「ラモツォの亡命ノート」(Twitterアカウント:@lhamotsodiary)劇場鑑賞

公式 http://www.lhamotso.com/

(1)
県内の映画館いま何やってるだろうとぐにぐにネットサーフィンしてるときに、
偶然知った映画。ツイ垢が英語名だとすると、"Lhamotso ('s) diary"で、
「亡命」がヌケてしまいますが、彼女のエグザイルダイアリー"exile diary"
と書くと、男性ユニットGエグザイルの日記と誤解する人が出る?やもしれず、
レフュージダイアリー"refugee diary"だと、亡命が難民になってしまい、
政治亡命という概念をなかなか認めない日本で、難民でなく亡命を、
わざわざタイトルに使った意義を自ら薄めてしまいかねず、
めんどいので、ラモツォダイアリーにしたんかなあと思いました。
チベット文字で表記できるといいのですが、Google翻訳もまだチベット語未対応で、
パンフを見ると、ラモツォは ལྷ་མོ་མཚོ། と書くようなのですが、
「日記」のチベット語がぱっと検索で出ず、表記は断念します。

(2)
月曜日に1,100円で見ようと思いましたが、体調が不安なので、
今日1,700円で見ました。シネマリン初めてです。
ある古いブラウザだと、映画コムやムービーウォーカーは重くて見れず、
Yahoo!映画なら軽いのでなんとか見れるのですが、そこで何故か、
横浜シネマリン今週この映画やらないことになっており、
ヌケだと思うのですが、ちょっと信じそうになりました。危なかった。
下は月曜にキャプチャーしたヤフーのシネマリン上映作品。

下はシネマリン公式の上映作品。

(3)
スイスに行く直前のあたりで、何回かうとうとっとしました。
旦那さんがウーなのかツァンなのかアムドなのかカムなのか
ゴロなのかラダック、レーなのかブータンなのかわかりませんでしたが、
説明箇所で寝てたからでしょうか。コツェ村という出身地、
どこだろうと思いましたが、パンフだとホワロン、
青海省化隆回族自治県*1チベット名(ラサ読み?)バァエンと書いてあり、
検索したら、Wikipediaアムネスティのニュースもありました。

Amnesty International
7 April 2015, 16:27 UTC | China, United States of America
Tibetan filmmaker Dhondup Wangchen released
https://www.amnesty.org.nz/tibetan-filmmaker-dhondup-wangchen-released
トンドゥプ・ワンチェン Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%97%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%B3

(4)
トレイラー冒頭で「わたしの故郷はチベット」と字幕が出ますが、
音声ではアムドー、ラブランネーと聞こえるわけで、解説も併読して、
ラブランということは"塔尔寺"だから青海省湟中県か、と思ったら、
それは私の勘違いで、タール寺はクムブムモナストリー、
ラブランは中华人民共和国甘肃省甘南藏族自治州夏河县*2
ということを言っているのだなと分かり、で、吶々としたべしゃりは、
アムドの人間がラサ語を喋るからそうなっているのかと思いました。
(パンフの星解説でも「とつとつ」と表現してた)
制作者はこの映画をチベット語で撮るために、
八年ダラムサラ留学したそうですが、アムドまで視野に入れたら、
足りないのだろうなと思いました。コーディネーターの人も、
別の映画*3で、アムドでラサ語喋って、アムド人の通訳かましてたので、
日本人がラサ語しゃべれるだけですごいことですが、それで足りないのが、
広大なチベット、という現実、と思いました。なら漢語さべればうわなaj

何故ラサ語と思ったかというと、タシデレと言ってて、
アムドだとチャヒデラとか言ったんじゃいかと覚えてたので。
北京のニーハオが上海でノンホウになって香港でレイホーになる、みたいな。
そのレベルで。こんばんは。おばんです。あと、パンフにも寄稿してる、
星泉さんのエクスプレスチベット語(ラサ語)に出てくる、
「キョラン」とかが聞こえたので、そうかな、と。
長男のタシ・ツェリンは、アムドではザシ・ツェランになるかなと、
カニシヤ出版から出てたアムド訪問記*4思い出しましたが、
あまり長男は登場しないので、分からなかったです。
二女が、ラモ・ドルマとありますが、ラサがヒャサになるように、
ハモに聞こえる箇所が何ヶ所かありました。鱧。骨切り。
ドルマがジョマと聞こえる箇所は、これもアムドと思いました。

パンフを見ると、星泉先生がことこまかに、「アムドことば」
ダラムサラのことば」書き言葉と口語について、
最新の学校教育を踏まえて書かれています。私は何も考えず、
北京語上海語と同じ文脈でラサ「語」アムド「語」と書きましたが、
プロはもう少し慎重に「アムドことば」としてるなー、と。

チョデモイナ、のデモ、デモインがいっぱい出てきて、
ふわっと思い出しました。よかったです。

(5)
星泉文章を引用したかったのですが、長すぎて死ぬので、
あの長田幸康さんも寄稿してましたので、そっちを引用します。
なにが「あの」なのかは、諸説あるかないか分かりません。

パンフ アムド探訪 ―ラモツォの故郷を訪ねて
 草原に開かれた大きな街では、メインストリート沿いに、中国の紅い国旗を掲げた街灯が整然と連なっていた。
 千年以上前からチベットだったこの地を、中国が支配し始めてから、たかだか70年にすぎない。さらにアムドでは、共産党の組織でさえチベット人が力を持っていることが多い。
 いつも国旗を掲げておかないと、ここが中国だと忘れられてしまうという不安が、中国当局にあるのかもしれない。
 この滑稽な風景をチベット人たちは「まるで北朝鮮」と笑う。どんな状況でもユーモアを忘れず、楽天的なのがチベット人の素敵なところだ。

星文章で、ラモツォと義父母の会話、子どもとの会話、動画の独白が、
それぞれ何語で語られているかが分かります。助かります。

(6)
トレーラー、予告だと冒頭アメリカの自由な空気が前面に出ますが、
本編のその場面でラムツォは渡米後頭痛がちだと述べていて、
チベットの人がときどき都市でもやもや病になるみたいなものかな、
と思いました。でもラサやダラムサラではかからなかったのか…
あるアムドのチベット人が、ある省会で原因不明の気鬱になり、
その人の親族はこの映画の夫妻のようにラサで出稼ぎ(貿易)してて、
その稼ぎが彼のCTスキャンなどに吸い取られていたのを、
思い出しました。そういうのはつらいです。

(7)
ラムツォがダラムサラで売ってる種なしパンというかナン、
コーディネーターがパンフにアムドパッレという名前で書いていて*5
チベットの他地域では、アムドのものとして認識されてるのか、
安倍川もちみたいなものか、と思いました。
でもアムドというか西北では、回族が"饼子"という名前で売ってるのが、
圧倒的だと思いました。モモ"馍馍"とも言うはずですが、
ラサやネパールだと、モモはショーロンポーみたいなのを指すので、
こんがらがるから映画では使ってないんだろうと思いました。
びんずるWikipediaの「ナン」を見ると、"饢"という漢字も、
あるようですが、ウイグル、新疆の漢字じゃないかな、と。
回族地帯では餅子だったと思うんですが。さてどうか。
韓国でギョーザをマンドゥ(饅頭)と呼ぶのも紛らわしいです。
全然関係ありませんが。

(8)
ダラムサラ、犬がいっぱいいるな〜、ラサもそうなんかな、
と思いました。チベットというかインドは、まだ狂犬病
予防接種考えた方がいいんかなと思いました。

厚生労働省公式 狂犬病 Rabies に関するQ&Aについて Q17
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou10/07.html#q17

(9)
渡米後速攻でフーディーになってしまった次男が、
弁当工場でバイトする場面、日本ののり弁とかシャケ弁に見えたのですが、
何処料理の弁当なのか知りたいです。サンフランシスコにも、
のり弁とかシャケ弁があるんでしょうか。在米チベ人のデモシーン、
白人が激励する場面が縷々挿入されますが、人口比で圧倒的な、
在米華人の反応が知りたかったですが、映像は肖像権とかあるし、
無視がほとんどと思うので、アジア系の傍観者のカットはなかったです。

(10)
ラモツォが中国、否、メインランドチベットにいた時から、
車の運転が出来たという箇所は、驚きました。
実は甘南の大物一族で、粤ナンバーのサンタナ運転してたりして。

(11)
彼女が住み込みでカジテツしてる家で、ホストの薬忘れる場面、
移民がキライな人が見たら、それ見たことかとテリブルテリブル、
薬の英語ラベルも読めないアジア系移民に介護させて万が一何かあったら、
どうするつもりなの? 一人雇ったら子どもを四人も呼びよせて、
五人で居候生活を決め込むなんて、トランプ大統領なんとかしてけさい、
パヨクがアメリカをダメにした、一掃駆逐じゃ〜とか思うのかどうか。

私が連想したのは、息子が亡命でも難民でもないベトナム女性と結婚して、
離婚したのだが、その元嫁のベトナム人女性が行くとこないので、
離婚後も同居してる日本人が知り合いにいて、その人思い出しました。
エクストラワイフはもう働いているし(息子は別居再婚)
家から出てってほしいのに出てかない、それどころか、
ベトナムから彼女の母親が娘の様子見に来日してきて、
ホテルとるでもなし私の家に泊まっている。どうなるんだろ、
というその知人の嘆きを聞いて、でもおひとよしだよね、
いい人なんだなと思いました。全然関係ないですが、
私は「サーミの血」見るつもりないですが、ああいう、
自国の過去の「不都合な歴史」を直視せよ的な映画、
北欧は公平で日本は云々、とは思わなくて、あちらでも、
自虐史観を嫌うペイトリオッツ的若者を量産するのに、
実はだいぶ貢献してるんじゃいかと思うです。

(12)
海のシーンは私も好きです。チベット人に見せたいものナンバーワン。
海。

(13)

下の画像は旦那解放を訴える、映画と別口の彼女の写真ですが、
だいぶ違う。映画の彼女は、溌溂と、下をむかず歩いています。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/a/ae/Free_Dhondup_Wangchen%21.jpg/330px-Free_Dhondup_Wangchen%21.jpg
そういえば、映画のなかで出てくるほうの旦那関連のポスターは、
シージンピン*6でなく、フージンタオ*7でした。
アルファベット読むと。その時代からなのか。北京五輪だし、そうか。

シネマリンは、あと、下記見ようかと思います。
http://cinemarine.co.jp/bolsheviki/

以上