བདེ་བ་ ལ༌ ཐུང་ཐུང་ ཐབས་། བོད་པ་ ཆུང་མ་ ནས་ མཐོང་ ཇ་པཱན་ དང་ རྒྱལ་ཁབ་།『幸せへの近道 チベット人の嫁から見た日本と故郷』《捷径到幸福 -西藏老婆看日本和故乡-》"The Shortcut to Happiness: Japan and homeland from the perspective of a Tibetan wife."པད་མ་དབྱངས་ཅན バイマーヤンジン Bema Yangjan どくろ湯、否、読了

今年四月十九日の折々のことばに出て来た本。この人がいるということは存じてましたが、著書があるとは知らなかったので買いました。

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バイマーヤンジン - Wikipedia

この人の名前はやっぱりチベット語だと「ペマ」になるそうで、ペマギャルポサンと同じペマ。ペマツェテンサンのペマはワンマーツァイダンでワンマーになったりしますので、チベット人の名前の漢字表記は自由過ぎる気もします。私は今までこうした人名はあいだにナカグロ、「・」をつけてましたが、バイヤーヤンジャンサンはつけないで続けて読んでほしいとのことでしたので、そうしてます。つけると、個人名なのに姓+名みたいにカンチガイされるからだとか。四川側のアムドのしと。

チベット遊牧民の家に生まれ、 いま、日本で歌手としてステージに立つかたわら 故郷の村々に学校をつくり続ける。 持ち前の明るさとバイタリティーで 運命を切り拓いてきた バイマーヤンジンが語る故郷への想いと日本への愛、 そして「幸せへの近道」とは・・・・・ 時事通信社 定価:本体1,400円+税

帯 読んだのは2019年の二刷。初版は2014年。2014年でもいろいろ横やりや介入があった(頁157と頁175に抽象的に記述)ようですが、今はもうその比ではないほど状況がチビシーので、現地に学校を作るのも奨学金も開店休業のような気がしますが、どうでしょうか。確かもう直で支援が出来ず、現地の教育委員会を通さねばならないので、そこでの中抜き疑惑や不公正な分配、こっちの意図と異なる勝手な使われ方、への懸念がある場合、ストップして風向きを見るしかなくなってしまう、と。うまくやれてることを祈ります。というか、私自身がこの人のNPOに鞍替えしたりして。

【主な内容】 1. 私の生まれ育った故郷チベットと家族 2. 高校へ進学し音楽大学を目指す 3. いじめに遭った大学時代 4. 夫と出会い日本行きを決心 5. 驚くことだらけの日本での暮らし 6. 日本の不思議の秘密は「教育」と「頑張る力」 7. チベットに学校をつくろう 8. 東日本大震災の被災地支援で学んだこと

STAFF 編集:舟川修一・香田朝子・植松美穂(時事通信出版局

編集協力:鈴木悦子

装幀・DTP:梅井裕子(デックC.C.)

口絵写真:齋藤秀樹ほか

扉イラスト:祭田俊作

巻末に関連年表と、「ヒマラヤ圏サバナ」というところが作ったチベットの地図。ラダックなどのインド側チベット文化圏は入ってません。青海省のサラール族地帯がチベットから抜いてあって、芸が細かいと思いました。

「はじめに」と「あとがき」あり。あとがきで関係各位への謝辞。

チベット語タイトルはひさびさに頑張っててきとうに拾った単語の寄せ集め。文法があってる保証はゼロです。グーグル翻訳未対応言語もあとわずか。チベット語とゾンカ語はこのまま未対応で突き進んで欲しい気もちょっとします。

བདེ་བ - Wiktionary, the free dictionary

བོད་པ - Wiktionary, the free dictionary

ཆུང་མ - Wiktionary, the free dictionary

མཐོང - Wiktionary, the free dictionary

ཇ་པཱན - Wikipedia

དང - Wiktionary, the free dictionary

རྒྱལ་ཁབ - Wiktionary, the free dictionary

「3.いじめに遭った大学時代」にまずガツンとやられました。1980年代半ばに四川音楽大学に進学したそうで、この時代は全体としてはおおらかだったのですが、成都や蘭州といった、チベット人子弟が通う学校がチベット文化圏以外のエリアにある場合の、一般校のそれはかなりだと推測します。漢族教師も、漢族学生も。

私がよくヒデーと思ったのが、バスの車内。田舎で〈车〉"che"のはっちょんが上手く出来ないとそれだけで笑い物になったり(日本人もこの発音は苦手なのでひとごとではない)最前列に外地で勉強してる優秀な子どもを座らせてたら漢族が理不尽にどかせようとして最後尾からナイフ持った若者が鷹のように宙を飛んできて胸倉つかんで押し問答とか、いちばんヒデーと思ったのが、夜半に蘭州に着くバスで、女性車掌が終点間際に牧民の乗客に対し、”我讨厌你们的香烟,别抽! 太臭了!怎么这么臭!“と鼻をつまんでののしってた時かな。吸ってなかったんですけどね、そのじいさんは。自家栽培の煙草の葉っぱを自分で巻いたのを吸うので、漢族車掌はその匂いがイヤだと言ってたようです。

頁056、ペマサンは成績優秀でもコネ子弟に奨学金などをとられてしまうのですが、大學の黨書記に書面で訴え、黨書記がそれを大字報なんかが貼ってある壁に貼りだして、それでいじめやいやがらせが減少したとか。勇気ある行動ですが、言わないのでなくきちんと言い、さらに力のある人も味方につけてるので、効果的だったと思います。

鷲田清一サンも分かったうえで本書を朝日新聞に紹介してるわけですが、本書は「チベット」と書かず、「チベット」と書く派です。族はおかしい。人でいい。鷲田さんの引用した箇所のうしろで、義母は「あんたもな、チベットが大変、大変とごちゃごちゃ言ってないで、頑張れ! チベットもなんとかなるわ!」と言ってます。大阪のおばはんはすばらしい。

後年ペマサンは自身が奨学金を創設するのですが、受給者の中には漢族もいて、頁142でわざわざ断り書きを入れています。自分が差別されたから、自分は差別しないようにしようと。それは分かるのですが、しらっと奨学金を希望して來る人間がいるというのが、漢族らしいと思いました。じっさいに貧困で優秀なら応援要でしょうけれど、そうでなかったら、ちょっと。

東北大地震四川大地震にも本書は触れていて、私がすべて捨ててしまった昔の写真のうち、一枚だけ残っているものが《汶川》の写真ですので、置いておきます。今じゃこんな人の写った写真勝手にあげれない。この写真は、まあ、時効警察ってことで。

以上です。

あまったので書いておくと、ラジコの聴取エリアをまた関東にもどしてもらってファンキーフライデーを聴きましたら、小林克也翁が、ミセスグリーンアップルのコロンブスについて、ふしぎだけど、動画は削除されたけど自販機の広告はまだ残ってるんだよね、と言っていて、近所の自販機を見て回りましたが、そもそも日本コカコーラボトラーズの自販機がもうろくになくて、どこも自販機ベンダー独自の自販機になっており、和菓子屋や酒屋で日本コカコーラボトラーズの自販機を見つけましたが、ミセスグリーンアップルの広告はありませんでした。なんだかなあ。