『死者の長い列』読了

死者の長い列 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

死者の長い列 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

A Long Line of Dead Men

A Long Line of Dead Men

眠いので後報です。
【後報】
アル中探偵マット・須賀田さんシリーズ

すっかりアル中ビルドゥングス・ロマンと化してしまったこのシリーズ。
作者は享楽肯定派ですから、元娼婦の金満と同棲を始めた須賀田さんに、
もうひとり、幼少時の父親との関係がアレな若いセフレをあてがっています。
1994年の小説ですから、まだエイズ大変なのが、文中でも伺えます。
須賀田さんの生年が突然明らかにされます。1961年で23歳。
いま2014年だと、76歳ですかね。存命ならば。
あと、例えば頁77など、当時まだ堅固だった世界貿易センタービルが、
たびたびアラブ系のテロに晒されている世相描写があります。
当時からしつこく狙われてたんですね。
マイケル・ベイが映画パールハーバーを作ろうと作るまいと。

頁67
セント・クレア病院で開かれるAAのビッグ・ブック集会に出た。集会では、ある男がこんなことを言っていた。「アル中とはどういうものか。酒場にはいったら、“一ドルで飲み放題”という案内が出ていたとする。それを見てすかさず、“これはいい。じゃあ二ドル分飲ませてくれ”と言う。それがアル中だよ」

そうなんですかね。

頁103
ミネソタというのは、一万の湖と二万のアル中治療施設がある州よ。父は肝臓が腫れてるってかかりつけのお医者さんに言われて、施設にはいったの。母の話じゃ、今はもう食事のときにビールを飲むぐらいで、お酒はやめてるってことだけど、いつまで続くかしらね」
「それは絶対に続かない」

米国の酒精定義は、醸造酒と蒸留酒を分ける考え方もあるので、
ビールくらい、みたいな慣習的表現が出てくるのでしょう。

頁104
セント・ポール教会の地下室に向かった。AAの集会の後半には間に合い、私は手を上げ、酒を飲もうと思ったことについて話した。「通りの向かい側にある酒屋を窓から眺めていたら、そこに電話して一本酒を届けさせることがいかにも簡単なことに思われたんです。禁酒を始めてもう何年にもなるので、そんなことを考えるのはそうしょっちゅうじゃありませんが、それでも私はまだアル中です。そんな私がこんなに長く素面を続けていられるのは、酒を飲まずにここへ来て、酒に関することをここで話してきたからです。そのことを私はありがたいことと思っています。また今夜ここにいられることも」

ルーティンワーク化してる気がします。須賀田さんの発言も。

頁122
「AAの集会で知り合った人間から依頼を受けたことは、これまでにも何回もあるんじゃないのか?それと、素面のときには何か奉仕活動のようなこともしなきゃならないんじゃないのかい?」
「我々AAの会員が会から求められるのは、ただ素面でいるということだけだ」
「ああ、しかし生活を立て直すというのもあるんじゃないのか?懺悔に行くようなもんで、ただマリア様万歳とか叫ぶかわりに、自分自身を取り戻して、まともな暮らしを始めるっていうのもあるんじゃないのかい?」
「“過去の残滓を一掃する”だ」と私は禁酒の手引きに書かれている不滅の一節を引用して言った。「なあ、ジョー、もしAAに興味があるのなら、いつでも喜んで集会に連れていってやるよ」
「そんなものはくそくらえだ。わかったかい?」
「どういうものなのか、ただ様子を見るというだけでも――」
「もう一度言ってやる、そんなものはくそくらえだ。そうやって話題を変えるのはやめてくれ」
「AAの話を持ち出したのはあんただぜ。あんたも酒で問題を抱えてるとは知らなかったけど――」
「おいおい、いい加減にしろよ。おれが言いかけたのはこういうことだ。

その不滅の一節は知りませんでした。

頁134
 話し手は、アルコールがかつていかにすばらしい友達だったか話していた。どれだけ自分を喜ばせてくれる友達だったか。「でも、最後のほうになると」とその男は言っていた。「そんな効果はなくなりました。どんなときにも私は緊張を解くことができなくなった。発作をおこしているときでさえ」

頁138
「禁酒を始めてからももう何年も経つ。誰かのことばを借りれば、それこそ可燃危険物と言ってもいいくらい長いこと今の私は素面(ドライ)だ。しかし私はいったい自分の人生で何をしてきたんだろう?」私は信用調査書を指で弾いた。「この連中はみんな私と同年輩だ。そしてみんな家庭と仕事と自分の家を持っていて、大半がもう明日にも引退してもいいような身分の男たちだ。そんな彼らに対抗しうるものを私は何か持っているだろうか?」

頁139
「あなたは福祉の世話になったことがある?食事にありつけず公園で夜を明かしたことがある?駐車してる車からカーラジオを盗んだことがある?紙コップを持って通りに立って、物乞いをしてるあなたを見かけた記憶はわたしにはないけど、それともわたしは何か重大なことを見落としてる?」
「確かになんとか私はやってきた」

違い探し(ボソッ

頁169
 彼は受話器を置くと私に言った。「あんたはプログラムに参加してるんだろ?」
「プログラム?」
「とぼけないでくれ。私はさっき犯人はおまえなのかなどという質問までされた。だから私もあんたに、あんたはAAのメンバーなのかと訊くぐらいの権利はあるはずだ」
「別にとぼけたわけじゃない。AAの会員ではない相手から、“プログラム”などと言われることはめったにないものだから」
「私も二年ほどまえに集会に行ったことがあるんだ」

頁170
「でも、続けて参加しようとは思わなかった」
 彼はうなずいて言った。「あんなに何もかもあきらめろと言われるとね。禁酒の手引きの第一章には、自分でコントロールが利かなくなった人生について書いてあった。その文句は忘れたが」
「“私たちは自分がアルコールに対して無力であることを認めた者です――また自分の人生が自分ではコントロールできなくなったことも”」
「それだよ、それ。しかし私の場合、自分の人生をコントロールすることができなくなったわけじゃない。そりゃ飲みすぎた翌朝には飲んだことを後悔することもあるけれど、そんなのは当然の報いだし、そもそも大したことじゃない。ただ、最近は意識的に飲みすぎないようにはしてるが」
「それは功を奏してるかい?」
 彼はまたうなずいて言った。

頁210
 私は、AAの集会スケジュールを書いた冊子をポケットに入れて外に出ることもときにはあるが、ニューヨークじゅうの集会を網羅した冊子はどうしてもかさばるので、家に置いたまま出かけることのほうが多い。そのときも持ってはいなかった。で、もう一度公衆電話に二十五セント玉を入れて、ニューヨーク・インターグループに電話をかけた。ボランティアの受付係が、一番街八十四丁目にある教会の地下室で、五時半から開かれる集会があることを教えてくれた。
 その集会には以前に行ったことがあり、コーヒーが出ないことがわかっていたので――集会によって出るところと出ないところがある――集会場に向かうまえに、まず教会の向かい側にあった食料品店にはいった。そうしたら同じような考えの会員ふたりに出くわした。そのうちのひとりは、たまに行くウエストサイドのYMCAのランチタイム集会で何度か一緒になったことがある男だった。私たちは連れだって教会に向かい、細長いテーブルがふたつばかり並べられたまわりに坐った。五時半までにはさらに何人か増え、定刻どおり集会が始まった。
 参加者は全部で十人ほどだった。

頁219
 AAの基本方針はきわめて明快なものだ。一日一日こつこつと禁酒を続け、集会に出て自らの経験と強さと希望をアル中仲間と分かち合う。
 そしてメッセージを伝える。
 そのメッセージは祈りやゴスペルを通じてではなく、自分の身の上話をすることで伝えられる――以前の自分はどんな自分で、その後どんなことが起き、今はどんな自分になったか。それは集会の進行係になったときに話すことだが、アル中を相手に一対一で話し合うときにも我々は同じことをする。
 それで私は自分の身の上話を彼にしたのだった。

一般論を宣教師のように上から目線で語るのでなく、自分の話を落ち着いた目で。

頁220
「飲む量ではなくて、酒が人に及ぼす影響が問題なんだとAAではよく言われる」
「そりゃ影響はいろいろと及ぼしてくれるさ。まず気持ちを解きほぐしてくれるし、飲むと考えごとがまとまるようなこともある。酒にはそういう効用もある」
「ああ。だったら、酒が人に及ぼす悪影響のほうは?」
「そう、確かに悪影響もある」

頁221
「そんなに長いこと禁酒しててもまだ集会には出てるのか?どれくらいのペースで行くんだね?」
「禁酒を始めた頃は毎日行ってた。その頃には一日に二、三度行くようなこともあった。今でも飲みたくなったら、そういう衝動を強く感じたら毎日行く。逆に週に一回とか二回ぐらいしか行かないときもある。普通はだいたい週に三、四回といったところだね」
「十年も禁酒しててもそんなに行くんだ。でも、よく行く時間が見つけられるね」
「飲んでた頃、飲む時間に困ったためしはなかった」

頁222
集会にはいくら出てもいいとつけ加えた。それはほんとうだった。
「あんたも行かないか、ジム?」
「おれが?」
 ほかに誰がいる?「まあ、つきあいだと思ってどうだね?」
「どうするかな。たった今これを飲んじまったばっかりだしな。そのまえにも少し飲んでるんだよ」
「だから?」
「別に素面で行かなくてもいいのか?」
「急に騒ぎだしたり、椅子を投げたりしなければね。あんたはそんなことをしそうには見えない」

頁223
夜遅い集会では建物のほかの住人のことを考え、拍手は禁止されていて、話し手の話に賛同したり、感銘を受けたりしたときには指を鳴らしてその意を表わすことになっていた。

指を鳴らすというのは、寡聞にして知りません。

頁223
順繰りに参加者全員が話す形式だと、初めて参加した者にもスポットライトがあてられてしまう。そんなことをしなければならない理由はどこにもないのに。
 私も初めて集会に出たとき、部屋いっぱいのアル中たちのまえで口を開くのが嫌でならなかった。それで私なりにその対処のしかたを考え、マットと言います、今日はパスしますという台詞を集会に出るたびに繰り返した。頭の中では話したいことがあれやこれやうず巻いているのに、それをどうしても口に出すことができなかったのだ。マットと言います。貴重な話を聞かせてくださってどうもありがとう。今夜は聞くだけにしておきます。

これは定型句で、須賀田さんでなくても使いますが、露悪趣味というか、
話したがる人のほうが多い気もします。パスする人は少ない。

頁228
「自分じゃ自分がアルコール依存症なのかどうかわからない」と彼は率直に言った。「今夜聞いた話はとても興味深かったけど、話し手に起きたようなことはおれにはまだ起きてない。おれは酒が原因で入院したこともないし、解毒治療を受けたこともないし、リハビリをやったこともない」
「逆に、酒が原因で仕事を辞めなきゃならないようなことは、彼には起こらなかった」
「ああ、マット、それはそのとおりだ」
「いいかい、ジム」と私は言った。「AAがあんたのためになるかどうか、それは誰にもわからない。でも、あんたは今失業中で、時間だけは持て余すくらいたくさんある。さっきそう言ったよね?そんなときに時間つぶしをするなら、酒場を梯子するより集会に出たほうがよほど安上がりだ。コーヒーはただだし、話も酔漢のよた話よりずっと面白い。しかもそこにいるのは酒場にいるのと同じ人種だ。ただ誰も酔っぱらってないだけでね。集会じゃ性質の悪い酔っぱらいにからまれるようなこともなければ、靴に反吐を吐かれる心配もない」
 私は、さきほど集会に出たときに買ったAAの冊子を取り出し、彼の住まいの近くで開かれているいくつかの集会について彼に説明した。彼は、私自身はどの集会に出ているのかと訊いてきた。私はだいたい自分の家の近所の集会に出ていると答えた。「集会によってみんなそれぞれやり方がちがう。だからいくつか行ってみて自分に合った集会を見つけるといい」

頁231
「彼がまた集会に行くかどうかはわからないけどね。素面になろうと努力するかどうかもわからない。彼は、自分の飲酒癖はそれほどひどくないと言ってたけど、たぶんそれはほんとうなんだろう。でも、要するに私のほうがいい気分になれたんだよ。AAでは新たな仲間を作ることができれば、自分自身もまた新たな気持ちになれるというけど」

頁246
「私は彼のことを自分の同類だと思ったんだろうね」と私は言った。「彼の人生を見て――彼の人生を想像して、自分も彼と同じ道をたどっていたかもしれないと思ったのさ。でも、言っておくけど、私は彼を無理やり集会に引っぱっていったわけじゃない。気がついたらAAのことを彼に話していて、彼のほうも私の話に興味を持って、私の提案に素直に従ってくれた。そういうことだ」
「このことはあんたにとってもいいことだと思う。あんたはこれまでに誰かの助言者(スポンサー)になったことはなかったよね?」
「私は彼の助言者になったわけじゃないよ」
「あんたがどう思おうと、話を聞いてるかぎり、あんたは立派に助言者の役割を果たしていて、それがあんたにとってもいい作用を及ぼすはずだ。でも、その男がまた飲みはじめるようになっても驚かないことだ」
「ああ、それはわかってる」
「人は人を素面にすることも、人に禁酒を続けさせることもできない。わかってると思うけど」
「ああ」
「それといい助言者になるための条件も忘れないでほしい」
「それは助言者自身が素面でいることだ」

以上、アル中ビルドゥングス・ロマン(教養小説)おわり。
以下ネタばれを含みます。
これ、昔のCR機の確変アルゴリズムみたいに、
あるスポットにはまったメンバーが順番で殺人しなきゃいけない、
みたいな展開だろうと推理してたんですよ。外れてガッカリだ。
で、生きた屍、オールドボーイというオチは、
どうにもご都合主義というか、ありえないだろう。と思いました。

(2014/5/13)