『ラム&コーク』 (宝島社文庫)読了

ラム&コーク (宝島社文庫)

ラム&コーク (宝島社文庫)

ラム&コーク

ラム&コーク

東山彰良 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%B1%B1%E5%BD%B0%E8%89%AF

台湾外省人の系譜に連なる日本語作家から直木賞が出たということで、
知らなかったのですが、下記、福岡の中国関係情報発信拠点から、
知人経由でその情報を知り、で、

集広舎
http://www.shukousha.com/

直木賞受賞作品はリクエスト58人待ちで、しかし著者の中国絡みの作品を読みたくて、
取り急ぎこの本を借りました。墓石は中国からの輸入もあるわけですが、
墓地自体を中国に造ってしまおうという… そのビジネス話がどう本筋に絡むかというと、
絡みません。墓石の中国輸入と言うと、湘南の会長がベルマーレに関わるきっかけとなった、
香港から明日は厦門に飛ぶというその晩に太郎ちゃん(仮名)から℡がかかってきた、
あの伝説のエピソードを思い起こします。中国で海外向け墓地ビジネスというと、
農村で見た、安土城もかくやの墓石再利用畦道用水路作りを思い出してしまい、
あれは別に宗教アヘンとか文革とか関係なく、かつての農村はものがなくてそういうものだ、
ということですから、ちょっとどうかなと思います。

著者の方の経歴を見ると、ルーツは山東省で、吉林大学留学経験があるので、
かなり重層的なアイデンティティ形成と経験を積まれたのだな、と思います。
以前にも台湾本省人の系譜でなぜかピンインで國語を学ぶ日本語小説を読みました*1が、
この直木賞作家の人は、山東でなく、山東出身の出稼ぎ二世三世が多く住み、
里帰りしても東北より貧困だし標準語化した東北弁に比べ訛りがキツい山東はやんだおら、
と語る人にすぐ会える吉林省に進学したあたり、一筋縄ではいかないと思いました。

北京の元警官が出てくるのですが、言葉が儿化してないので残念でした。
この小説はロートルを「老頭」と漢字表記してるのですが、ロートと読ませたければ、
老頭兒と書くべきだったと思います。その辺で台湾のアルアルしない國語について、
なんか一家言あるかというと、作中に出てくる台湾留学生の國語をワザと訛らせていて、
(たぶん倦舌音がスースーズーズーしてるんだと思う)自分だって台湾育ちなのに、
屈折してやんなあ、と思いました。屈折が理由かどうか分かりませんが、
博多が舞台なのになして博多弁ば使わんと?横浜のじゃんか言葉みたいな日本語会話。

頁90、麦客なんてなんで出てくるんだろ、と思いました。NHKの番組で出てきたから、
それでじゃいか、と思います。(検索するとどなたかのはてなダイアリーがヒット)

頁69、密航船で、福建話を話す連中に
人間の言葉を話せよ」と北京語話者が語る場面がありますが、
著者は台湾で幼少期を過ごしているわけなので、聞き取れる(であろう)閩南語に対し、
そう思うわけでなし、ジッサイあまり閩南から日本へは密航しないだろうしなので、
福州福清の閩北話("th"の音がある)を指してると思いますので、そのへん、
もう少し詳しく書いてもよかったじゃいか、と思います。

で、その台詞を吐いたキャラは、宮崎パヤオに心酔してて、頁89ドミノ・ピザ
頁165まむしドリンク、などなど、
広範囲な知識から来る単語をぽんぽん漢語会話に混ぜてくる、知日派偷渡です。

頁129
 ラテン人が陽気でなくてはならないように、そして日本人が勤勉でなくてはならないように、中国人は豪胆でなければならないと信じているやつのなんと多いことか。この手の薄らバカは、どいつもこいつも『三国志』だの『水滸伝』に影響されまくっている。中国人がラテン人や日本人と違う点は、悲しいかな、中国人は豪胆であるべきだと信じている人間が中国人以外にはほとんどいないということだ。

このセリフは、北京の元警官がパヤヲタを観察して批評する場面ですが、
結局こうやってどのキャラも作者の代弁者になってしまうところが、
お話としてはアレなところなのかもしれません。

頁202
 英語のインフォメーションに続き、フランス語のが流れる。
 ――どこにフランス人がいるんだ、バカ野郎……
 目の前を香港からきた観光客の一団がとおりすぎた。あるいは台湾かもしれないし、韓国かもしれない。とにかく、彼らのためのインフォメーションというものを、呉富貴は聞いたことがなかった。
 どんなに金を落としても、どんなに日本を好きになっても、どんなに天神地下街を埋めつくしても、彼らの存在は日本人の目に入らない。永遠に入らない。

この作中人物の感慨から約十年、現在のアナウンスを鑑みて、隔世の感がありますね。
こういうスケッチ、心象風景の粗描素描も大切な記録だと思います。
これはいいのですが、ケータイの通話履歴をケーサツが調べてないように見え、
それは考証としてヘンかな、と思いました。

福岡一家四人殺し事件*2や、羅剛事件の元になった怪文書などを
想起する部分もありましたが、(ちょっと狂気の桜っぽい老右翼など)
それは私が勝手に想起しただけで、作者の意図ではないと思います。
また、これより少し前の時代でしょうが、九州の国立大の国費留学は100パーコネ、とか、
九州のアパートの駐輪場の治安の悪さは銃所持許可してほしいほどだ、など、
九州の大学生から聞いた話も、思いだしました。

頁22の、中国旅行帰りの日本人大学生が、ドアのないトイレや並ばない中国人、
脇毛を剃らない女性、痰を吐く習慣等あれこれ品評するのを苦々しい思いで聴く密航者が、
中国人の脇毛がおまえに迷惑かけたか?と心の中で毒づく場面や、
頁32の、台湾人との陳水扁狙撃事件やらチベットやら何やらの言い合い、
などなど、作者が複数の立ち位置から自由に各キャラに自分の思いを語らせていて、
そういうガス抜きが出来る作者はいいな、と思いました。以上