『ローレンス・ブロック傑作集〈3〉夜明けの光の中に』 (ハヤカワ・ミステリ文庫)読了

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ローレンス・ブロック傑作集〈3〉夜明けの光の中に (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ローレンス・ブロック傑作集〈3〉夜明けの光の中に (ハヤカワ・ミステリ文庫)

アル中探偵マット須賀田さんシリーズを三本含んだ短編集。
作者の前二冊の短編集は、技巧に頼り過ぎというか、
どうだい俺にはこんな短編テクもあるんだぜ的な話が鼻についたのですが、
これは普通に読めました。犯罪もの心理(サイコ)ものに統一されてるせいかな。

「夜明けの光の中に」By the Dawn's Early Light
スカだもの。長編『聖なる酒場の挽歌』に昇華する短編。
主人公の断酒以降の人生を描けず、新作を発表出来なかった作者に降りた天啓。
長編では、丁度この頃出てきたスピルバーグの映画みたくドタバタになってますが、
短編は、初期スカダーものの特徴「俺が裁く」はなしです。
頁46神の役を演じたいという衝動は、酒とともに蒸発してしまったようだとありますが、
心理的変遷は、もう少しループ曲線をえがいてそこへ向かったんじゃないかなと思います。

「慈悲深い死の天使」The Merciful Angel of Death
スカダーさんの命題「どこまで手を下すことが許されるのか?」に、
酒に頼ることなく挑み解答しようとするもうひとりの人間が描かれています。
作者作品のキャラは割と適当にいろんな相手と寝ますが(勿論気が合えば)、
このお話はHIV末期ホスピスのはなしです。
最近保健所の人に聞きましたが、日本の陽性人口はじりじり増えてるんだそうですね。
薬で発病を抑えられるようになって、そして。

バットマンを救え」Batman's Helpers
これもスカダものですが、須賀田さんである必然性があまり感じられない作品。
八十年代アメリカのニューカマー事情は少し分かります。
下記の淡々とした描写が、あまりに淡々としていると思いました。

頁524
私たちは車で三十四丁目まで行き、ウォーリーのなじみの店で昼食休憩を取った。全員大きなまるいテーブルについて坐った。頭上の梁から飾りもののビールのジョッキがいくつもぶらさげられていた。私たちはまずそれぞれ好みの飲みものを頼んでから、サンドウィッチとフライド・ポテト、それに私を除いた四人は黒ビールの半リットル・ジョッキを注文した。私はまずコーラを頼み、食事と一緒にコーラのおかわりを飲み、そのあとでコーヒーを飲んだ。
「あんたは酒は飲まないのかい?」リー・トロンバウアーが私に訊いた。
「今日のところは」と私は答えた。

その他の短編では、エイレングラフものが、
「こういうキャラと主人公を噛み合わせたらどうなるだろう」を追及していて、
山田風太郎忍法帖のように膨大なプロットノートの上に書かれてるんだろうか、
と思いました。

また、「胡桃の木」は好きなはなしです。
「タルサ体験」は、確か食えない頃ポルノも手掛けたこともあると聴いた作者ならではの話と
思いました。現代は現実が空想を凌駕しているので、ハードポルノは売れないそうですが、
だからこれは古い作品だなと思いました。
未発表作品ばかり印象に残ったのは、
アメリカの雑誌事情編集者のセンスと関係あるのかなあ。