山口瞳『酔いどれ紀行』読了

酔いどれ紀行 (新潮文庫)

酔いどれ紀行 (新潮文庫)

ブコウスキーにもそんな訳名の本があると検索結果に出たので、
作者名をタイトルのあたまに付けました。書名で借りた本です。
酒浸りの旅行記ではあるんですが、
別タイトルの旅行記シリーズの続編のようで、
旅行に主眼が置かれています。
Wikipediaみると*1飲食費は結構接待みたいですが、
旅費に頭を悩ます描写も多々あるので、自腹の部分もあるのでしょう。
でないと、税金対策の社内旅行(費用会社もち)をかつて批判していた身と、
折り合いがつかない。
まあ、現在は、教養的な観光地はおしなべて、
社内旅行がなくなったせいで壊滅的な打撃受けてますけど、
これは山口瞳が攻撃したせいでもないと思います。

『酒呑みの自己弁護*2』が
45歳くらいで、
この本は53歳くらいの執筆でしょうか。
歯が、個所によって本数が微妙に違うのですが、
1本か2本しかなくなって、あとは全部入れ歯です。
糖尿とか戦中戦後が成長期とかあったのでしょうが、
まだ五十代前半で、ハ、メ、マラの先陣切って歯二等兵が往った。
今でも毎年成人式の広告に文章使われる人として、それでいいのか。
(よくなくても、もうとうに鬼籍に入られてるのでどもならんですが)
で、歯が折れたり入れ歯が壊れたりした状態で旅行に行くので、
何も食べず酒だけ飲んだり、柔らかいものだけ食べたりしています。
今の世の中、まだ保険の効かないインプラントにハマる年寄りが多いので、
懐疑的に見ていましたが、歯のない悲哀を延々読むと、
インプラントヤリに行く気持ち分かりました。自分の歯で食べるって、大切ですね。
居酒屋兆治のモデルのやきとん屋でも、
やきとんを食べずに、しゃぶっていたらしい。あとがきで読んだ。

この本の登場人物はあだ名が多く、多くは誰なのか説明がありません。
これは困った。
平成よっぱらい研究所にもいろいろ、
もりへーとか田中A子みたいに固有名詞のキャラが出てきますが、
ちゃんと説明があって、誰が業界人で誰が一般人か分かる。

平成よっぱらい研究所―完全版 (祥伝社コミック文庫)

平成よっぱらい研究所―完全版 (祥伝社コミック文庫)

この本は分からない。丸谷才一のあとがき読んで、やっと、
ほとんど編集者で、ファンとか近所に住んでる知り合いとかの一般人はおらんな、と分かった。
分かるとつまらない。
ようするに、自腹切らない茶坊主編集者じゃないですか。
作者が飲んでて、茶坊主がメモとってヒューマン記憶媒体やって、
お品書きとか再現してるとしたら、ちょっとげんなり。

頁153
 ホテルで久しぶりに洋食を食べてから、また、クラモトの家へ行った。[魚鬼]という怪魚の棲む空知川に霧が立ち込めている。
 チャバがきている。それにコンノさん。菅原米店。この人たちのことは、倉本聰さんの「北の人名録」の領分である。人間がイキイキしている。人間は北海道にかぎるという気がしてくる。クラモトは、彼等に自信があるからでしょうと言った。

頁156
 朝市は午前三時から七時までであるという。いったい、クラモトは、二月の朝市へ行ったことがあるのだろうか。彼の名作『幻の町』は夏の撮影であったように思う。

富良野のクラモトといえば一人しかおるまいと思ったのですが、
さん付けでさも別人のように本人をもう一回紹介しているので、だまされかけた。
検索のない時代だったら、幻の町が倉本聰作品であると分からないままだったろう。
血族こわい。

北海道の飲酒についての楽しい描写もあるのですが、割愛します。
あと奥さんが酔うと買い物依存ぽいところも、割愛します。

頁323「横浜、一見紳士風」
 ホテルの前で自動車を待っていると、
「せんせえい!」
 俵屋玄蕃を呼びとめるソバ屋のオヤジのような大音声。個人タクシーの運転手とも顔見知りになってしまった。
「いまから、チャプチャプ?」
「チャプチャプって何だ」
「食事だよ」

邱永漢はその初期のエッセーで、
欧米中華料理「チャプスイ」の語源が分からんとぼやいていました。
私は、韓国のチャンプルー「チャプチェ」から連想し、
「チャプスイ」もハングルというフィルターを一枚かませてるから、
語源が分からなくなった料理ではないかと勝手に思っています。
「雜」は確かに広東語でjaap6とはっちょんしますが((ベトナム語ならタプ)、
ハングルの「잡」のほうが近い。
「ぞうすい」は日本だと雑炊の字を当てますが、
中国北方にもザァスイタンと読む軽食「杂碎汤」があり
(たぶんむかしの台湾の邱永漢は知らない)、
ハングルなまりでこれを読んだんじゃないかな、と思ったのです。
なんとなく、上の「チャプチャプ」を読んでそれを思い出しました。
しかし、埼玉県にチャプチャプというインド料理屋があるわけで、
横浜も繊維産業や宝石商のインド人が多かったので(シーク教徒が多かった)、
上記のチャプチャプという隠語がインドから来ていない保証はない。
で、たぶんこれとも何の関係もない。


山口瞳御一行様の泊まっていたホテル*3から福富町とかは遠いので…