『感染症の中国史 - 公衆衛生と東アジア』 (中公新書)読了

感染症の中国史 - 公衆衛生と東アジア (中公新書)

感染症の中国史 - 公衆衛生と東アジア (中公新書)

積ん読シリーズ三冊目、かな。
刊行当時、いろんな書評が取り上げてたような気がするのですが、
アマゾンでレビュー見たらひとつしかなかった。
左右どちらにも与しない内容だと、そういうこともあるかな。
アマゾンの表紙写真は帯なしですが、ごっつい帯です。
http://www.chuko.co.jp/book/102034.jpg
電車でカバーかけず堂々と読んだった。帯も本望だろう。

まず、「中国史」とありますが、中国近現代史です。
感染症対策の歴史なので。
で、知っておくべき感染症のオーラルヒストリー研究が、
さらっと要所要所で語られています。本書の方向性を知る意味でも、
とても助かりました。

・新旧両大陸間の感染症の伝播は、
 アルフレッド・クロスビーによって、
 コロンビアン・イクスチェンジと呼ばれた。
 コロンブス以来の感染症の交換の意。  

The Columbian Exchange: Biological and Cultural Consequences of 1492

The Columbian Exchange: Biological and Cultural Consequences of 1492

  • 作者: Alfred W. Crosby,John Robert McNeill,Otto Von Mering
  • 出版社/メーカー: Praeger
  • 発売日: 2003/04/30
  • メディア: ペーパーバック
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・植民地の衛生事業制度化を植民地主義の功績と捉える見方に対し、
 ディビッド・アーノルドは異議を唱えた。
 医療・衛生事業の整備こそ植民地統治の重要なチャンネルとし、
 「身体の植民地化」と呼んだ。
 
Colonizing the Body: State Medicine and Epidemic Disease in Nineteenth-Century India

Colonizing the Body: State Medicine and Epidemic Disease in Nineteenth-Century India

国史をやっている日本人がいつも感じるもどかしさにも、
きちんと触れておられます。これ、大事です。

頁62
 少し話はそれますが、中国は行政文書をきちんと保存している国で、最近では公開が急速に進んでいます。その背景には、行政文書を整理して保存することが政権の正統性を示すと強く意識されていることがあります。清朝政府や中華民国政府の外交文書は、北京や南京、そして台北公文書館に保存されています。上海租界の行政文書は、そのまま上海に残され、現在、これを公文書館で閲覧することができます。こうした状況は、重要な公文書を廃棄してしまうことが多かった日本とは明らかに異なっています。

著者は、理論疫学の伝播モデル作成の基となるデータが、
資料としてあちこちの公文書館に眠っており、
歴史学者がそれを読み解いて疫学や公共衛生学の専門家に提供できることに気づき、
そこに新たな歴史学の貢献の可能性を見ました。だからです。

著者は日本人ですから、日本住血吸虫の名前に日本を付けた意味を推量し尊重しつつ、
そのデメリットについても触れています。考えさせられます。

頁166
 マンソン住血吸虫やビルハルツ住血吸虫には、いずれも寄生虫の発見者であるパトリック・マンソンやセオドア・ビルハルツの名前が冠されています。けれども、桂田は自らの名前ではなく、寄生虫に「日本」と付けました。その発見は、日本における寄生虫学の金字塔的な業績でした。桂田は、日本の近代化のなかで、お雇い外国人を通じて導入された寄生虫学の日本における発達の姿を欧米諸国に示そうとしたのではないでしょうか。
 しかし、桂田がもしこの寄生虫に自分の名前を付けておけば、日中戦争や太平洋戦争の際に、「日本住血吸虫病は日本軍が中国やフィリピンに持ち込んだ」とされることはなかったかもしれません。現在でも、こうした誤解をしている人がいます。しかし、感染症をめぐる誤解や噂がそれ自体として意味を持ったことはこれまでにも述べた通りです。

衛生ナショナリズムというキーワード。
先行した日本。
日本は台湾朝鮮関東州で経験を積む。
後を追う中国、
当初日本漢語「公衆衛生」をそのまま使用、
五四運動から「公共衛生」に変化。
協和医院のロックフェラー財団なども見えてくる、
そして共産化以降「自力更生」。
台湾でマラリアを根絶したのは戦後WHOや米軍が援助して国民党が噴霧したDDT。
沖縄でマラリアを根絶したのは米軍のDDT。
どちらもイタリアギリシャスリランカなどでWHOが行った世界的なDDT作戦が背景。
日本は日本住血吸虫中間宿主であるオンコメラニアという巻貝(宮入貝)の生息環境を、
護岸工事によるコンクリート化で潰し、撲滅に成功。
中国は流用日本人や日本からの学術訪問団を通じて日本住血吸虫の対策法を知るが、
コストのかかるコンクリート化の予防でなく、人海戦術による「群衆性土埋法」を取る。
広大な中国では、現在も南方のマラリア、日本住血吸虫を抑えきれていない。
そして、現在の日中両国は、戦前植民地医学からの継承に蓋をしているとのこと。
ざっとすじを追うとこんな感じで、もっと読まれてしかる本だと思いました。