『無法還流 戦時標準船荒丸2⃣』"Illegal Return : Wartime standard ship (Japanese Liberty ship) : ARAMARU (Rough Round) 2⃣"(徳間文庫)読了

1984講談社ノベルズ 1989年徳間文庫 読んだのは文庫です。

無法還流 : 戦時標準船荒丸2 (徳間書店): 1989|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

谷恒生を読もうシリーズ。見かけはボロだが実は高スペックの特攻船が中国沿岸に秘匿した金塊回収に赴く海洋冒険小説、かと思って読んでいた前巻がえらい肩透かしで終わり、こないだ読んだ飛騨航海士の二冊目が、インド洋の港々でラリって女買う若い船員の話でしかなかったので、これもバカ小説かなあと思いつつ読みましたが、さいごはまともだった。このシリーズは三冊目もあるそうですが、それがまともであることを祈ります。だんだん年を経るとおかしくなげやりになってくパターンになってなければいいなと。

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 昭和二十三年、戦時下に建造された、いわゆる戦時標準船を改造した船型のキャバレーが、横浜・関内に出現した。夜ごと華やかな社交が繰り広げられる船型キャバレーのオーナーは、若き実業家横松秀行だが、陰のオーナーは隻眼の船長大河内重蔵で、キャバレー船の船底には上海で奪った莫大な黄金がかくされているとの噂が流れた……。中国内戦を背景に、陰謀渦巻く海の無法者たちを描く海洋冒険長編。

こんなあらすじで、最初は洲崎パラダイスみたいなものが陸にあがった船のなかに作られたのかと思いましたが、麻雀放浪記の冒頭で、坊や哲が男女のイロハを教わった、英語の出来るディーラーだかバーテンダーの女性がいるハマの店を連想させるような、そういう会員制のオフリミットのハコでした。

上のあらすじでは上海で「奪った」とありますが、読むと、ぼったくりではありますが正当な報酬として、香港やシンガポールへ脱出する漢族富豪から運賃として巻き上げたお金、ということになっています。前巻の末尾ではそれらを中国沿岸に隠していたのを、これから取りに行くという展開のはずでしたが、この巻ではすでにふところにもっているというふうに設定変更しています。

解説の井家上隆幸(上温湯隆に似た名前だと思いました)サンは、かつて原田芳雄らと行動をともにしたサハ劇団員谷恒生サンに、架空戦記なんかやめてくなはれ、民衆の怨念がおんねん、反逆のヒーローが孤独にそれを背負うねん路線に戻ってきてほしいねんと思ってるみたいですが、まあ戻ってくるはずもないそのはざまというか、1984講談社刊の時点では、国共内戦毛沢東勝利で終わることは分かってるけど、そういうふうにもってきたくないなあ、なんか裏技のズルで毛沢東が勝ったことにすると、その手を見抜けなかった蒋介石はアホということになるし、悩ましいなあと思いながら、ズルズル、当時のアジア情勢の記述で紙数を埋めながら、煮え切らない、奥歯にものが挟まったような展開を続けたあげく、オチでようやくうっちゃりをあびせて、決まり手は解説の舞の海秀平さんも舌を巻いたくらいよかった、ので助かった、という結末でした。

カバーイラスト=石川俊 カバーデザイン=秋山法子

ぜんぜん海の場面はなく、焼け跡から復興するヨコハマの話で、主人公は引き揚げ者の、両親はともに戦前上海であくどく商売をやっていたので八月十五日からほどなくして中国人暴徒に撲殺された孤児で、ヒロポン中毒で、キレると何をするか分からない若者で、戦災孤児を集めて稼がせて、暴力で支配してアガリをはねて暮らしている、どうしようもない与太です。作者はストーリーを進めたくなくて逡巡するかわりに、ポン中が打って思考が冴えてキン、となる描写とか(キリンのバイクに乗って焦点が合う場面に似てる)酩酊する場面なんかを、ほかのキャラでもえんえんと、ねちこく書いてます。で、そのかわり主人公は酒が弱い設定で、でも飲むので、すぐ悪酔いして吐いたり汚物にまみれたりする描写も書きます。

主人公の兄は天性の女たらしで、たらされた兄嫁(蛋民)への主人公のプラトニックな思い(暴走するかと思いきや、この時期の作者はまだそこまで人間が豹変してないので略)など含め、てい辺の人物描写はうまかったです。それとは裏腹に、そのM資金というのか、上海から日本に持ってきた膨大な金塊絡みで、あらすじでも横松という人物が出ますが、その人とか、これは笹川良一をモデルにして書いたのだろうかというキャラとか、戦前の海運業界の大物とか、気鋭の政治家はこれ誰だキャラとか、いろんな財界政界のフィクサーたちが錯綜します。横松というキャラは田園調布に住んでいるという設定で、じゃあ横井英樹を念頭に置いて書いたのかと分かる人は分かるですが、私はもの知らずなので、等々力の児玉誉志夫かとかんちがいしました。上海で築いた莫大な資産というので、なんとなく。

児玉誉士夫邸セスナ機特攻事件 - Wikipedia

横井英樹襲撃事件 - Wikipedia

笹川良一 - Wikipedia

もう私は横浜の昔の地理とかろくに分からないので、頁21「伊勢佐木町の親不孝通りと平行して流れる掘割沿いに建ち並ぶ、波トタンにベニヤ板を打ちつけただけの、いかがわしい飲み屋である。間口は半間、五人も座ればいっぱいのカウンター、天井から吊り下がった裸電球の傘をピンクの布で覆って、淫靡な雰囲気をつくっている」などの描写がピンときません(棒

頁216を見ると、九鬼が岸、もしくは三木で、佐橋が笹川サンかなあ。

頁313

 昨年九月十二日に、毛沢東蒋介石国民政府に対して総反攻を宣言して以来、国民党は中国全域で苦戦を強いられ、作戦の主導権を奪われ、いたるところで孤立している。

 毛沢東人民解放軍は、都市を占拠した国民党に徹底したゲリラ戦術を敢行した。

 去年の秋期攻勢で国民党は十五の都市と七万の兵力を失い、さらに共産軍は嵩にかかった冬期攻勢で国民党の勢力範囲である十六の都市を陥落させ、兵力十五万の損害を与えた。反攻は華北、西北でも激烈に展開され、最前線の国民党兵士は敗走に次ぐ敗走を重ね、投降する兵士も数知れないというありさまであった。しかも、人民解放軍が遂に黄河を押し渡り、またたく間に人口三千万を含む中原解放区を、長江、黄河間につくりあげてしまった。

 蒋介石は明らかに劣勢に立たされている。時の勢いは共産軍に移ってしまったのだ。

 はたして蒋介石は巻きかえせるだろうか。

作者的には、マッカーサー朝鮮半島に夢中で、あんまし中国の内戦に関心がないことになっています。

頁391

「日本が敗戦をむかえた直後の昭和二十年九月、蒋介石重慶で内戦回避の首脳会談を開こうではないかと、毛沢東に提案しました。火中の栗を拾うような真似はしないでほしいと引き止める林彪らを説得して、毛沢東は敵の牙城である重慶におもむいたのです。むろん、蒋介石重慶毛沢東を暗殺してしまう腹でした。だが、毛沢東には隙というものがまったくありません。悠揚迫らざる態度で宿敵蒋介石と接しながら、蒋介石の矛先を巧みにかわしてしまうのです。蒋介石重慶での毛沢東暗殺計画を断念せざるを得ませんでした。この時、英傑蒋介石の胸に、茫漠とした影のようなものが湧きたったのですね。あるいは、俺はこの男に敗れるかもしれない……。強気でなる蒋介石に初めて芽生えた危惧の念ですね。大河内重蔵の謀略はここに端を発したのですよ」

作者はわりと蒋介石をたたえていて、上のような史観はどこから来たのかと考えてみるに、『バンコク楽宮旅社』に出てくる、タイのクリヤンサック政権のもとで情報屋をやっていたキャラ、まわりは日本人と思っていたが、最後に台湾華僑とわかる「フクやん」にモデルがいたならそうした人物かなあと思うです。私個人としては、蒋介石西安事件で拘束軟禁された際に、何か決定的な弱みを共産党がわの周恩来やらなにやらに握られてしまい、終生それをバラされたくなったのではないか、戦後の会談の時も、俺を暗殺したらこの事実が公に出る、みたく、個人としての漢族のメンツのいちばん大事な部分、歴史に残ってしまう恥さらしか何かを持ち出されて何も出来なかったのではないかと勝手に思ってるのですが、それで国家の趨勢が決してしまうというのも、なんだかなあと。

頁393

「現在、共産勢力と国民党は長江をはさんで最後といっていい激烈な戦いを展開しています。その長江渡河作戦こそ軍略家毛沢東の真骨頂でした。毛沢東はおびただしいジャンクに精鋭を乗せて渡河作戦を敢行しました。国民党軍は合衆国の戦闘機をありったけ動員して長江を渡るジャンクを爆撃したが、雲霞の如く押し寄せるジャンクの群れの勢いを止めることはできなかった。対岸で銃を構えた国民党の兵士たちは、広大な長江の水面を塗りつぶしたジャンクの大軍に恐れをなし、戦わずして敗走してしまったのです」

この場面など、映画になってそうですが、私は見たことありません。現在の中台情勢だと当面新たにこういう映画は作らないと思われるので、CG多用の長江渡河シーンの映画があるかどうか知りません。昔の中国の国共内戦映画の蒋介石は、まあまあだったり、ブシャオデしか言わない浙江訛りのバカだったりだというイメージですが、それほど映画をみたわけでもないので、てきとうに今書いてるだけです。

で、蒋介石としては、戦後すぐ速攻で台湾を抑えたのも、日本の配下が砂糖やバナナの貿易独占契約を日本の海運会社と結んだのもその後の歴史のための布石で、あとは毛沢東が強いからではない「負ける理由」と、あれだけ援助してもらって負けるなので、それをちゃらにしてなおかつアメリカに貸しを作る要因、が必要で、そこをこの小説が埋めるという展開になっています。ホントにフクやんみたいなフィクサーがこの小説の背後にいたような(その後フクやんのような別離を迎え、パラゴンホテルにも残照にも出ない)

大河内重蔵という、ヤマトの沖田艦長とキャプテンハーロック碇ゲンドウを足して五で割ったようなキャラが、なんでそんなことをしてるのかというと、頁281「彼の精神には、断末魔の叫びをあげながらバシー海峡の底へ沈んでいった乗組員の怨霊が取り憑いている」からだそうです。戦時標準船や徴用船の多くが連合国潜水艦の攻撃などによりバシー海峡に沈められ、その怨念が津々浦々にみちみちていて、その呪縛の声を聴く以外、一歩も前へ動けない。戦後ノーカンでやりなおしとか、慰霊とか、アメリカへ復讐とか、そういう方向でない、船乗りたち(どこにまつられてるのか知りません、第一次大戦の際の船員の殉難碑は、総持寺で見たことがあります)の残留思念にあやつられた天才豪傑という話で、ハイ分かりましたと思いました。ので、この小説は海洋冒険小説ではないです。酒に弱い狂犬が覚せい剤打ちもってるのと、戦中の謀略の亡霊たちが、フォックストロットを踊る、そんな小説です。以上

【後報】

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2008年に撮った総持寺の写真。

(2021/12/31)