『江分利満氏の優雅な生活』読了

江分利満氏の優雅な生活 (新潮文庫)

江分利満氏の優雅な生活 (新潮文庫)

江分利満氏の優雅な生活 (ちくま文庫)

江分利満氏の優雅な生活 (ちくま文庫)

読んだのはハードカバーですが、新潮文庫と同じ表紙です。
ハードカバーの版元は文春。連載は婦人画報
社宅生活、テラスがあって、テレビアンテナが立ってる。
というのをこの表紙から読み取るべき、という…

図書館が帯ごとビニールかけてくれてるので、昭和52年の15刷が
780円であることや、カバーが黒で(画像検索すると赤やオレンジも)、
白抜きの煽り文句が「直木賞受賞作」で、
Mr.Everyman's Elegant Way of Life という英文がついていて、
それはエレガントライフでなくエレガントウェイオブライフで、
下記推薦文がついていることが分かります。

 口ヒゲをはやした会社員というのは当今きわめて稀な存在であろう
 山口瞳氏の文章もまたそのように 当今きわめて稀な個性をたたえている 一行読んで すぐ彼の書いたものだということがわかる
 江分利満氏の優雅な生活のおもしろさは そうした一見とっぴょうしもない風貌のなかから 実はだれでもが共通してもっている悩みや 悲しみや 不満のかずかずを あるときはツツマシや

その推薦文はこれ以降図書館のバーコードで読めなくなっていて、
だから評者も誰か分からない。十中八九開高健じゃないかと思うのですが、どうだろ…
http://keyaki.jimbou.net/catalog/images/products/gp1953.jpg
http://keyaki.jimbou.net/catalog/product_info.php/cPath/1660/products_id/97423
初版時は文春新社で320円
表紙の題字は伊丹十三柳原良平の絵でありながら、当時の作者がクルーカットなのを、
忠実に写し取っていることが、表紙を開くと作者と長男の写真で、分かります。
ふたりともセーターで、河原みたいなとこで、お子さんは空気銃持ってて、
親はウイスキーのポケット瓶もしくはぜんそく止めのシロップかなんか持ってる。

で、読んでると、東横線川崎市内、と舞台が明記されてるにもかかわらず、
すぐ、国立、谷保は昔こうだったのか、と誤読しそうになり、
脳内修正しながら読みました。しかし、少なくとも父親の浪費壁、
虚言癖、借金癖に関しては、全然エヴリマンではないと思います。
作者のWikipediaに、父親はイデアマンの実業家とありますが、
そういう人が、誇大妄想というわけでもないのでしょうが、
「あれも面白いとおもっとんのや」「なかなかええとおもてんのや」
とか言いながらパカパカアホみたいに契約の℡かけたり業者呼んで、
そのたびクーリングオフ(という別の人のはなしを思い出しました)…
クーリングオフの無い時代だったらホント、いま以上に、
後始末する家族は大変だったと思います。そう思いながら読みました。

山口瞳 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E7%9E%B3

本田靖春の最初の奥さんの父親はどうだったのかな〜、分らないけれども。
山口瞳は父親に関して、後年、単体で別の本も書かれたみたいです。

家族(ファミリー) (文春文庫)

家族(ファミリー) (文春文庫)

その本は、母親について書かれた本の次に書いたということで。
血族 (文春文庫 や 3-4)

血族 (文春文庫 や 3-4)

で、もうイモづるですが、山口瞳の嫁はんと息子さんも彼について書いてます。
瞳さんと

瞳さんと

江分利満家の崩壊

江分利満家の崩壊

【後報】
途中で保存押して寝たので、続き書きます。
頁60、八ヶ月になった息子を前に、
俺はコイツに喰わせなくちゃいけないんだな、コイツに。雛に餌を運ぶ親ドリみたいにナ。俺は、もう自殺を考えたりすることができなくなったんだな
と感慨に耽る場面があり、ACの連鎖とかよく分かりませんが、
そういうことを考えるものなのだろうか、それは、エヴリマンか?
と思いましたが、だからといってスーサイドを考えるのは論外ですので、
他者への責任という意味で、わざわざ自分に言い聞かせるのはエヴリィじゃなくても、
みなそうやって生きてゆくのに変わりはないわけで、だから、
エヴリマンで、みな、共感したのかなと思いました。

自分だけ?と思っていたことが、単なるあるあるだと分かると、
肩の荷が下りたようにすっとします。どこでその確認作業をするかですが、

頁160
江分利は公園に行って何をするかというと、ベンチに坐って茫然としてウイスキーのポケット瓶を飲むのである。酒の持込みを禁止されている公園ではかくれて飲むのである。終始ニコニコしている。こんなに機嫌のよい江分利を見たことがない。思索にふけっているように見えることもあるが、実は、何も考えていない。そして、遊んでいる夏子(妻)と庄助(息子)を眺めるのである。俺は何もしてやれなかったナと思い、仕方がねえやと呟きながら飲むのである。

自分だけではないでしょうが、みんなでもない。(公園で飲むのはダメ人間なんや)
みんなではないけれども、共感出来る範囲なので、うなづいてはもらえる。
そういう体験をそこここに散りばめて作った本です。

まだ若いから、こういう飲み方が常態にならず、正月は夕方来客がないことが分かるまで、
酒を入れないで過ごすことが出来たりします。もっとも飲みだす時は、頁224、
なあ、日本酒なんてうまくねえや。サントリー持って来いよ。その方が早くっていいや
と言ったりします。

上記のとおり、作者の休日は家族と公園ばかりで、
映画は無論、ゴルフになんか行きません。そこが婦人画報でウケた理由のひとつかも。
エブリじゃないけど、エブリであってほしい亭主像。

頁207
 その日、江分利たちが行ったのは、日吉の慶応義塾大学のグラウンドである。
 江分利は、前日の土曜日に、土曜日の例として、ひどく飲んだ。家に帰ったときは、空が、もう夜ではなかった。しかし、日曜日は公園か広場か空地に出掛けねばならぬ。夏子はケテルスの食パンとケテルスのロースト・ビーフでサンドイッチをつくった。辛子と野菜とローヤルクラウンコーラは別に持った。庄助は水筒を背にかけている。江分利はポケット瓶でなく、角瓶の720ml入りのウイスキーを提げている。

ケテルス 食べログ
http://tabelog.com/tokyo/A1301/A130101/13024904/

この人はなんだかんだ言って戦前の麻布育ちなので、公園のお弁当もこうです。
エブリではないけれど、なりたいエブリ。高度成長期。

頁208
 江分利はウイスキーのキャップをとる。はじめの1杯2杯は、にがい。はじめの1杯2杯は時間がかかる。うまくない。しかし、3杯目から急にうまくなる。快いとしかいいようのない味になる。自然に手が瓶にのびる。飲み方が早くなる。
 江分利のまわりにある情緒がただよいはじめる。「我が宿の……」と江分利はつぶやく。「我が宿の……」あとがわからない。

以上(2015/8/27)
【後報】
父親の人に関しては、誇大妄想より、借金癖のほうがアレだったと思い直しました。
借金はまず身なりから、といっていつもパリッとした清潔なカッコをしてたとか、
それで、息子の学校の指導教授のところへ寸借詐欺まがいの借金申し入れに行くとか、嫌だなあ…
(2015/8/28)