『二人静』読了

二人静 (光文社文庫)

二人静 (光文社文庫)

これもほかの人のブログに載ってて、読んでみようと思った本。
読んだのはハードカバーですが、同じ表紙です。2010年初版。連載は2007年。
ブックデザイン 鈴木成一デザイン室 装画 松嶋恵子

頁48
 今日は初めての夜勤だった。いままでずっと断ってきたが、この春、志歩も四年生になったので、金曜日に限定してもらい、月に二回だけ入ることにしたのだった。
 夜勤は夕方四時から翌朝九時までの十七時間勤務で、仮眠は二時間しか取れない。しかも二人一組ですべての仕事をこなさなければならず、とにかくきつい、と職員たちは口を揃える。だが、本給とは別に九千円の手当てがつく。あかりにとって、月に一万八千円の収入増は大きかったし、土曜日は夜勤明けで、日曜日は公休になる。土日の連続勤務のシフトを割り当てられるより、志歩のことを考えればむしろ歓迎すべきかもしれなかった。

二時間しか仮眠休憩が取れないのはキツいと思いました。
着替えたりなんだりで、ねついて起きては一時間強くらいなのかな。
ぼーっとしてしまうと思います。公休のくだりは、一勤一休ってことでしょうか。

頁160
「乾さん、世の中には平然と理不尽な要求をする人たちがいます。食品メーカーは特に標的にされやすくて、クレームを職業にしている輩も多いんです」
「職業に?」
「ええ、悪質なクレーマーはブラックリストにのっているだけで三百人ほどいます、全国各地に。あの手この手でクレームをつけて金品を要求する。たとえば、お菓子から金属片が出てきた、とクレームをつけてきた男がいました。こんな危険なものが入っていたんだからすぐに全品回収しろ。回収しないならマスコミに言う、と」
「それは、どうされたんですか」
「検査した結果、男が自ら金属片を混入させた可能性がきわめて高いことが分かりました。担当者がそのことをほのめかすと、男は態度を変えて、マスコミに言わないでやるから金をよこせという話になった。弁護士に相談して、警察に通報しました」

頁320
「それにしても」と周吾は話題を変えた。「訴訟の件、あっさり取り下げましたね、先方は」
「というか、弁護士さんが何度も先方とお会いして、取り下げるように迫ったみたいです」
 あかりの話によれば、訴訟を起こしたのは骨折事故を起こした老女の三男で、長男や次男は関知していなかったらしい。弁護士が長男と連絡を取り、母親の生活保護が打ち切られる可能性を示唆すると、そんな裁判はやめるべきだと三男を説得してくれ、と逆に乞われたという。
「たとえ先方が裁判に勝っても、福祉事務所の判断で賠償金が収入とみなされると、生活保護の支給額が減額されるか、場合によっては打ち切られる、と指摘したわけですね」
 周吾が確認するように訊くと、「お役所がほんとうにそういう対応をするのか、私には分かりませんが、弁護士さんはそのように」とあかりは言った。
 三人の息子には母親を扶養する義務がある。福祉事務所は生活保護の申請を受けて、母親の援助をするように息子たちに迫ったにちがいない。彼らに経済的余裕がないのか、あるいは扶養を拒否しているのか、その辺の事情は分からないが、裁判で勝ち取れそうな賠償金の額と、母親の生活保護の継続を、三男は秤にかけたのだろう、と周吾は思った。
「いずれにしても、その三男が金目当てに起こした裁判だったことがはっきりしたわけですね」

(中略)
「失礼な言い方かもしれないけど、そんなに簡単に引き下がる相手ではないでしょう? 結局、慰謝料の額で折り合ったということなのかな」
「ええ、額は分かりませんが、先方から手渡しにしてくれ、と言われたと事務長が」
「なるほど」と周吾はうなずいた。「振り込むと、銀行間照会で分かってしまうからでしょうね、それで福祉事務所に知られないように、手渡しで」

頁261、場面緘黙症の児童が下記漫画をオヌヌメしますが、
私は、読んだことありませんでした。

頁298、この子がチャットで、<ちょりーっす>と書いていて、
ああこの言葉は死語になったのだな、と思いました。最近聞きません。

http://zokugo-dict.com/17ti/chori-su.htm
全然関係ありませんが、私の周りでも「ほぼほぼ」を使う人がいて、
これは新語だが若者言葉ではないな、と思っていると、
今日午後のNHKラジオ、NHK関西のスタジオからの番組でも使われていて、
やっぱり老若男女飲食男女皆使い勝手がいい言葉なんだと思いました。

2016年の選考結果|三省堂 辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2016」
http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/topic/shingo2016/2016Best10.html

この言葉を使う人が私の周りにいてくれて、感謝します。
世の中の鼓動をまだ感じることが出来ている気がする。

頁195あたり、モテ系のカレがどうして地味な私なんかを…
が、単にコントロールしやすい相手を物色して一本釣りしただけだった、
DV、酒、抗鬱剤、シェルター、の展開は、展開読めると言えば読めるですが、
それを訊いた草食系主人公ほぼほぼ童貞だが童貞ではない、実はそこにも…、
の人が、自分がそのバツイチ女性に惹かれるのも、同じ動機からではないか、
同じように支配したくなってしまわないか、そうなったとして、
それは相手の巧妙な孔明のワナとか思ってしまわないか、
(じっさいそういうトラップ的なセリフが時おりヒロインから出てくる)
等々の苦悶を感じないのか不思議ですが、そりゃ人間は一人一人違うから、
感じるめんどくさい人間もいれば、感じない、
竹を割ったようなカラッとした人もいる、そういうことだと思いました。
あとまたあれば、後報で。
【後報】

頁338
「おまえは裁判所でも一方的に被害者面して、夫とはまともな話し合いもできないし、いつキレるか分からないから四六時中ビクビクしていたとか言ってたよなあ。違うだろう、それは。おまえは反抗ばかりして、俺が何度注意しても直そうとしなかった。だからしかたなく殴ったんじゃないか。そうだろう? おまえは田舎者で世間知らずで教養もないくせに、亭主を見下すような目で見る。俺の稼ぎがなけりゃ生活できないくせに、おたがいにこれからの人生を冷静に考える時間を持つべきだと、偉そうなことを言う。だから殴ったんだ。子どものしつけと同じだよ。言って分からなけりゃ殴って分からせるしかないだろ。俺もすぐにカッとなるところはあるけどな、でも、おまえと結婚しなけりゃ、俺だってこんなことにはならなかったんだ。ここまで落ちぶれることはなかったんだよ、おまえと結婚していなけりゃ」

DV亭主がストーカーになって現住所に現われたくだり。
迫真の描写ですが、こういうのは映画やテレビのドラマで、けっこう、
お目にかかれると思います。いくらお目にかかっても十分ということはない、
忘れるから、という人は何度でもいつでもどこでも御覧頂ければ幸甚の至りかも。
この男に対するほぼほぼ童貞主人公の甘い対応は、けっこうひんやりした、
薄氷の危機みたいなものを感じましたが、うまいこといって終わってよかったです。
流石物語。頁366、シェルターのくだりが、牢名主というか、ボスキャラというか、
避難先も人間関係が安住の地ではないという事実の指摘で、ただ、ヒロインが、
松尾スズキの、クワイエットルームへようこそ、の、映画のほうが特にかな、
それにも感じたことですが、「自分はこの人たちとは違う、同類じゃない、べつ」
オーラがすごくて、まあ読者はみんなそう思ってるだろうから、そっちに共感させないと、
エンタテイメントにならないのかなと思いました。いやーとほほ。
頁499等、女子大生モデルを開発会議に参加させて、試食品感想させ、
それをウェブにアップする企画が好評、のくだりは、こんなライブで的確に、
食感や味、栄養、満足感、価格、プラスマイナスを言語化出来るものか、
と眉唾になりました。ライターとか絶対いると思ってるので。
でも21世紀だから、一流はなんでも一流なのかも。受け売りとかしないのかも。
頁458、DV亭主がDV加害者の自助グループに参加したと保護司経由で聞くくだり、
アル中の断酒会の、DV加害者版、という説明でみんなぱっと分かるところが、
びっくりしました。断酒会ってナニ?というところから話を始めないので。
ここは作者が考える、読者の知識の守備半径と、私のそれのズレだと思います。
少女のメール文字がひらがなの小文字ばかりで、どうやって打てるのかという点も、
ズレですが、ここはツッコミ待ちみたいな感じなので、以上です。
(2016/12/11)