- 作者: バーナード・マラマッド,鈴木武樹
- 出版社/メーカー: 角川書店
- メディア: 単行本
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読んだのは昭和五九年の三刷。表紙写真提供 コロムビア映画
- 出版社/メーカー: Penguin Books Ltd
- 発売日: 1992/02/27
- メディア: ペーパーバック
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いろいろ不思議な本です。まず目次がない。
「試合前」と「バタラップ!」の二部構成で、
昔の細かい活字(43文字x17行)で46頁にも及ぶ解説と、(解説の)参考文献、
年譜、それから訳者鈴木武樹のあとがきがあるのに目次がない。
で、46ページにも及ぶ解説を、誰が書いたか記名がない。
その、解説者不明の解説は、大半をマラマッドの市価をたからしめた、
在米ユダヤ人社会を生き生きと描いた三冊目の短編集、
『魔法のつぼ』と、その次の短編集についてであり、
その各短編の詳細な解説はあれど、このデビュー作『天性の人』
(宮本陽吉による邦題)については、ユダヤ要素がないことに触れ、
その理由をシカトしています。世に出るためのエンタメ小説だから、
大衆に迎合するため、しんきくさいユダヤ社会の話を入れなかったとか、
そういう推測すらない。頁399に、ホレーショー・アルジャー成功譚の二十世紀版
と書いているのが唯一の本書への批評です。
分からなかったので検索しました。
Horatio Alger Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Horatio_Alger
Ragged Dick Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Ragged_Dick
鈴木武樹という人のあとがきは、本書についてもう少し触れてて、
聖杯伝説とイリヤドの通俗小説仕立てのパロディーだとしています。
しかしこの人の訳は固有名詞にクセがあり、ドイツ文学者だからか、
ポップをパプ、アイリスをイリス、ハリエットをハリアトと、
クセのあるカタカナに仕立て上げています。おかげで、メモという、
映画でキム・ベイジンガー演じた役があるのですが、
「メモなんて名前の人間がいるわけがない。本当はなんなんだ」
と悶々としてしまいました。読後に検索したら、これは本当にメモだった。
しかし、ハリエト・トリという、実在したスポーツ選手狙いストーカーがモデルの、
キャラは、「トリ」というからには北欧系の「トーリ」かな?
と漠然と考えていたのですが、原書Wikipediaの登場人物一覧見ると、
"Bird"という苗字になっていて、綽名でない名前の意訳ありかと思いました。
その訳者によると、作者の特徴は、サンボリスティックな文体だそうで、
シンボルがサンボルになるのはフラ語?ドイツ語?と思いました。
また、本書の各エピソードの元ネタになった現実の事件について、
最後の新聞売りの少年が目に涙をためて主人公に問うた台詞まで、
さいだいあまさず記しています。映画と違って、破滅で終わる小説。
本書邦訳を訳者に進めたのは丸谷才一と原仙作*1で、俗語監修は、
代ゼミ講師のダンルド・アラン・ハリントンであったとか。
で、このあとがきを読むと、執筆者不明の解説は、
角川文庫版『魔法のつぼ』に繁尾久が書いた解説の転載と、
初めて分かる仕掛けになっています。そして訳者は本書脱稿前に、
NPB界の八百長事件に巻き込まれ、小川健太郎投手を本書主人公の、
「奇跡のルーキー」(そういうタイトルの邦訳もある?)
ロイ・ハブスに重ねつつ、事件に対応したそうです。
訳者 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E6%AD%A6%E6%A8%B9
https://www.google.co.jp/search?q=%E9%88%B4%E6%9C%A8%E6%AD%A6%E6%A8%B9&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ved=0ahUKEwiW_NeVqNzXAhVJX5QKHQ-qBkoQsAQIMQ&biw=1094&bih=486#imgrc=_
小川健太郎 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%B7%9D%E5%81%A5%E5%A4%AA%E9%83%8E
私は映画未見で、そこに球場を作れば願いが叶う、
みたいな話かと思ってて、それはフィールドオブドリームズだよ、
ケヴィン・コスナーの、と云われるかと思ったのですが、
咳してもしとり、みたいな展開で、しまいには、他の人まで、
「そこに球場を作れば願いが叶うみたいな話ですよねっ」
と話し始める始末でした。根本敬の『天然』や松本大洋の『花男』は、
本書読んで思いついたのかと思ったものの、前者は、
映画観て思いついたと根本敬公式に書いてあり、(つまりマラマッドではない)
後者は、不明です。私は前者を最終回だけガロで読んだはず。
長井時代、原稿料出さないけどステイタスで原稿が集まる、
はずだったがサブカルの夢の島(Ⓒゴチエイ)状態と化していたガロ。
- 作者: 松本大洋
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2017/11/17
- メディア: Kindle版
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【後報】
頁25
マクスは立ちあがった。「まあ、いつまでもしらふでいるんだな」と、彼はサムに言った。
サムは赤面した。
最初にロイを発見したスカウトは、酒で人生を駄目にしたことが、ここで分かります。
頁11
彼は、こと安楽さにかんするかぎりはソラつかいの専門家で、その安楽さなるものはたいてい、中身のいっぱい詰まった平たい瓶の周囲をめぐっていたから、(中略)彼はしばしば、渇え死にはしたくないものだと言っていたが、もっとも、そのたびにかならず、ロイの面前で、だれにしろ酔っぱらい死にはしてほしくないものだと付けくわえることを忘れなかった。
Yahoo!知恵袋 2010/12/1320:00:32
そらつかい って静岡の方言なんですか?
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1151980746
Yahoo!知恵袋 2010/9/2205:27:35
そらつかい ってどういう人のことをいうのですか?
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1247430597
頁67で訳文は、たぶんルーキーの意味で、「ルッキー」と書いてます。
オーをふたつ重ねたスペルだから、そう読む英語の方言があるのかもしれない。
下記はチーム大躍進の立役者であるロイに対し、ファンがこっそり計画した、
試合後のサプライズイベント《ロイ・ハブスの日》に集まった、
ファンからのプレゼント。
頁176
(前略)そこにはテレビジョンが二台、小型トラクター一台、庭用のピンクのホースが五百フィート、雌ヤギが一頭、パラマウントの終身パス、グランド・キャニヨンのいろいろな景色をあしらった手塗りのネクタイ一ダース、アルミニウムの旅行ケースが六箇、それに、フィラデルフィアのタクシー乗車券が七十五枚あった。また、ニュージャージー銘柄のスイス・チーズ、十三キロ、暖炉の薪載せ台と火箸のセット、ひと組、ピスタチオ・アイスクリーム、百五十リットル、レモン、六箱、冷凍にしたブタの肋ら肉、狩猟ナイフ、熊皮の敷物、雪靴、四輪式の電子レンジ、フロリダの土地証書、頭文字の組合わせがはいった青のショートパンツ、十二着、映写用カメラと映写機、《クリス・クラフト》のモーターボート――そうして、判事は(破廉恥にも塔のあの窓からこの様子を眺めていたが)あまりにもけちだと、みんな思ったので――三千五百ドルの支払い保証小切手。委員会はおかしなものの寄付はみな断るように心がけたのだが、少しは忍びこんでいて、その中には、例の臭いリンバーガー・チーズがひと包み、人間の頭蓋骨、一つ。漫画の本、ひと束、猫いらず、ひと鑵、なまくらかみそりの刃、ひと箱などがあり、この最後のものには紙きれが一枚、付いていて、そこにはアット・ジップの読みにくい字で、「ほら、これでのどでも切れ」と書いてあったが、ロイはべつにそれを気にもしなかった。
驚いたことに、このメルツェーデス=ベンツもきみのものだと言われたとき、ロイはこう言うだけで精いっぱいだった。「生まれてからこんなうれしい日はありません」
ニューヨークなのに生きたヤギとか手に入るところが時代かも。
下記はあと一勝というところで、ファム・ファタールみたいな女が、
彼と仲間の選手をホテルに招いて行ったおふざけ前祝いパーティー。
頁284
彼は列車でダブル・ステーキをひと皿、たいらげていたが、それはもう何時間もまえのことだった。
(中略)
頁287
彼は、そこに一面に並べたてられているものを見て、びっくりすると同時に、微かに身震いをした――いろいろな種類の調理された肉類、うまそうなさかなや小エビやカニや大エビ、それにキャビアとサラダと、ありとあらゆる種類のチーズ、パン、ロール・パン、そしてアイスクリームが三種類だ。このため、彼は腹が痛くなり、まるで、自分の腹が自分とは別の生き物みたいであった。
(中略)
頁289
あのきぜわしい小男のチーフはそれに、コーン・ビーフと、パストラーミと、シチメンチョウと、ポテト・サラダと、チーズと、ピックルズを山盛り積みあげた。
(中略)
頁291
山盛りに盛った料理をメモの手から受け取って、それにじっと見いりながら、彼は言った。
「わし、そろそろ食いあきてきた」
メモはもう彼の母親の話題に戻っていた。「だけど、あんたはお母さん、愛していなかったの、ロイ?」
(中略)
頁292
「あの女は、だれも愛しなどしなかった」
メモは言った。「もっと別の組合せで、お料理、食べてみましょうよ? ときどき、自分ではとてもいっしょには食べられないと思ってた食べ物でも、いざ実際に食べてみるとだいじょうぶで、食欲がたちまち満たされるってことがあるものよ。さあ、この大エビの肉をヒシコのお料理といっしょにして、それをこのおいしそうなライムギ・パンの上に載せてよ、その上にギリシア・サラダを厚く塗ってから、このもう一枚のほうのパンに上等のピリッとしたチーズを塗ってね、そうしてそれを前のの上に置くのよ」
(中略)
同
ところで、いったいどうしてあの女はわしにおふくろのことをきかなくちゃならんのだ? 彼女のことを考えながら、彼はサンドイッチを嚙んだ。そして、レモン・ソーダの瓶、三本の助けを借りてそれを飲みくだしたが、人工レモンの味を消しさるためには、ライム・ジュースをもう三本、鯨飲しなくてはならなかった。彼は少し酔ったような気持ちになり、食い物とソーダ水くらいでと思って忍び笑いをした。そして、四つんばいになって見つかりもしないものをなにか捜しているみたいな、奇妙な感じであった。
(中略)
頁295
彼は腹を引きずるようにして廊下を歩いていった。エレベーターが来ると、それに乗って下のロビーへおりた。そのあと、廊下を抜けて、グリルにはいった。そうして、食卓にむかって慎重に腰をおろすと、ハンバーガーを六箇と、牛乳を丈の高いコップに二杯、注文した――空腹の激痛を殺すための清潔な料理だ。
給仕がこの注文を伝えると、コックは冷蔵庫の中から赤い肉の切り身を六枚、取りだして、それらを焼き網の上に押しつけた。肉はピチピチ音をたてた。彼は、もうこれ以上、食べてはいけないぞと思ったが、そのあと、おれは腹がへっているのだと思いなおした。いや、おれは、旗はへっていない。腹がへっている、それがどんな意味であろうとも……。腹がへらんためには、おれはどうせねばならんのか?
(中略)
頁297
「わし、ヒーローになってやる」
ハンバーガーは六羽の鳥の死骸みたいに見えた。彼は最初のやつを一つ、手に取って、それをがつがつ飲みくだした。それは温かったが、パサパサしていた。鳥の死骸はもうけっこうだ……ケチャップを付けなくちゃ、だめだな。彼は五羽の鳥のうち三羽にケチャップをどっぷりかけた。それから、それを残りの二羽と混ぜあわせて、どの三つにケチャップがかかっていて、どの二つにかかっていないか、わからないようにした。そして、口に入れてみると、どれもこれもみな、鳥の死骸の味がしたということ以外、違いはぜんぜんわからなかった。ハンバーガーはものたりなかったが、ミルクはそうでもなかった。彼は、あとでミルクをもっと飲もうと思った。
(中略)
頁299
それはべつに――明りがいくつか、揺らめきながら、チラチラ明滅していた。轟音をたてて、機関車が山の中を驀進していく。そして、それが汽笛を吠えさせながら岩の中から出てくると、彼は、自分が異常な洞察力のふちに立っているみたいな気持ちになったが、身を震わせるような電光がひと筋、どこか見しらぬ場所から彼をめがけてきた。彼が両手をあげて防ぐと、それは、吠えたけりながら、めちゃくちゃになった腸を殴った。彼はこの世に存在するとはとても信じられないような苦痛に耐えぬいた。それのあまりの激しさに悶えて、ロイがドサリと膝を突くと、彼が長いあいだ心にいだきつづけてきた絵がこなごなになった。彼はふいに倒れた。
緑いろの目をしたシレーネが乗って禁断の炎を守っている筏が、腐敗しつつある洪水の中へ、チョコチョコ小走りに走るネズミを発進させた。近くはあるが遠いところで、トイレットが噴出し、この英雄は奮起してそれに立ちむかったが、穢い水の奔流が勝ちを占めて、彼を飲みこんだ。
(中略)
頁300
彼らが皮下注射でようやく彼を押さえつけてみると、彼の下腹部には、傷跡が一つ、蛇のようにのたくっていた。調査の結果、彼には虫垂突起がないことがわかった――それはとうの昔に、なにかほかのものといっしょに取りさられてしまっていたのだ。(みんな、彼の肉体が傷つけられ痛めつけられているのを見て、びっくりした。)医者たちは、胆嚢か、ことによったら胃の一部分を摘出することを考えたが、だれひとり、その手術がナイツと一般大衆とにたいして及ぼす影響にたいしては責任を負おうとしなかった。(ニューヨークじゅうの人々が啞然とした。群衆が病院の外に集まって、公式発表を待ちかねた。日本政府は《悲嘆の意》を表明した。)そこで代わりに胃ポンプが用いられて、信じられないほどの量の汚物を浚渫した。
何で日本政府が出てくるのかさっぱり分かりません。
発表時は主権回復してますが、作中の設定年によっては、まだかも。
で、ヒシコは検索するまで、カタクチイワシというの忘れてました。
鯷 Weblio辞書
https://www.weblio.jp/content/%E3%83%92%E3%82%B7%E3%82%B3
訳者は、小説中のニューヨーク・ナイツのモデルはジャイアンツではないかと、
書いてますが、検索すると、ジャイアンツは名門で強いとのことでしたので、
メッツとナイツなら音も似てるし、メッツじゃないのと思いましたが、
マラマッドがこの小説発表した1952年にはメッツはまだ存在しないのでした。
(ヤンキースは別リーグの覇者としてこの小説に登場)1950年のペナントが、
モデルといわれると、そうかもと思います。関係ありませんがこの頃は、
アメリカでも完投が当たり前で、継投なかったんだなと素人の私は思いました。
サンフランシスコ・ジャイアンツ Wikipedia
「世界を変えた一打」と「ザ・キャッチ」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%84#.E3.80.8C.E4.B8.96.E7.95.8C.E3.82.92.E5.A4.89.E3.81.88.E3.81.9F.E4.B8.80.E6.89.93.E3.80.8D.E3.81.A8.E3.80.8C.E3.82.B6.E3.83.BB.E3.82.AD.E3.83.A3.E3.83.83.E3.83.81.E3.80.8D
ニューヨーク・メッツ Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%83%E3%83%84
以上
(2017/11/27)