『ソルハ صلح』読了

 他の方のブログで知った本。考えてみれば帚木蓬生もペシャワール会と同じ福岡県であるわけなので、アフガニスタンをテーマに本を書いても何の不思議もないわけですが、ここまで手を広げるかという老婆心を抱いたのも事実です。玄界灘の向こうを描いた『みたびの海峡』の頃と2010年とでは年齢も違うでしょうし、日本固有のギャンブル依存であるパチンコ依存との戦いだけで相当熾烈な人生のはず。

ソルハ

ソルハ

 

 写真協力 長倉洋海 ブックデザイン 森 木の実 地図・イラスト 佐藤真紀子 編集協力 浅井亜紀子 どこかで連載されてたのか、書き下ろしなのかは不明。それを記載したページが見つけられませんでした。あとがきと、「アフガニスタンという国」という概説と、手書きの、「かつて子供だった大人のみなさんへ」という一文があります。ハザラがシーア派だとか、マスード将軍はタジクだとか、ウズベクはトルコ系だとか、そういう基礎知識があって助かります。

ソルハとは、「平和」だそうで、グーグル翻訳にはダリ語がないので、ペルシャ語で出しました。

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صلح の発音: صلح の アラビア語, ペルシア語, ダリー語, パシュトー語, ウルドゥー語 の発音

FORVOで肉声の発音を聞いたところ、ダリ語ペルシャ語では私の耳に「ソル」と聞こえ、パシュトゥー語やウルドゥー語で「ソルハ」と聞こえました。しかし西アジアにあまねくことばであることは分かります。「平和」ですから、そのことばに広がりがないわけがない。ダリ語の発音を吹きこんだ男性は、北欧デンマークからマイクに語りかけていました。

 本書は帚木蓬生の本で、同じ福岡県であっても、PSM、ペシャワール会、中村医師とは、もちろん異なる点があり、その最たるものがタリバンの評価です。「田舎の神学生」の側面を強調し、必要悪として、制約はあれどその期間平和であった事実を評価すべきか。いや、それは全アフガン人の平和ではなく、シーア派でオリエンタルの顔立ちをした(私たち日本人に似た顔の)ハザラ人に対しては虐殺もあった、日本であれば国民の三大義務である勤労、納税、学習のうち三番目を女性から取り上げた点も糾弾されてしかるべきではないか、等々。

頁92に政権をとったタリバンからカブール市民へのおふれが載ってますが、例えば、トランプはイランでも禁止されているなど、ちょっとずつイスラム圏についての知識があるかないかで、読んで抱く印象は変わると思います。そう、そういえば、帚木蓬生は私と同じく、現在の多数派の表記である「カーブル」でなく、一貫して「カブール」と書いていて、ここはうれしかったです。

頁96には女性に対するおふれも載ってますが、読みながら、ツイッター配信のウェブ漫画から超やり手編集を経て講談社で紙版も刊行された『サトコとナダ』を思い出しました。おふれのうちのひとつ、マニキュア禁止、つけてたら爪はがす、の箇所は、確かイスラム圏全体に、ハラルのマニキュアがなかったことに起因すると考えます。『サトコとナダ』では、ハラルのマニキュア登場時のアラビア女性の歓喜がいきいきと描かれてました。

本書には、ブルカを着なれない欧化したカブール女性の難儀ぶりが細かく描かれてますが(苦労してるだけで済むならタリバンはいらないので、そのうち目をつけられて撃たれて腹にあたって死んじゃいます)『サトコとナダ』には、自由の国アメリカにいるはずなのに、ネット越しにしか世界を眺めない筋金入りのヒジャブかぶりのアフガン女性、バギザが登場するので、読みながら、なんでバギザはずっとヘビーヒジャブだったんだろう、イランなら顔は出しておkだし、マレーシアやインドネシアならジャミラ…いや、顔だけくるむんでもいいので、網ののぞき窓の養蜂業者スタイルはどう考えてもやりすぎだと私は思いますが、顔が分からないからツマラナいと私は思うわけで、それこそがまさに網着用強制の理由、顔が夫以外に分かったらアカンがな、なのだと思います。

バギザが宇宙服外せないのは、①チクられて帰国時危害が及んだり、祖国の親戚などが危険だったりすると困るから。②実はチクる側だから。ナダはサウジで、アラブなら表面的に仲良く付き合えるので、ときどきシーメとか呼ばれあってるが、実はファナティックな人たちのほうに属してる。さてどっちでしょう。

頁115、蒸しギョーザのことをマウトゥと呼んでいて、ハングルのマンドゥみたいだなと思いました。前にも何かでその知識は得ていたかな?

頁123、収容された父親に逢うために、看守のタリバンに賄賂握らせる場面。どんな勢力も権力を握ったとたん腐敗は始まる、を思い出しました。中共成立後の中国共産党の、華南、特に地主階級に対する苛斂誅求と銃殺の嵐とかふっと思い出してみたり。

頁126の二桁かける二桁のかけ算は目からウロコでした。

頁126「葬式」

「ビビ、今から計算の秘密を教えるからね。よく聞いておくんだよ。この秘密はカシムもアミンも知らない。もちろんロビーナとレザも知らないと思う。このかけ算は、十の位が同じで、一の位を足して10になるときにできる。たとえば52✖58や、63✖67などだよ。どうするかというと、まず十の位の一方をひとつ多くして、かけ算をする。5と5であれば、5✖6=30、 6と6なら、6と7をかけて42、これが千の位と百の位の答え。そして十の位と一の位の答えは、一の位の数をそのままかければいい。たとえば8と2なら、8✖2=16となる。さっきの例だと、52✖58=3016、63✖67=4221になる。暗記をしていなくても、あっという間に答えが出る」

「なあんだ」

「そしたらビビ、91✖99はどうなる」

「えーと、9と10をかけて90、1と9をかけて9だから、9009」

 頁166の、サッカー場でシャーリィ・ジャクスンの『くじ』みたくなる場面は、前にも書きましたが、中国の外国人非開放地区で党書記殺害の罪で公開裁判公開処刑の運びになったランクルと東風数台を駆使する密猟団の首領が、私がその場にいたので銃殺場所を移してトラックで連れてってしまい、子供たちがその後をおっかけてったのを思い出しました。前日、荒れ果てた使う人とてない市内の陸上トラックに、民警が白線引いてたので、明日は何があるのか聞いたら、「チャンビー」と答えたので見物に行くことにしたという話。いちおうその街のエイリアンパーミットは50元でゲットしてました。

خداداد عزیزی - ویکی‌پدیا، دانشنامهٔ آزاد

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/1e/Khodadad_Azizi_03.jpg狂気の左サイドバック都並、ではなくたぶん現在のアジジ。ウィキペディアより。

この人、ぜったいオリエンタル系のどこかの民族だと思ってるのですが、ウィキペディアにもマシュハド出身としか書いてないんですよね。

頁265に、バーミヤンの石仏破壊の日として、2001年3月11日、と書いてあるアメリカの雑誌を読む場面があります。本書刊行時東日本大震災はまだ起こってませんでしたし、タリバンが声明を出したのが3月12日で、爆破がその前日ではないとのことだと思うので、そこは検索してひといきつきました。

ほんとに震災の十年前の3.11に石仏破壊だったら、ぞっとします。

空爆は、モロトフのパン籠の焼夷弾ではないから、ではなく、私の住んでいる地域はグラマンの機銃掃射の話が多く、直接空襲はなかったので、日本を思い返すことはなく、思い出したのは、前世紀ドイモイ絡みで日本企業が進出するにあたって、バックアップの邦銀の社員教育用にやってきたハノイベトナム語の先生が、キリスト教徒だったからか、教会関係のサマー語学講座も担当してくれて、私はたまたまそれを受講して、で、五月一日でしたか、サイゴン陥落だかなんだかの時はうれしかったですかと余計なことを聞いたのですが(当時から性格がおかしい)もう北爆に脅えなくてすむのでそれがうれしかった、と言われた、そのことを思い出しました。B-52

 作者がうしろで、アフガンの本数あれど、まず入口には何がいいか、ということで、読者の児童たちに勧めているのが長倉洋海の写真集です。特にむこうの子どもを撮ったもの。私も読んでみます。ということで図書館で検索したら、長倉洋海という人は、マスド、マスードマスード、三冊もマスードの本を書いてるんですね。そっちも読んでみます。あと、PSM絡みの写真家の人で、中国紀行を書いてる人のも読まねばと思ってるのですが、その人の名前と著書名忘れました。ぱっと検索で出ないので、なんだったかなあ。以上

長倉洋海 - Wikipedia

【後報】

(1) 頁340、ラマダンは、暦に指定された時期をずらして自分で決めることも出来るとあります。知りませんでした。カフェに入ってオーダー聞かれた時「断食中ですよん」と言えば注文しなくても追い出されないんだとか。本当でしょうか。

(2) 頁151、一万時間の法則。一週間に二十一時間、同じことに打ち込むのを十年続ければ必ずその道の一流になれる。一日三時間です。これ素晴らしいと思う反面、その時間を捻出出来るかとか、朝練と放課後入れたら部活で皆それくらいやってまんがな、という声もあるかと思います。主人公は英語学習にこのメソッドを取り入れることにしました。なくなった主人公の母親はアラビア語学習に同様。

(3) タリバンの評価は前述ですが、考えたら、アルカイダの評価はそう違ってないと思います。本書はけっきょくずぶずぶの関係だからダミなんだよと赤裸々に書いてますが、ペシャワールのかいはアウトオブ眼中にすることで、ショウザフラッグにしている気がします。

(2019/5/26)