3月か4月に買って、積ん読状態にしてた本。邦訳刊行は2023年10月。これ以降亜紀書房の〈チョン・セランの本〉シリーズは出てません。
八重歯が見たい(チョン・セランの本 6) – 亜紀書房のウェブショップ〈あき地の本屋さん〉
装丁・装画 鈴木千佳子 あとがきと訳者あとがきあり。
チョン・セランの本 – 亜紀書房のウェブショップ〈あき地の本屋さん〉
(1)
本書は中文訳されてないようなので、漢語タイトルはつけてません。この人の中文訳も繁体字世界と簡体字世界でちょっと違います。
- 『地球でハナだけ』のハナは大陸では韓兒だったり韓雅だったり。台湾では韓亞。
- 『シソンから』は大陸では《从诗善开始》台湾では《奶奶的夏威夷祭祀》で、原題を尊重するか、内容が分かりやすい題をつけてあげるかで分かれてます。
- 『保健室のアン・ウニョン先生』は、逆に大陸のネトフリで《灵能教师安恩英》で、台湾では《保健教師安恩英》
- 『屋上で会いましょう』は台湾、大陸どちらも《孝尽》《孝盡》で、これは意味が分からないです。
(2)
本書は2011年に出たものを2019年、いろいろジェンダーやらフェミニズムやらも変わったので、内容を改訂して出したとのこと。
鼻のヨコのスジなんか描かなくていいのに、的なあまりロマンティックでないキスシーンの表紙が2019年版で、コミカルな八重歯が2011年版みたいです。なんでこんなイヤなキスの表紙にしたのかナゾなんですが、韓国のレビューをグーグル翻訳で見てたら、2011年版の方があってないみたく言われてました。
(3)
どうも、作者が病んでる気がして仕方がないのですが、どうなんでしょう。本書改訂版のあとがきもちょっと何言ってるか分からないし、亜紀書房公式に載ってる動画もアレだし。
こういう、作った写真と、動くリアルなチョン・セランサン、ぽっちゃりおばさんのチョン・セランのはざまで、ルッキズムで悩んでる、のかなあ。
(4)
日本語とハングルの自動翻訳の精度の上がらなさは異常。わざとAIに誤情報を与え続けて混乱させてるとまで思ってもいいような。膠着言語を膠着言語に翻訳するのって、そんな無理筋なのかなあ。
なんで八重歯が翻訳出来ないのか。まあ英語も”snaggletooth”でなく"double teeth"になりますが。
左はアラディンのグーグル自動翻訳。「덧」がちっちょんだったり、「つぼみ」だったりします。
(5)
頁228
(略)青少年向けのサイトでの連載だったにもかかわらず、「0.01%も青少年を考慮してはいない」(元版のあとがき)という本書は、背表紙に書かれた「非常にビビッドなロマンス」というフレーズとは大きく異なり、主人公ジェファをめぐる殺人未遂事件が話の中心になっている。連載当時のコメント欄には「あの……恋愛小説とありますが、血みどろの争いばかりで、いつから恋愛小説がはじまるのでしょうか」という感想が寄せられたという。
上の訳者あとがきだけ読むと、主人公のステキな八重歯が変態猟奇ストーカーをおびき寄せ、警備員の仕事をしてる元彼がそれを助けるという話だけかと思いますが、初めのほうには狙われる気配はみじんもないです。ラスト三回くらいであわただしくそうなる。主人公の作家が小説で元カレを殺すと、現実の元彼のからだにその文章がタトゥーのように浮き上がる、というなぞが序盤のメインで、その謎で後半半ばまで引っ張ります。この謎は回収されません。あまつさえ、毎回劇中劇のように主人公の書く小説も出てくるのに、かんじんの最終話、主人公が襲われて書けなくなった一篇がまるで出ません。書きかけのまま出るとか、そういうふうにならない。
(6)
という意味で、『フィフティ・ピープル』のようにすべての伏線がラストにむかって芸術的に収束され、大団円を迎える小説を期待すると、「あれはマグレですよ」と著者が頭をかきながら半地下のアパートに消えていきそうな、そういう出来になっています。いろんな意味でヤバいと思いました。
(7)
頁026、2031の秋夕は一週間の連休になるんだそうです。誰かその時大統領令でそれを覆してくれたら、本書の予言はあたらないのですが。あるいは北韓が攻めてきて、それどころではなくなる。
(8)
チョン・セランの小説には男女問わずよくパイセンが登場するのですが、頁035、女性のパイセンの「闊達そうで主張の強い南半球系の顔」とその結婚相手の「ぼんやりと落ち着いている北半球系の顔」が分かりませんでした。南半球系北半球系なんて顔の区別初めて読んだ。
(9)
訳者のすんみサンは釜山生まれで後天的に日本語をならったはずなのに、本書では縦横無尽の日本の若者言葉を使いまくっていて、AIは八重歯ひとつ翻訳出来ないのに、ひとがここまでグイグイ入りこんで訳せるというのも、日韓の何だなあと思う点のひとつです。意訳の校正ってどこまでやられてるんだろう。
(10)
頁095によると、韓国には松島(ソンド)という赤線地帯というか妓生地帯があるそうで、そういえば谷恒生『薔薇作戦』でもその地名は出てきたと思いました。
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(11)
頁102に「片心」「寸心」「丹心」ということばが出て、これは漢字だけ見てもなんのことやら分からない、ハングル化した漢字文化だと思うのですが、注もないのでなんのことやらさっぱりでした。
옛날 사람들처럼 편심片心, 촌심寸心, 단심丹心 같은 단어들을 쓸 때마다 지잉, 하고 뭔가 명치께에서 진동하고 만다.
原文ではわざわざハングルに漢字をつけてるらしいのですが、その漢字の意味がさっぱりさっぱりでした。すんみサン、ここは教えて欲しいです。
(12)
頁112「韓国式餃子」と書いて「ワンマンドゥ」とルビを振っているのも分かりませんでした。ギョーザを韓国ではマンドゥ、「饅頭」と呼んでいるのは知っているのですが、ワンが分からない。王マンドゥという商品名があるので、それをそのまま小説で使ってるだけの気瓦斯。だったら「ワン」まで含めて「韓国式餃子」と訳さなくてもいい。
右は頁083。
頁131
「ほら、『抱負』は、意気込んでフォウフとFで発音しなくちゃ。ホウフじゃダメよ。Hだと覇気が感じられない、覇気が」
これも分かりませんでした。抱負はハングルでは「포부」ポプなので、ポプデピピックというか、P音とF音について何か言ってるのかと思ったですが、不明。日本語で「フォウフ」と言っても、上くちびると下くちびるを擦り合わせないので、「huouhu」と言ってるだけです。F音じゃない。
(14)
頁200「大根の葉ヨルムキムチ」は、권여선「안녕 주정뱅이」に出てくる「シレギ」とは違いそうで、まだどちらも食べたことありません。意外と韓国の常備菜って、食べてない。
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(15)
帯
帯裏。実は途中まで、「ジェファ」を「ジェニファー」だと思ってました。韓国にはあまりそういう名前のつけかたの人いないか。
(16)
頁084
「えーっと……私の所見ですが……差し出がましいようですが、アルコール依存症の相談など……それか神経内科で認知能力の検査を受けてみるのもいいかもしれません。大学病院への紹介状を出しますね」
チョン・セランの本、次回配本はあるのか!? 「迷わず行けよ、行けば分かるさ」©アントニオ猪木のことばを贈ります。新作けっぱれ!! 以上