『凍れる瞳』読了

https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/61RmqSO5DBL._SL500_.gif装幀 荒川じんぺい
装画 野原幸夫

こないだ『孫文の女』を読んだので、
また何か読もうかと借りた本。
長編と思ってたので、
中編集でラッキー。
さくさく読めました。

「凍れる瞳」
初出はオール讀物1988/5月号
こおれる、ではなく、
しばれるひとみ、です。
あらすじにもある、
スタルヒンにまつわる、
秘話もの。
作者は早大探検部OBですが、
自伝的小説にもある通り、
まずカニ族だったので、
その目で見た、ディスカバージャパンの北海道が躍動しています。
スタルヒンの性格が途中で描かれ、それが伏線になっています。
こういう構成はほかの作品でも見られます。この人もまた、
山周以来の、大衆文学で純文学との垣根をなくしてしまへホトトギス派だと思います。

「頭領と親友」初出は別冊文春1982年160号
マタギかつ破滅もの。なので、「頭領」はマタギの隠語でシカリと読ませ、
親友も同様にドヤクとルビを振っています。
人物造型は後年のガモウ戦記なんかともかぶると思います。
破滅ものを読んで思うのは、何もフィクションでも破滅させんでもえじゃないか、
創作の世界くらい幸せに終わらしたれよ、です。
村の駐在エレジーと絡めて物語に厚みをもたせていますが、
主題はマタギかつ破滅。なんというか。

「夜の運河」初出は1983年164号の別冊文春
運河と書いてクロンと読ませる、で、クーロン黒沢でなくても分かると思いますが、
タイです。タイだけで物語を作るには作者はまだ若く、カニ族として見聞した世の中を、
ぎゅうぎゅう詰めに作品にして提出したかったのか、八戸?みたいな漁港と、
サバの一本釣り漁が巻き網漁に淘汰される時間軸、さいたまの電気屋さん、
町の電気屋が食ってけてた時代、東南アジアの女の子を置いてるスナック、
バックをつけず通さず陸へ上がってもかつての矜持はまだある店主、
などの人物が重層的に織りなすタペストリー、になればいいな、
という話です。ネタバレですが、店主がバックつけてないのは、
じゅうような伏線です。買春ツアーで日本人は名刺ばらまくとか、
ゴムの大きさの違いとか、電話だと角が立つから最初は手紙だろう、
フツー、とか、いろいろ考えました。カニ族バックパッカーが、
自分の見て来た世界を、出し惜しみなく、むしろ過剰に詰め込んで、
提出してくれてる、そんなお話です。いちばん印象に残った。

頁171
それまでは若造のくせに親方、親方とまつりあげられ、その気になってりきみかえっていた。そして、ふと気がついた時には、周囲に誰もいなかった。このときから、世の中のまるで違う景色が見えるようになった。

元武闘派漁船船長の回顧。

頁201
バンコクおとさんない子、いっぱいいる。でも、その子供たち、おとさんなんか関係ないね。おとさんたち、ベトナムで死んだ。アメリカへ帰った。みんな、戦争で来た。子供たち、それ知ってるね。しかたがない、思ってる。だからあまり、かわいそう、ない」
 ずるずるっと音をたてて、アラムは子供のように、鼻汁をすすりあげた。遠い昔、ドブ臭い運河クロンの岸辺で、母を待ちながらべそをかいていたときと、同じ味だ、とアラムは思った。
「だけど、あたしのポーは、戦争で来た、ちがう。普通の人として来た。そして、メー……母ちゃんに名前と住所、残して行ったね。そしてあたしは、その人のすぐ近くまで来た。でも、名前も顔も、どんな人かも知らない。あたしは、かわいそうだよう――」
「まいったな」
 大石は頭をかかえた。めちゃくちゃな話だ、と思う。戦争で来た兵隊の父なし子はかわいそうじゃなく、買春ツアーの落し子として生れた自分はかわいそうだ、なんて理屈があるか……。

しかし店主は女の子に協力し、女の子よりアツくなります。相手の反応が鈍いので。
そして。

端島の女」初出は別冊文春1985年172号 ホイチョイの見得講座の年?
軍艦島の追憶と、それだけでは足らないと思ったのか、東北のダムに沈む村の話。
運河の話のスナック店長も、李承晩ラインで日本海操業が左前になった山陰の漁師が、
八戸?に移ってくる話でしたし、この話でも、ナガレのデラシネ鉱夫が出ます。

作者の謝辞はオール讀物編集鈴木文彦、文春出版部岡崎正隆、阿部達児、藤野健一各氏へ。

さくさく読めてよかったので、次はもう少し昔の作品読もうかと思います。
以上

凍(しば)れる瞳 (文春文庫)

凍(しば)れる瞳 (文春文庫)

【後報】
小市民が保身のため、他者がその結果どうなるか想像力を行使することなく、
サシて枕を高くして寝る話があります。やりきれない、という方向に話をもってくのが、
作者は山周ではない、証左のように思えました。社会正義について。
(2016/11/16)