『高い城の男』(ハヤカワ文庫)読了

かねてうっちゃっていた本を改めて借りて読みました。
本書 Wikipedia日本語版
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E3%81%84%E5%9F%8E%E3%81%AE%E7%94%B7

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

The Man in the High Castle (Penguin Essentials)

The Man in the High Castle (Penguin Essentials)

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/61-dqElvOiL._SX352_BO1,204,203,200_.jpg読んだのは
1996年の18刷。
カバーイラストは
右と同じ野中昇ですが、
上下と右に白の
余白のあるデザインで、
カバーデザイン
小倉敏夫。

いわずとしれた、
ディックの
歴史改変ものというか、
逆転ものというか、
日独枢軸が
WWⅡに勝った世界の、
おはなしです。
発表と同じ1962年設定。

入れ子の構造を
とっていて、
実は英米が勝っていた歴史だったらこうなんだよ、
という小説が作中ベストセラーで、(ナチ支配地域では禁書)
作者がシャイアンの高い城に住んでいるとかいないとかで、
ジュリアナという柔道の猛者の美女のユダヤ人贋作工芸者のエクストラワイフが、
なんとなくひっかけたイタリア系の兄ちゃんとともに訪ねようと旅行して、
ネタバレで、ディックの小説だから誰かがゲシュタルト崩壊せんければならんけど、
まさか彼女が…という展開になります。もう一人は日本人高官"Tagomi"(田上)
戦勝国日本国民が白人レストランで席を空けさせようとすると、
敗戦国アメリカ人に「ふざけるんじゃねえぜ、トージョー
と呼ばれてしまう扱いを幻惑のなかで受けます。(頁349)
この人当たる八卦当たらぬ八卦の"I Ching"(易経)マニアなので、
タガミが田母神のダイアグラムだったらごっついと思いました。学園天国。

この小説の浅倉訳では、「拝日派白人」という単語に、
ピノックというルビを振っていて、
綴りを調べようとしたのですが、分かりませんでした。
この小説の原書打ち込みとかどっかに転がってないかと思ったのですが、
アマゾンで実写化した際に、著作権だなんだの違反を狩ったのか、
検索結果表示から外すよう権利の申し立てを微細に行ったのか…
分かりませんが、原文がずらずら書いてあるようなサイトが出てこない。

訳者あとがきにあるとおり、作者の東洋に対する知識は限界がありますので、
そういう記述がワンサとあります。

頁27
孔子の知恵を記した第五の書、何世紀にもわたって『易経』つまり「変化の書」と呼ばれてきた道教の占筮書をひもといていた。

易は、コンフュシャスの知恵ではないだろー、と東洋人ならすぐ反駁するところ。
下記は、アメリカ白人古物商が、文化資本あるエリート日本人夫妻を前に思う場面。

頁169
 日本人がわれわれにむりやり押しつけてきた『易経』だってそうだ。あれは中国のものじゃないか。ずっと大昔に借用したものだ。いったい、やつらはだれをごまかしているつもりなんだ?

全然関係ありませんが、安岡正篤*1を思い出しました。私はこの人、
ご進講経験あるとばかり思っていた。何故かは分かりません。

頁105
田上はきちんと膝を折って、床の上に正座していた。ウーロン茶の入った取手のない茶碗を両手で持ち、息を吹きかけて冷ましながら、バイネスにほほえみかける。

ウーロン茶、1962年の邦人に普及してたかなあ、と。緑茶なら分かりますが。
この本には中国人も多く登場しますが、すべてリキシャ引き、輪タクです。
英語版Wikipediaには、ディックがそう書いているわけではないと思いますが、
こう書いてあります。

https://en.wikipedia.org/wiki/The_Man_in_the_High_Castle
The novel is set mostly in San Francisco in the P.S.A.; here, Chinese residents first appear in the novel as second-class citizens and black people as slaves.

この本の世界のじゅうようなポイント(隠されている)は、
枢軸勝利より、それによってもたらされた、共産主義全滅です。
共産主義信奉者がすべてサイベリアの奥深くに掃討駆逐された世界。
そして、分かりにくい記載でしたが、ブラックアフリカは、
何らかのエスニッククレンジングの結果、取り返しのつかないことになっている。
私はそう読みました。

頁149
「(前略)故ボルマン閣下はドイツ国民を内外の敵より守り抜くべく、大胆果敢なる施策を実行に移され、また、全人類の宇宙への夢を裏切ろうとした因循姑息の輩に対して、秋霜烈日の断を下されたのでありました。いまや金髪碧眼のゲルマン民族(以下略)」

四文字熟語が多い箇所。「内外の敵」も、内憂外患にすればよかったのに。

では、枢軸敗北の預言の書『イナゴ身重く横たわる』では、
共産主義はどう書かれているかというと、わりと無視です。
英米が中国利権を巡って争ったりと、現代から見るとありえない、
未来予想になっています。1962年の楽観主義はそう予想したのか。
英語版Wikipediaで、グラスホッパーに描かれる中国は、

https://en.wikipedia.org/wiki/The_Man_in_the_High_Castle
The U.S. establishes strong business relations with Chiang Kai-shek's right-wing regime in China after vanquishing the Communist Mao Zedong.

となってますが、本書自体を読んだ限りでは、中国の命運は頁236あたりですが、
毛沢東のモの字もないですね。ウィキペディアでチャンカイセックと、
廣東語読みされてる蒋介石は出てきますが。1962年のディックの認識では、
共匪就是共匪ということで、そのうちすぐに蒋介石総統の大陸反攻で、
消滅する運命と思ってたんでしょうかね。中共の核開発は、1064年初の核実験、
1967年初の水爆実験ですので、(人民解放軍文革と切り離されて維持された好例)
1962年のディックには分からなかったのでしょう。ベトナムも、本書には出ません。
中国がアメリカの大量生産品を受け容れる市場となり、
英国が華僑勢力を指嗾して米国寡占に対抗する展開なぞ、
妄想家ディックの脳みそに沸いた、絵に描いた餅と思います。

頁68
ウインダム・マトスンのふしぎなところは、とても工場を持っているような人間に見えないことだ。まるで盛り場の浮浪者か文なしのアル中が、風呂へ入れられ、新しい服を着せられ、ひげ剃りと散髪のあと、ビタミン注射を受け、新しい人生のスタートに五ドルもらって世界へ送り出されたように見える。

頁203などに、天籟というマリファナたばこの銘柄が登場し、
チェンライとルビが振ってあるのですが、天をチェンと読む言語って、
どれだろうと検索しましたが分かりませんでした。
中国語ならティエンとかテンだし、ハングルはチョン。チェンてどこだろう。
以上

ペーパーバック表紙ギャラリー
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