薔薇作戦 : 戦時標準船荒丸 (徳間書店): 1995|書誌詳細|国立国会図書館サーチ
この本はちょっと変わった購入の仕方をしていて、アマゾンでブッコフの出品を買ったです。本体が¥432で、送料が¥324。日本の古本屋やスーパー源氏にお手頃な出物がなかったのはしかたありませんが、ブッコフの店舗がブッコフオンラインでなくアマゾンに出品してるというのが非常にわけわからなかったです。ブッコフオンラインなら、店舗受け取りで送料払わなくてもよかったのに。ふしぎ。
装幀・多田和博 装画・西口司郎 (編集担当 佐々木春樹)表紙は白人女性コラージュですが、本文に出るのは邦人女性です。あと韓国のやり手婆がちょっとだけ出ます。
全八章。初出はすべて問題小説。
<目次と初出号>
第一章 朝鮮半島の戦雲 '90年6月号
第二章 思惑の錯綜 '90年10月号
第三章 雷鳴近し '91年4月号
第四章 内戦勃発 '92年2月号
第五章 殺人鬼蘇生 '92年11月号
第六章 仁川上陸作戦 '93年10月号
第七章 ウェーク島会談 '94年5月号
第八章 消えゆく老兵 '95年6月号
<参考資料>
『マッカーサーの二千日』袖井林二郎(中公文庫) 『朝鮮戦争』神谷不二(中公新書) 『指揮官』上下巻 児島襄(文春文庫) 『中国』中嶋峯雄(中公新書)
昭和天皇とならんだ写真は日本語版にはありませんが、英語版にはあります。
(この小説は)ひとことでいうと、マッカーサーのパパ活物語、です。
戦後日本統治の最高司令官として頂点に君臨するマ元帥が、ふとしたことから、日露戦争の英雄児玉源太郎満州軍総参謀長のひ孫の令嬢を名乗るむすめと知り合い、しだいにそのパパ活のめくるめく陶酔と、甦る若さの息吹に、押し流されてゆく… という話です。マの字の大将、もとい元帥は、明治三十八年、陸軍中尉時代に、日露戦争の観戦武官として日本に滞在していた父アーサー・マッカーサー大将に会うため来日し、その時大山巌陸軍元帥、黒木為楨陸軍大将、乃木希典陸軍大将、東郷平八郎海軍大将らに拝謁し「感涙にむせ」び、中でも父親が心酔する児玉源太郎陸軍元帥には「魂を揺さぶられるような熱いときめきをおぼえた」とは本書の弁。そのひ孫の、胸がわりとあるお嬢さんがドジっ娘さながらどっし~ん、老骨の胸に飛び込んできて、微香が鼻をくすぐるわけですので、クラクラこないわけがないという。
公式記録のマッカーサーの行動記録や日記はすべてブラフで、真実の彼の隠密行動は後世の誰にも分からない、ということになっています。まあわたくしどもも、レイバンのサングラスにコーンパイプの、あの威圧的な演出のコスプレマッカーサーと、私服のやせた70歳のおじいさんのマッカーサーには外見的なギャップが大きいなとは思います。そういうことで、マーじいさんのパパ活は気づかれませんということになってましたが、連載後半では、さすがに読者からツッコミがあったのか、邦人は気づかないが在日白人は気づくので知れわたるという展開になっています。自称令嬢のキャラに関しては、なんぼなんでもフィリピンに15年からおって、フィリピン時代から一度も帰米してないエリート軍人が、日本娘にそないかんたんに篭絡されるわけがなかとよ、てなもんなので、上品な英語がペラペラです。
なんで令嬢がマッカーサーを篭絡せんければならんかというと、マッカーサーは生粋の職業軍人で、平和な時代は日干しなので、戦争という燃料が生きてゆくために必要で(この小説で、参謀やらなんやらがぜんぶ反対に回った仁川上陸作戦を独断で実行、大成功させる場面は彼の絶頂)、そんでまた、朝鮮戦争はWWⅠまでの超限戦(アメリカがスペインからフィリピンをゲットした戦争など)のワクにおさまらない、第一次第二次がそうであったように、両陣営が存在する以上、その雌雄をつけるところまで拡大させずにはおかない、と、マ元帥が軍人の本懐として望むであろうから、それを危惧したんだそうです。米ソの核保有数に極端な差異があって、保有数が文字通りケタ違いのその時期を逃しては、共産陣営との最終戦争に勝利することはおぼつかないとメガダ(맥아더)のオッサンが暴走する可能性があった。阻止せんければならんと。暴走させればよかったのに。なんで止めた。
そういう感じに、伝奇小説のテクを現代史にもちいて、朝鮮戦争は米国マ元帥が仕掛けたワナ説をずんずん書いてゆくです。在韓米軍の引き揚げやら、トルーマンが演説して、アジアにおける東西の冷戦ラインを、日本台湾に敷いて、韓国をその埒外にしたこととか、そういう、虚構の構築に都合のいい事実だけを列記してゆく。当然、間尺に合わない事象も現実にはあるわけですが、そういうのはオミット、無視。じっさい、最終防衛ラインだかなんだかを韓国の外において、韓国は韓国で守れよみたいな感じにしたというふうな演説がもしあったとすると、スターリンは、それに乗るだろうなと思います。スターリンという人は、へんに義理堅いひとで、ヤルタの会談で決めた線引きを頑強に守って、ギリシャやイタリアでいかに共産党が活況を呈そうとも、そこまでドミノさせなかったとはよく言われることです。逆に、コリアペニンシュラよかですけん、くらしてつかあさいと言われれば、食指が動く。
なんで韓国が支援されないかというと、アメリカは蒋介石を支援しすぎて、その莫大な援助金がぜんぶ溶けたので、その痛手にこりたということになっています。まさっか、国府があない完全に八路に敗北を喫するとは、まるで米軍撤退後そくタリバンが制圧したアフガンそのまんまじゃないデスカ。21世紀もやることは変わらへんですなあ。せやし、ウクライナに米軍出すわけですやん。もう二の舞はでけへんよってに。閑話休題。
そういうふうに、生きてゆくために戦争が必要な最高司令官マ元帥がワザと過少報告やらなんやらして米国本土を油断させ、アジアのやわらかな下腹部、朝鮮半島に、T34を付与された北傀部隊にワザと南下させるです。その後米軍は国連軍として反転攻勢するわけですが、M4シャーマンで攻め上りますので、M4vsT34の実戦ぶつかり合いが見れたのかもしれません。私は寡聞にして、サンケイの第二次世界大戦ブックスでもそのエピソードを読んでませんし、松本零士もユギオのM4vsT34はまんがにしてません。小林源文はユギオ2というマンガを描きましたが、無関係。残念閔子騫です。
そのメガダが、インチョン上陸作戦までは予測通りなのですが、林彪率いる東北野戦連軍三十万人が、投降した日本軍の装備で完全武装して(ということになってます、本書では)全軍鴨緑江を渡河、米軍の陸空集中砲火に倒れても倒れても雲霞の如く進軍を続けるという展開は、想定外だったそうで、なぜ想定外かというと、そこには主人公一味の謀略もあって、みたいなのですが、作者も〈抗美援朝义勇军〉がうまく説明出来ないみたいでした。ようするに長津湖はなぜ起きたか、まだ誰にも分からない。
でまあそうなるとマッカーサー元帥はこれ幸いとばかりに核攻撃から対共産圏全面戦争の寝技にもちこみたいのですが、作者も書いてて、このシリーズを「もし朝鮮戦争が熱核戦争になったら」の架空戦記にしたくなったのではないかと思います。ほかでそのネタやったかどうか知りませんが、その辺で急速に、史実のまま展開する本シリーズへの熱意が失われた感じで、最後はえらい肩透かしです。
頁31、前巻までは、戦中の荒丸は、海外に亡命する裕福な華人から莫大な利益をあげていただけですが、本巻では、蒋介石が台湾に故宮文物やコネクションを避難させる際の闇の輸送船としての役割も担っていたことになっています。設定が追加された。
頁55、荒丸艦長大河内重蔵のライバルとして矢内一機という人物が登場しますが、海運業者から巨額のタカリをやる以外、とくに見せ場はないです。その海運業者も冒頭手形詐欺に関与してます。バンコク楽宮旅社の台湾人フクやんに似たキャラは本書でも随所に出ます。
頁75
流れ者の特徴は言葉にあちこちの訛りが混ざってしまうところにある。
私かてなまらそうですがな。なんくるないさー。
前巻で死んだはずのキャラが続々登場しますが、肝腎の、ポン中で酷薄なキレやすい若者は完全に死んだようで、復活しません。残念閔子騫。その兄が、濡れ場要員として、複数の女性をイカせまくりますが、谷沢永一の親友広山義慶の代表作『女喰い』シリーズ主人公菅原志津馬のようなジャンプキャラさながらの必殺技があるわけでなし、どのようにしてベッドインするかの中間過程も省略で説得力なしで、あげくは作者自身がこのキャラを嫌い出したようで、それまで濡れ場要員で重宝してたのがウソのように、戦場から日本へ後送される米兵遺体から金目のものを盗むレベルのしょうもないキャラに下落します。ここは男のジェラシーを感じました。自身の造形物にそれを抱く。
ジェスフィールド76号の処刑人李士群が生きていた、という衝撃の展開がありますが、ここもあまりうまくいってません。出す必要がなかった感じ。まとめかたもらんぼう。
朝鮮が舞台ではないからかもしれませんが(門司と東京が多いです)、ほぼほぼ韓国人も朝鮮人も出ません。中華街も華人も出るんですが、コリアンが、微妙に出ないです。釜山にマツシマという売春窟があって、そこに荒丸一行はたまっていて、娼婦はほぼ少女と言っていいくらいの年齢、という設定なのですが、一行は少女たちに指一本触れない。いや、肩を抱くくらいはするのですが、まったく性の対象としての行動はとらない。このへん、1989年の飛騨一等航海士シリーズでアジアアフリカの各地で邦人航海士と現地少女のラリラリセックルを延々描いていた鬼畜作者に似つかわしからぬ筆致であると思いました。
頁174
「敗戦まで、侵略思想に徹しきった日本が朝鮮半島から収奪をほしいままにし、根こそぎ蹂躙したというのに、完膚なきまでに叩き潰された日本にかわって、今度は米、ソが朝鮮半島の大地を踏みにじる。しかも、同じ民族が思想のちがう二つの国家をいただいて銃を撃ち合うのだからな。これ以上の悲劇的戦争はあるまい」
反共小説の闘士である作者がこんなにコリア世界に忖度するのは、21世紀からすると奇異な気がしますが、時代だからか、あるいは。
頁314に、登場人物が自己嫌悪を催す性交場面が描かれ、こういう自覚的な一方的なセックル描写も書けるんだなと思いました。その当事者は、そんなことなどなかったかのように高度経済成長にまい進し、お話は終わります。もしマッカーサーが朝鮮戦争で原爆を使用したら。当時の核保有量は米国が絶対有利。それが呪文のように残ることだけが、本書の価値かもしれません。
stantsiya-iriya.hatenablog.com
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以上