『アフガニスタン 敗れざる魂 マスードが命を賭けた国』読了

 装幀および本文中写真 長倉洋海 中扉および本文中地図 ジェイ・マップ

デザイン 新潮社装幀室 あとがきと参考・引用文献一覧あり。

アフガニスタン敗れざる魂―マスードが命を賭けた国

アフガニスタン敗れざる魂―マスードが命を賭けた国

 

 2002年時点から作者がそれまでを回想した本。錯綜した情報が、「錯綜していた」ことはよく分かります。そして、バイアスがかかった記事や、印象操作もそりゃあったと。全貌や事実は、地方によっても違うでしょうし、明確な誤りの例だけは挙げられるけれども、誰にも言えないのかと。

私自身、河出文庫の作者の本から感想書いた時、「ヘズビ・イスラミ」と書いたのですが、本書頁19等の、「ヘクマチャール派」と違いが分かってなかったりします。そんなレベル。

作者が、どこでペルシャ語を習得したかが、頁40で分かりました。独習。大学で探検部だったこともあり、遊牧民生活の生活誌等を体験したく、バックパッカーとして、ソ連侵攻前、混乱前のアフガンに行っていたとの由。色川大吉の『ユーラシア大陸思索行』の頃(1973年刊)か、後か。

頁40 カブールの記述

 町中で話されているのは、ペルシャ語の一方言だ。現地では「ファルシー」と呼ばれるが、政府は「ダリ語」と正式に名づけていた。

中国で、青海省の土族の土語(湖南省の土家族の土家語ではない)が、モンゴル語系で「モンガル」なのに「土語」なのに似ているような、似て非なるようなと思いました。ここでは、北部のダリ語圏と、南部のパシュトゥー語圏、それだけでなくトルクメンウズベク、忘れてはいけないモンゴロイド系の顔立ちで下層階級を形成させられ、信仰もシーア派のハザラ人がいるとだけ書いてますが、別の個所で、従来はパシュトゥーンが多数派というのが定説だったが、パキスタンではパンジャーブ多数パシュトゥーン少数(5%ほど?)のパキスタントライバルテリトリーを加えた考え方の影響があるのではないか、実感や庶民のあいだを見ると、タジクやトルクメニスタン、ハザラの割合も拮抗している感がある。で、当然統計や人口動態の記録などないとか。

頁121で、タリバンが禁じた項目の中に、サッカーがあるのですが、帚木蓬生の小説で、ひさしぶりにサッカーの試合が催され(そのハーフタイムに公開処刑が行われる)る場面と齟齬があると言っても仕方ないと思います。女性の労働が禁じられていたのに、男性である医師は女性の体に触れてはいけない、ではどうやって診察や治療を行えばいいのか、という話は同ページに。頭で考えただけのおふれで、突っ込まれると逆切れして権力でゴリ押しした例だったのか。頁122に出て来る、下記は読んでみます。

ラティファの告白―アフガニスタン少女の手記 (海外シリーズ)

ラティファの告白―アフガニスタン少女の手記 (海外シリーズ)

 

 本書は、鎮魂歌の趣が強いですが、河出文庫を補完する本として、読めてよかったです。以上

【追記】

タリバンの成り立ちとして、パキスタンのトライバルテリトリー、パシュトゥーン人の後背地、ムジャヒディーンの出撃基地であり休息の地でもある彼の地の難民とその子弟向けイスラム神学校が母体となることで、ファナティックだったり原理主義だったりという要素が強調された集団が生まれ、パキスタン社会での難民生活の息苦しさなどもあいまって、爆発的に広まっていった、という説明が、すとんと私には落ちました。頁127によると、タリバン政権を主権国家として容認したのはパキスタン、サウジ、UAEの三ヶ国だけだったとか。裕福なアラビア国家が残り二つであるところが、チェチェンコソボなど、回教絡みの紛争地帯で蠢動するアラビア人傭兵部隊を容易に想起出来ます。

しかし作者押しのマスードらの政権も、例えば米国は9.11以後も最後まで国家代表として認めなかったそうです。タリバンマスードらに対し、聖戦、ジハードを掲げたこと自体がタリバンの本質的矛盾と作者は書いています。イスラム教では、ムスリムに対するジハードは認められていない。

9.11の前ですが、タリバンの政権掌握の最終局面で、マスード勝海舟さながらカブールを無血開城したことを書くべきなのでしょうけれど、パキスタン正規軍、特殊部隊が正体を隠しつつ対諸勢力戦の前面に出てきた旨の記述のほうがインパクト強かったです。ほかの文献でもそう書かれていれば、事実としての説得力は増すでしょう。当事者であるパキスタンが否定しても。

ビクトリア女王最後の秘密を見てから、私はなんとなくパキスタンに冷めてます)

あと、扱いが難しい素材としての事実として、マスードの資金源として、パンシール渓谷はエメラルドが採れ、約千人の労働者が採掘作業に従事していた、しかし資金繰りは苦しかったように見受けられる、の記述。すぐにポル・ポト連想しますよね。バイリンのルビー鉱山のためにポル・ポト派は延命を許され、だから内戦は長期化した、というお話。マスードはそうではないと本書から推測するわけですが、でもマスードもそれで自勢力維持を黙認されてたのだったら、嫌ですね。以上

(2019/6/9)