『カブールの園』読了

カブールの園

カブールの園

作者
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E5%86%85%E6%82%A0%E4%BB%8B
写真 渞忠之
装丁 石崎健太郎
二作収められていて、西海岸の日系三世のお話と、ニューヨークの日本人孤児(遺棄児童)の話。

『宮辻薬東宮』でこの人の小説を初めて読み、面白いと思い、何かほかのも読もうと思い読んだ本です。

2018-04-24『宮辻薬東宮 みや・つじ・やく・とう・ぐう』読了
http://d.hatena.ne.jp/stantsiya_iriya/20180424/1524554907

なぜこれを選んだかというと、カブールカーブルでなくカブールと書いているから。いつからカーブルになったのか知りませんが、カブールで覚えたのですから、ことわりなしにカーブルにされても困る。

カーブル Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%AB

この本の表紙を見て、これはアフガンの褐色の大地で、荒涼としてますなあと思い、どんなアフガンSFが飛び出すかワクワクしながら読んだのですが、L.A.で日系三世のファット女子が学校でスパンキング等いじめられる話でした。ぜんぜんパシュトゥーンとかシャルワルカミースではない。彼女は成長して外見的には脱出して健康な女性っぽいのですが、こころはまだ捉われていて、ヴァーチャルリアリティマシーンで過去を追体験というか疑似体験する心理療法を受けていて、でも彼女はまずファースト、わたしはまず療法士によって生み出される贋物の記憶を警戒してもいる。(頁15)
そんな彼女の過去トリップを、ベジーのパートナー(兼働かないゲージツ家の料理担当)が、過去の貧乏旅行体験中アフガンで見た、イスラム圏では豚は食べないから動物園で展示している、の光景に例え、それがタイトルになっているというわけです。ここまで書くだけでまわりくどい。
それだと、表紙にパキッと書いてある、"Garden of Kabul"ではなく、"Zoo of Kabul”ではないかと思うのですが、イスラムの、ペルシャ中世の名作文学に、『薔薇の園』というのがありますから、薔薇の園ならぬ豚の園ってどうよ、おもしろくね? くらいのノリで、ブタの園はまずいからカブールの園にしたんじゃいかと推測しました。

薔薇園(グリスターン)―イラン中世の教養物語 (東洋文庫 (12))

薔薇園(グリスターン)―イラン中世の教養物語 (東洋文庫 (12))

果樹園 ブースターン (東洋文庫)

果樹園 ブースターン (東洋文庫)

ゴレスターン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%B3
実際にカブールにはバーブルの園という危機に瀕した名所があるそうなので、それもあるのかもです。

Babur's Gardens Park in Kabul ロンプラ
https://www.lonelyplanet.com/afghanistan/kabul/attractions/baburs-gardens/a/poi-sig/1107698/355754

表紙の写真は、じゃあアフガンじゃないんだ、何処かなとよく見ると、裏表紙側に"CITY OF EL PASO TAXICAB PERMIT"と書いた紙がダッシュボードにピンで留められてるのが見え、なんだよ本文に一個も出てこないエルパソじゃんか、意味ね〜、と思いました。

オークランドに住んでマンザナーに行ったりロスやシスコでうろちょろする日系三世のお話に、エルパソは遠い、絡まない、と思いました。なんだろうこの表紙写真。ライセンスカードはデコイで、実はアフガンを走る中古車なのかも。

作者が本書で三島賞受賞した時の、日系米国人の歴史に触れたスピーチ。
ぽっちゃりして金髪の、やくみつる予備軍とでも申せましょうか… のかんばせ

頁48、マンザナーの映像展示に、日系米国人への強制収容の個人補償を決めた時のレーガンの演説があり、主人公は、この映像は、有名な一節をはぶいてることに気付きます。米国は理念によって立つ世界唯一の国家であるという定義づけの個所。私は理念国家というと、まずフランスを思い浮かべ、自由・平等・博愛の第三共和政の精神に忠誠を誓ったものがフランス国民になるのであり、だから公教育におけるスカーフ着用があれだけやいやいされて、シャルリ・えぶどを生んだのだ、と理解してますので、米国人が自国を世界唯一と云えないことを悟って展示から削って、歴史をわいきょ…しゅうせ…おおっぴらにしないことにしたんだなと思います。主人公は、別の理由から削られたのだと思い、失われたレーガノミクスのよい面に想いを馳せます。

自由、平等、博愛 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%94%B1%E3%80%81%E5%B9%B3%E7%AD%89%E3%80%81%E5%8F%8B%E6%84%9B

頁60、ロスのグランド・セントラル・マーケット北側のオイスターバーの辺りに、一本足元に線が引いてあり、これより外で酒を飲む毋、と書いてあるそうです。どんなんか写真観たいな、と思いましたが、見つけられませんでした。

頁82、サンタクララのセラピーで、

「よい気づきを得たのですね」

なんて先生から言われてますが、英語で会話してるわけなので、英語だとなんと言われたのかな〜と思いました。

Yahoo!知恵袋 2009/11/1413:43:33
ビジネスで使われる”気づき”を英語で言うとなんですか?
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1332951958

コンシャスネスを使う場合もweblioとかアルクの例文では出ました。

頁86、人月と書いてマン・マンスとルビが振られています。そのまんまなんですね英語でも。

man monthとは - IT用語辞典 Weblio辞書
https://www.weblio.jp/content/man+month

ちなみに私は「にんげつ」と読まず「じんげつ」と読んでました。その職場ではそうだったと思います。「にんげつ」は「妊娠三ヶ月」の略語みたいなので、忌避する回路が作動したんじゃいかと。

「カブールの園」はよいのですが、もうひとつの短編、「半地下」がどうにも咀嚼出来なくて。
著者もニューヨーク育ちですので、サマーキャンプの描写や、重度の依存症義父に虐待されるロシア系?同級生女子などが、ある程度自身の体験を反映していても特になんもですが、早大ということで、姉の遺骨を前に早稲田のアパートできめたり(リービ英雄の帰国子女ヴァージョンみたい)、コミケに奔走したりする描写が、えっ、なんなんこれ、というふうに感じてしまう。ビッグアップルで遺棄された日本人児童ふたりのうち、なんか最初から英語が堪能みたいに書かれる姉は、ヒール役の有名人プロレスラーに見いだされ、仕込まれ、アンフェタミン中毒で痛みを感じない女子レスラーというシナリオでショービズに参戦します。この展開をどう考えるべきか硬直しました。

頁156
 姉はエディのすすめで、アンフェタミン離脱の匿名会アノニマスに出席する。そこでは会員の一人一人が壇上に上がり、自らの中毒に至るまでの物語を語る。姉の番が来る。
「こんなのは聞いてない」と姉は憤然とする。
「なんでもいいのです。あなたにはパスする権利もあります」と進行役。
 姉は押し黙ってしまう。聴衆はじっと姉の言葉を待っている。口が開かれる。
「私は、自分が自分でなくなりたいとは思わない」
「けれども、薬を止めたいとご自分で考えた」
「だけど」
 それっきり、姉はうつむいてしまう。進行役は諦めたような、侮蔑を含んだひややかな目を姉に向ける。姉が洟をすする。そのとき窓を割ってシャーマンが会場に飛び込み、姉を救い出す。
 見ていられなくなり、僕はテレビを消した。

これはプロレスのショーに取り込まれた、ホンモノでない自助会ということなのですが、それにしても、言いっぱなし聞きっぱなしのルールが守られてないのはすぐ観客に分かるでしょうから、そこでしらけないかしらと思いました。あるいはホンモノでこうなら、それは司会が問題です。
いちおうショーとしては、ガッチャン部屋で彼女を離脱させた近親者とアノニマスの手先であるアノニマスレスラーが彼女をとりあって戦う(というか彼女を痛めつける)筋書きで、腦の揺れとかいろいろ蓄積で彼女はフツーの生活を送る経験のないままこの世からさよならしてしまうのですが、なんだこれはとしか思いませんでした。同級生からオリエンタルとして受ける仕打ちのリアルさをここに転用して、実話に近い出来事として受け取ってはいけないのだろうが、いやしかし、的に。

頁151
 これはレーガン政権の当時、僕が学校で配られた冊子だ。

SAY NO TO DRUGS

 アメリカの若者たちへ――ドラッグとは、死を招くゲームにほかなりません。そしてそれは、負け犬のためにこそ存在する遊戯なのです。しかも、負けたそのあとに、「また来年」と口にする機会さえ失われかねません。なぜなら、ドラッグというものは、ときには明日さえをも奪うからなのです。若者よ、賢明でありましょう。仲間たちとともに、スコアから目をそらすことなく、勝つ側に立とうではありませんか。
 どうか、お願いします。あなたがドラッグから自由であって初めて、アメリカは強く、自由なままでいられるのです。私たちの国の、善きものこそをわかち合い、あなたが幸福かつ生産的な人生を送ることを、私たちは願っています。
 ただ“ノー”と伝えてください。
                         ロナルド・レーガン
                         ナンシー・レーガン
“ノー”というための三つのステップ
 1.友人のすすめに対して、じっくり考える
 ときに私たちは、友人が大丈夫だとさえいえば、ただちに大丈夫であると判断します。ときに私たちは、間違っているものを、ただちに間違っていると判断します。しかし、ときに私たちは、友人に――なによりも自分自身に、問いかけなければならないのです。それは安全なのか。合法か。無害か。あなたのお父さんやお母さんは、それをどう思うのかと。
 2.間違っていれば“ノー”と伝える。
 友人のすすめが間違っていると判断したなら、すぐに“ノー”と伝えましょう。そして、その理由を説明するのです。
 3.別の遊びを考えましょう
 “ノー”を伝え、その理由を説明したあとは、もっと別の遊びを考えましょう。楽しく健康的で、安全で、そして合法であるものを。

 マリファナ
 俗称 グラス、ポット、ウィードなど
 事実(略)
 覚醒剤
 俗称 スピード、アイス、ホワイツなど
 事実
(略)
 コカイン
 俗称 コーク、クラック、スノウなど
 事実
(略)
 アルコール
 事実 コカインやヘロインと同様、アルコールもまたドラッグと考えなければなりません。依存性が高く、胃腸から直接吸収され、神経中枢を抑制するとともに、判断力や自己管理力を鈍らせます。脳細胞に損傷を与え、そのほかにも記憶の欠損や幻覚、高血圧や心肥大、心不全、肝炎や肝硬変、胃炎や胃潰瘍、膵炎など、多くの疾患の原因となります。

最後にオチャケが出てきてびっくりしました。

作者はSF作家だと思っていたので、元バックパッカーの面とか、PGの面はあっても、SFだろうと思っていたので、水村美苗私小説レフトトゥライト以来の本格帰国子女小説というかニューカマー日系一世小説で、しかも私小説ととるには、高いハードルで膝を打って転倒ですよ的な小説で、自分のなかでどう治めたものか困っています。

私小説―from left to right (ちくま文庫)

私小説―from left to right (ちくま文庫)

ほかのSF小説も読んでみますが、やー表紙の写真がアフガンでない時点から初まって、面喰うことばかりです。水村美苗は、父親は普通の駐在で、グリーンカードはゲットしたけれども、父親はバターをかけたステーキが好物で高脂質とかいろいろで成人病になって、ですが、本書のような、依存症的記述はあったか思い出せないです。時代の違いもあるでしょうが。以上
【後報】裏表紙

(2018/5/7)