「スリランカ」で紀伊国屋で検索したら出てきた小説。マイケル・オンダーチェサン『アニルの亡霊』*1よりセブラルイヤーズアゴーの時代を舞台に、よりスラップスティックな方向で同時代を切り取ろうとした作品です。南部では1970年代アーサー・C・クラークサンが北朝鮮煽動説をとった人民解放戦線の蜂起、テロ暴動が断続的にいまだ続き、北部ではタミル・イーラム解放の虎がタミル多数地域の分離独立を唱えて武力闘争、自爆テロを開始。
装画 山口洋祐 装丁 川名潤 下巻には原著の謝辞全訳と訳者あとがき(参考文献一覧含む)がありますが、上巻にはなんもなし。「七つの月」の月一個が一日24時間で、没後初七日をあらわし、上巻は第一の月、第二の月、第三の月まで。下巻は第三の月(承前)、第四の月、第五の月、第六の月、第七の月、〈光〉
訳者解説でも「魔術的リアリズム」という言い古された表現を使ってますが、私はちがうと思う。日本の異世界転生ものを英語論文で「21世紀日本における魔術的リアリズムの受容と変容」とやったら絶対におかしいのと同じくらい、この程度で魔術的リアリズム使うなよというのが、私の考え。李昂『海峡を渡る幽霊』*2と、異工同曲だと思います。「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」は本書に出て来ませんが、ぜったい見てると思う。このあたりの香港映画なら。
The Seven Moons of Maali Almeida - Wikipedia
2020年にインドで"Chats with the dead"(死者とチャット)というタイトルで出版されたものの、スリランカに詳しいインドならまだしも、ほかじゃわかりにくいということでブラッシュアップしたものが本書だそうで、それでブッカー賞とれたんだから、ヨカッタデスネという。
主人公マーリ・アルメイダ、改名前はマーリンダ・アルバート・カバラナはLGBTQ?の"G"で、カムアウトしてない、「クローゼット」の人とのことで、だから相手に警戒されず近づけてナンパしまくりのヤリチンの一面もあるのですが(ソフトスキンシップ、マッサージ、その他手が早い)モデルになったリチャード・デ・ゾイサという人もやっぱりLGBTQ?の"G"だったそうです。
もう私はすでにアーサー・C・クラークサンの著書で、スリランカはそういう人が(タイとは別の意味で)多い国という印象を持っていたので、おかしいとは思わず、むしろ、昨今のLGBTQ?を出したがる小説の風潮に乗っかって、そんでブッカー賞なのかい? と最初は思ってました。したっけ、セフレのディラン(DD)(タミル人)の従妹のジャクリーン(ジャキ)のマーリへの片想いがビシバシ出てくるので、これは私の少ない読書量の中ではまだ読んだことのない組み合わせだと思いました。ジャキはいつでもおk状態なのにマーリはナオンに手を出せない(生理的嫌悪感があるようです)ので、いつまでもふたりは一線を越えず、性別を越えた友情をはぐくみ続ける。「せつね」以外なんとも言いようのない展開ですが、しかし惨殺されたマーリの遺志はディランでなくジャキに託されます。なるほど、うまいっ! ジャキ、応援してる(棒 ジャキの恋が実りますように(棒
カバーの著者写真は右向きで、珍しいなと思ったのですが、検索で出る著者写真はやっぱり左向きが多かったです。お子さんがふたりいて、本人の性的嗜好はわかりません。
マイケル・オンダーチェサンがカナダ在住元バーガーなのに対し、シェハン・カルナティラカサンはニュージーランド移住者で、シンハラ系。
His parents spoke Sinhalese, but the family spoke English at home.
スリランカ出身英語作家にはもう一人、ロメシュ・グネセカラという人がいるようですが、グネセカラサンは邦訳ないみたいです。
右はカバー(部分)原題が、シンハラ文字っぽい書体の英文で書かれています。
அல்மெய்தாவின் ஏழு நிலாக்கள் என்ற
著者ウィキペディアタミル語版の本書タイトルはタミル語に訳されたものですが、シンハラ語版のタイトルは英語の音をシンハラ文字であらわしただけで、シンハラ語に訳してません。
ද සෙවන් මූන්ස් ඔෆ් මාලි අල්මේදා
da sevan mūns of māli almēdā
ダ・セヴン・ムーンズオブマーリ・アルメイダの何処がシンハラ語デスカという。
මාලි අල්මේදාගේ සඳ හත
上がグーグル翻訳したシンハラ語の「マーリ・アルメイダの七つの月」
スリランカ関係書籍30冊目。
<シンハラ語講座>
ポンニャー:インポテンツの同性愛者を対象とする侮辱語。頁23と頁37
アイヤー:兄貴。頁39
ハームー:ご主人様。頁53
アドー、フットー:おい、くそったれ。頁246
ヴァラム:徳。頁247
マッリ:○○くん。頁46
クヌ・カーリヤ:ゴミ収集車。死亡証明書を書いてもらえない死体を始末する連中を指す隠語。役人に賄賂を贈ってレターを書かせるより彼らを使ったほうが安上がり。グーグル翻訳では「クヌ・ローリヤ」(කුණු ලොරිය)kuṇu loriya頁35
アドー:うわっ。頁101
コッラ:坊や(කොල්ලා)kollā 頁103など。
プター:若造。頁108
マハティヤ:紳士、主人(මහත්මයා)mahatmayā 頁169
ババス:ハチノス。頁35
綾瀬のムスリムスリランカ料理店のババスカレー。2022年10月。インドネシア語でもハチノスのことをババットというので、関連があるのかもしれません。下はインドネシア料理店のハチノススープ、ソト・ババット。
関内。2022年9月。
海老名。2022年8月。
コットゥ・ニハルという名前のコットゥは本書に説明がありますが、ニハルもニハリじゃないかなあと。
ドルフィン・コッツ。2023年4月。今はもうない中津の店。
チーズ・コッツ。2023年4月。今はもうない中津の店。
コッツの即席めん。2023年9月。
チーズコッツ。2023年3月。海老名。
パロータのコッツ。2023年1月。
チキンコッツ。2022年8月。海老名。今とはシェフがちがうかも。
ローティのコッツ。2021年5月。相模大塚の店の移転前、さがみ野時代。ホッパーのコッツも食べてると思ってましたが、検索で出ないです。
ニハリ。2020年9月。今はなき南林間のパキスタン料理店。
コットゥ・ニハルはこのように料理名プラス料理名ですが、彼の相棒、バラル・アジットのバラルは猫、バラーラから来てるそうで、猫肉料理を作るから、だとか。『やさしい猫』*3のシンハラ語訳を探した時に、バラーラ出たのに忘れてました。
頁60
「冗談、冗談。けど、おれんちが猫だらけっつのはほんとだぜ。スナドリネコだて一匹いる。下水溝で見つけたんだ。いっつも腹を空かしててさ」
「スナドリネコ? マジかよ。まさかヌマワニはいねえよな? 動物園から逃げたヒョウは?」
コットゥが調子に乗りはじめている。バラルはそれに気づきはじめている。
「どうして猫を?」クラクションを鳴らしながら、ドライバーマッリが真顔で尋ねる。
「いい副業になるんだよ。中国人に売るのさ」
「中国大使館に? 嘘つくなって」と、コットゥ。
「違うって、アイヤー。グランドパスの中華料理屋にさ。中国人は余計なことは絶対に訊かない」
本書上巻の中国人登場箇所はもう二ヶ所。
頁110
警官たちは店の奥に通され、ボスとご対面。その大男の名はローハン・チャン・前任者である悪名高きカル・ダニエルは武装強盗の罪で目下服役中だ。(略)
チャンの見た目は父親と同じくらい中国人らしく、しゃべり方は母親と同じくらいシンハラ人らしい。
頁200には、「辮髪の中国人」はシンハラ語ではだまされやすい人の意味だとあります。"Queuing Chinese"をシンハラ語にグーグル翻訳するとපෝලිම සහිත චීනですが、検索しても何も出ません。"Chinese with pig tail"はグーグル翻訳NG。今度スリランカ人に、そういう言い回しがあるのか聞いてみます。
シェハン・カルナティラカさんの小説デビュー作は、『チャイナマン ープラディープ・マシューの伝説ー』というタイトルで、これまた中国ですが、マキシーン・ホン・キングストンサンとは無関係で、クリケットにチャイナマンという名前の技があるんだとか。
アルコール依存症のジャーナリストが、1980年代に行方不明になったクリケット選手を追う話らしいので、読んでみたいのですが、邦訳されるかは本書の売行如何。彩流社とか北船南馬舎がサクッと河出の目の前で刊行してくれたらうれしいのですが。
Chinaman: The Legend of Pradeep Mathew - Wikipedia
Publisher Self-published
Left-arm unorthodox spin - Wikipedia
ここまで来たら、シェハンサンにはハンバントタ港を舞台にした中国とスリランカの上を下への債務の罠ジレッタを書いてほしいのですが、その前に既に中国当局エージェントが「ニッポンの名古屋入管とスリランカ女性の話を書いてみませんか」とシェハンサンにコンタクトとってるに10,000,000ペリカ。
ここまでシンハラ語関連。ここからその他のトピック(私が気になった場所)
父親を、「ダダ」と書いたり「タティー」と書いたりしており、「ダダ」がシンハラ語、「タティー」はタミル語と推測してたのですが、グーグル翻訳すると、シンハラ語は「タッタ」(තාත්තා)tāttā、タミル語は「アーッパ」(அப்பா)Appā です。どういうことなら。母親は「アンマ」しか出ません。グーグル翻訳では「アンマ」はタミル語(அம்மா)Am'mā で、シンハラ語では「マワ」(මව)mava なのですが、ありがちな言い方なので、シンハラ人もそういうのかもしれないです。チベット人もアンマーと言ってた気瓦斯。
JVP(人民解放戦線)細胞で拷問惨殺された少年霊で、生前主人公のマーリはんにくちびるなどを奪われたセーナ・パティラナ(イタズラされた?)くんは父親をタティーと呼んでる(頁227)ので、あれっ、シンハラ人だと思ってたけど、タミル人かしらと思いました。が、そもそも前提の、タミル人だと語頭が清音化する(スリランカのハイジャック犯の本で、スリランカ大使が犯人のシンハラ語にその訛りがあるか、犯人との会話を英語でなくシンハラ語でするよう希望して、慎重に音声やりとりに耳を傾ける場面があります)現象があるからタター説、がグーグル翻訳に否定され、崩れてるので、事実が分かりません。スリランカ人に訊いてみます。意図が伝わればいいけど、伝わらず、方向ちがいの回答が來るに1ペリカ。
セーナの田舎はガンパハというところだそうです。パティラナという姓?は、東條さち子さん『海外でゲストハウスはじめました』*4に出てくる日本大使館御用達日本語会話可能な弁護士さんと同じ名前だなと思いました。
頁61、ラクシュミーの愛称がラッキーとあります。ラミーとばかり思ってました。まあ略称は英語の人名でも何種類もあるし。ベッキーとベスとか。
頁45「ジャフナで売られていた革のサンダルチャッパル」を検索すると、出自はパキスタンというかパシュトゥーンでした。
頁25のヒーマンを知らないので検索しました。
頁77「DD(タミル人)のしゃべるシンハラ語は、スリランカが誇る詩人マハガマ・セカラが操るアフリカーンス語と同じくらい流暢だ。そして、緊張すると文法がすべて吹っ飛ぶという特徴がある」という箇所で、とつぜんアフリカーンス語が出てきて驚くのですが、ボーア人が話す言葉で、ボーア人は南アのオランダ人移民ですから、スリランカのオランダ系バーガーということかと思いました。
しかしマハガマ・セカラを検索するとシンハラ人で。シンハラ人だけど蘭語も話してたということなのかなあと。
頁96「(シンハラ人暴動で焼き殺されたタミル人女性の肌が)揚げた豚皮クラックリング・ポークを思い出させる。それはDDがアンマの家の料理人カマラよりうまく作れた唯一の料理」今はなきさがみ野のラオス料理店で店主お手製をよく買いました。これの市販品はフィリピン人が東京で作ってるのが多い気瓦斯。
この女性は喫煙者で、煙草を買いに外出して暴徒に遭遇、焼き殺されて食屍鬼グールになります。「いずれ煙草に殺されるとは思っていたけどね」とは本人の談。
頁106
かつてこの界隈はシンハラ人には「コンパニャ・ヴィーディヤ」、タミル人には「コマニ・テル」と呼ばれていた。どちらも「会社通り」という意味である。いっぽう、イギリス人はここを「奴隷島スレイブ・アイランド」と呼んだ。今なお残るこれらの呼称は、現地人と入植人が互いをどのように見ていたのかを如実に物語っている。
(略)(シンハラ語: කොම්පඤ්ඤ වීදිය、タミル語: கொம்பனித்தெரு、英語: Slave Island)(略)この地にアフリカから連れてこられた奴隷が収容されていたことに由来する。地域にはベイラ湖が存在しており、湖とその遊歩道には多くの人がレクリエーションに訪れる。
主人公マーリはその死体をコットゥとバラルによって錘をつけてベイラ湖に沈められようとするのですが(いっぱい沈んでるとか)おもりがほどけて浮かんでしまい、夜明けも近いので、バラバラに刻んでホテルレストランの冷蔵庫に放り込まれます。
頁197「閣下」の英語はユア・エクセレンシー。
英語「your excellency」の意味・使い方・読み方 | Weblio英和辞書
頁219「餓鬼」のルビ、プレータはサンスクリット語から来てるとか。
頁225に出てくる、唯一尊敬出来る政治家で、1967年に脳卒中で死んだ、"don wijeratne joseph michael bandara"は、検索してもよく分かりませんでした。下記の人かな。
この人の息子さんの名前はニッサンカだそうです。でも本書に出てくる、血を好む凶悪な背後霊のせいでポグロムを繰り返すキャラとは別人ぽい。
頁229に「ブレラン」(ホントはこんな略し方したくない)の一場面が出て、けっこう来ましたが、あとでネタバレされているので、學刈でした。下巻訳者あとがきによると、
下巻頁304
また、全編にちりばめられた音楽や映画へのオマージュも、本書の読みどころのひとつである。訳者はマーリよりはだいぶ年下だが、著者より少しお姉さんの、八〇年代にティーンエイジャーとして洋楽や洋画に親しんだ世代だ。訳出中は、U2やジョン・レノンのヒット曲の歌詞や映画『カラテ・キッド』(邦題:ベスト・キッド)のもじり、『ブレードランナー』の名セリフなどを発見し、たびたびニヤリとさせられた。(略)訳者が気づいていないオマージュもまだまだ隠れているにちがいない。ぜひ探してみてほしい。
私はU2すら気づきませんでした。ビルの屋上で演奏する場面でもあるんでしょうか。
頁249「スリランカ全土(ただし、コロンボ8は除く)から集めた動物相で飾られている」のコロンボ8は、収容所かなんかの隠喩みたいなのですが、よく分かりませんでした。
コロンボ8地区に宿泊施設付きレストラン 中華やインドネシア料理も コロンボ経済新聞 2023 5.25
https://colombo.keizai.biz/headline/214/
頁259
ジャキは片手で顎を支え、もう片方の手を布製のバッグの中に突っ込んでいる。その手が握りしめているのは〈メース〉の缶であることをおまえは知っている。それはうら若き未婚女性が物騒なコロンボの通りを独り歩きするときに備えて、デトロイトにいる彼女の従兄弟が送ってよこした十二缶入りの箱に入っていたものだ。
メースは、ナツメグの果実の果肉と種の間に、種を包む形に取り巻いている仮種皮を天日で乾燥させた香辛料である。
スリランカの特産品だそうで、それをわざわざデトロイトから送るというのが。紅茶だけじゃないんですね、国産高級品を地元で入手困難なのは。という話でいいのかな? 大間のマグロや松坂牛もそんな気がします。胡椒でも唐辛子でもなくナツメグで、暴漢撃退用になるんでしょうか。
以下、下巻へ。まだ何も明らかになっていません。