriya.hatenablog.com

上の映画がそう。対IS女性兵士部隊なのですが、イスラム教とは別の宗教を信じる人たちということになっている。ワラビスタンにそっちの人たちがいるのかいないのか知りません。誰も取材しない。

頁269、ミコラ・リセンコという人の「モリトゥヴァ・ザ・ウクライーヌ(ウクライナへの祈り)」という曲が素晴らしいというので検索しました。

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潰れたように見えるこじゃれた家具屋さんのウクライナ支援展で買ったウクライナ国旗Tシャツを着て歩いてると、米兵や軍属、その子弟がことごとく目をそらしてたなあ、と上の動画を見て思い出しました。ステイツなら、イラクやアフガンでやったみたいに、直接介入するべしという、忸怩たる思いがあったと思う。

前川サンはkindleウクライナ語をモリモリ学んで、ベンチャー企業が主催するウクライナ人向けオンライン日本語講座の講師をしたり、みなとみらいやTDLウクライナ人と行きます。謙遜して、横浜は観光地がいっぱいあるからいいけど、さいたまで案内するとしたら、どこがいいべかなんて書いてます。浦和レッズ観戦一択だと思うのですが、この時はまだ声出し応援NGの時だったのかな。また、食事が中華ばっかりなのですが、それでいいのだろうか。意外に西洋人はうまみ調味料の中華よりスパイスのインド・中近東系が好きだったりするので。まあ釈迦に説法かもしれませんが。

表紙一部。左がウクライナ語で、右がロシア語。意味はどっちも「逃亡」これまでに読んだウクライナ難民の手記は、圧倒的にロシア語話者が多かったので、現地はそういうふうに混在一起で離不開的関係(中国がよくチベットに使う言い回し)なのかなと思っていると、頁267で、ロシア語なんてユースレスだと言い放つウクライナ人青年が出ます。しかしその人はカナダ育ちみたいなので、本国はまた違うんだろうと思いました。

故郷は異郷。

そもそも前川さんは、名門浦和高校から東大理系という人もうらやむガリ勉コースなのですが、核拡散を見ても分かるとおり科学者の倫理がアレなので理系で勉強を進めることをやめてしまい、埼玉に移る前は大阪北部で育ち、少なくとも父方のルーツは沖縄です。だからデラシネ的要素を前面に押し出すのかなと。

頁293

(略)異文化コミュニケーション学の開祖とされる人類学者エドワード・T・ホールは、文化を読み解くうえで非言語的な要素がいかに重要か、「Time talks, space speaks」(時間はしゃべり、空間は話す)と表現しているが、至言である。時間の感覚、空間の感覚が言語並に、文化を反映してるというのだ。

これ、面白いと思いました。で、その彼らの中に、祖国に戻って祖国のために戦うべきではないかと鬱になってる人がいるので、それで本書のタイトルになるまで、「逃げろ」「逃げろ」「逃げろ」いかのおすし!!!!!!!!!と叫ぶことになるのです。

守ろう!子どもの登下校! 「おおだこポリス4つのおやくそく」 おうちのひとにいってきます。 おともだちとあそぼうね。 だまされてついていかない。 こわくなったらおおごえで。 こわくなったら大きな声や音を出しながら  人がいる方へ 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ! 松木威人(まつき たけひと) ~仮面女子~  川村虹花(かわむら ななか) Photo ニイツマセイイチ  ちびっ子のみんな!こわくなったときに逃げ込める場所を決めておいて! エスゾウくんマークのコンビニやお店には必ず人がいるから安心だよ! 神奈川県警察×仮面女子 子どもの安全を守る  「いかのおすし」はぼうはんのおやくそくだよ  知らない人にさそわれたら  いかない  のらない  おお声をだす  すぐ逃げる  しらせる  杉並警察署・杉並防犯協会・杉並母の会 

2020年9月1日の座間と、2021年6月22日の阿佐ヶ谷。

頁298、制度化されたまなざしの話が出ます。済州島では「本当の難民ならどんな仕事でもするはずです」いのちにはかえられないのだから。でもまあ、いやなものはいやだろう。そもそも、死んでも家を離れないで死ぬ人のほうが難民より多い状況の上で、人とは違った価値観というか、そのへん故郷に対し後ろ髪引かれる想いながら、スッパリ、サクッと、スーツケースひとつで、ぼくのところへ、来ても、いいんだぜって言われたから来ました、てことだし。「誰も言ってないけど」微笑みの歓迎は何処へ。

頁298

(略)東日本大震災が起きて間もない頃、ボランティアでちょっと差し入れをした相手の男性が、ひと月後に電話をよこし「すいませんが、カラーテレビを一台、いただけませんでしょうか」と言ってきたことがあった。彼は僕をそういう風にまなざしていたのだろう。率直に、がっくりきたが、そんなことで一々へこんでいたらボランティアなどできやしないのだ。

 訂正。そういうことで一々へこみながら、折り合いがつこうがつくまいが、時は勝手に流れてゆき、人は歳をとってゆくのである。

歳なんかどうでもいいので、折れないで助けなよ、と思いました。こういう話になると、前川サンの脳内で、シンジくんが、「逃げちゃダメだ」「逃げちゃダメだ」と言い続けてしまうのかなあ。加油前川!挺住前川!

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ビッグコミックオリジナル『前科者』読書会に出て来る本です。

以上