『リナーレス夫妻に会うまで』アルフレード・ブライス=エチェニケ "Antes de la cita con los Linares" por Bryce Echenique Alfredo『20世紀ラテンアメリカ短篇選』"A Collection of 20th Century Latin American Short Stories" 野谷文昭 編訳 translated and selected by Noya Fumiaki(岩波文庫)読了

エチェニーケ邦訳作品を読もう!シリーズ最終章。幼年期のまなざし*1からイカレタ放蕩在欧作家の問わず語り*2を経て、本作へ。

「ヨーロッパを放浪する中年の主人公が奇妙奇天烈な妄想を語るのだが、その饒舌ぶりは病的なほどである」(『幾たびもペドロ』同様に)「現実に溶け込もうとしても溶け込めないところからくる狂気寸前の焦燥とあきらめのようなものから生まれるユーモアは独特で、他の作家には見られない種類」(野谷サンによる解説より)がぞんぶんに味わえます。

野谷サンも、初出が1983年「ユリイカ」なのに対応してかしないでか、修道女のヴァージニティを「すいません、童貞さま」と訳したり、偉丈夫なドイツ人バックパッカーを「仁王」と訳して「トール」とルビを振ったり、故山城新伍サンのように「ポエムですねえ、メルヘンですねえ」なんて言い方で訳してます(ません)ポエムですねえ、メルヘンですねえ。オシッコもらさないでヨカッタデスネ。

"La fecidad ja ja"という短編集に収められているそうで、その題名は野谷さん訳すところでは『ハ、ハ、楽しいね』だそうです。

これもまた、原書の電子版は見当たりませんが、朗読動画は出ます。

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以下、文庫全体について。

www.iwanami.co.jp

カバー=中野達彦 図版=ディエゴ・リベラ《アラメダ公園での日曜の午後の夢》(一九四七~四八年、部分)野谷サン自身による解説では、ラテン全体をカバーする本の表紙としてはメヒコすぎるけど、編集者とも相談の上、まあいいかということだそうで。

野谷文昭 - Wikipedia

岩波文庫編集者天野泰明サンが声をかけ、中本直子さんと相談し、石川憲子サン、清水愛理サン、入谷芳孝サンと、五代の編集者を経て2019年早春、出版の運びとなったとか。本書のモデルのひとつとなった同種アンソロジーを編んだステイツのシーモア・メントン教授にひきあわせてくれた、同業者冨士祥子サンを悼む文あり。

トラスカラ王国 - Wikipedia

(略)コルテスに降伏した。その後アステカに対抗するためにコルテスの同盟者となり、アステカ滅亡に大きな役割を果たした。

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80年代に紙とエンピツでコツコツ訳し出した作品から出版時点の訳し下ろし迄を、当のラテンアメリカの作家陣の中に、クロノロジー信用しませんのオクタヴィオや、文学史に意味なんかない(ボルヘス)があったので、ジャンルごとに四つに分けて収録とのこと。訳し下ろしでない作品には◎しました。

(1) 多民族・多人種的状況、被征服・植民地の記憶

青い花束』 "El ramo azul" オクタビオ・パス Paz Octavio 1949 ◎
『チャック・モール』     "Chac Mool" カルロス・フエンテス    Fuentes Carlos 1954 ◎
『ワリマイ』    "Walimai" イサベル・アジェンデ Allende Isabel 1989
『大帽子男の伝説』 "Leyenda del Sombrerón" ミゲル・アンヘル・アストゥリアス    Asturias Miguel Angel 1930
『トラスカラ人の罪』 "La culpa de los tlaxcaltecos" エレーナ・ガーロ Garro Elena 1964
日蝕』 "El eclipse" アウグスト・モンテローソ     Monterroso Augusto 1959

いいんですが、アステカとマヤばっかしだなと。インカのインディヘニスモ文学も入れればよかったのに。

(2) 暴力的風土・自然、マチスモ・フェミニズム、犯罪・殺人

イタリア語のマチスモと英語のフェミニズムを併記してるのはたぶん孔明の罠です。英語なら英語、イタリア語ならイタリア語と統一しよし、と揚げ足とりの基本のキをしかけてくるたぐいの連中を炙りだせるので。野谷サンは解説で、1960年代の日本ではラテンアメリカ文学シュルレアリスムから魔術的リアリズムの流れより、反帝国主義や先住民擁護といった「政治」優先で紹介され、「世界革命文学選」で出たり、鼓直サンの文学的解説が記者高橋勝之のアジテーションに差し替えられたりしてたと書いてます。腹に据えかねてたのかも。
『流れのままに』    "A la deriva" オラシオ・キロガ     Quiroga Horacio 1912
『決闘』 "El desafio" マリオ・バルガス=リョサ Vargas Llosa Mario 1958 ◎
『フォルベス先生の幸福な夏』 "El verano feliz de la señora Forbes" ガブリエル・ガルシア=マルケス    García Márquez Gabriel 1982 ◎

いいんですけど、私はガルシア・マルケスをチリ人だと思っていて、ここの著者紹介でコロンビア生まれとあったので、アーソウデスカと思いました。ラテンアメリカ作家の流動性と、それが独裁政治の圧迫による亡命に起因するケースが多いことは、本書の著者紹介を見てると、なんとなく分かってきます。

イタリアで優雅な避暑生活をするあいだ、ドイツ人家庭教師に英語で教育を受ける「焼けつく街路でレンガをぶつけて犬を殺したりすることに慣れ親しんでいたぼくたち」(作者とそのきょうだいの幼年時代?)のお話。
『物語の情熱』 "Pasión de historia" アナ・リディア・ベガ    Vega Ana Lydia 1987 ◎

ヒロインの名前が「ビルマ」なのでまぎらわしいことおびただしいです。フランスが舞台なので、「ファム・ファタール(宿命の女)」「ホモ・ガリクス(フランス人)」「非公開(ユイ・クロ)」などのフラ語が出ます。

(3) 都市・疎外感、性・恐怖の結末
『醜い二人の夜』 "La noche de los feos" マリオ・ベネデッティ    Benedetti Mario 1968
『快楽人形』 "Muñecas de placer" サルバドル・ガルメンディア Garmendia Salvador 1966
『時間』 "Tiempo" アンドレス・オメロ・アタナシウ    Atanasiú Andrés Homero 1981 ◎

(4) 夢・妄想・語り、SF・幻想

(1)にもタイムスリップものがありますので、そんな厳密なジャンル分けではないですと。また、ここにカルヴィーノのヘンテコSFラテン版みたいのが入ってたらカンベンと思いましたが、それは杞憂でした。
『目をつぶって』    "Con los ojos cerrados" レイナルド・アレナス    Arenas Reynaldo 1972
『リナーレス夫妻に会うまで』    "Antes de la cita con los Linares" アルフレードブライス=エチェニケ    Bryce Echenique Alfredo 1974 ◎
『水の底で』 "Bajo el agua" アドルフォ・ビオイ=カサーレス    Bioy Casares Adolfo 1991

以上