知りあい絡みで、山崎洋子を読んでみようシリーズ第三弾。 第三十二回江戸川乱歩賞受賞作
読んだのは初版。装幀 辰巳四郎
昭和七年の横浜の花柳街の話ということでしたので、黄金町かと思いましたが、本書によると曙町は私娼だそうで、公娼の「眞金町」が舞台であるとのことでした。
そこまではいいのですが、この話にも中国がこんなに影を落としてるとは思いませんでした。満洲国建国に反対して、日本の傀儡政権でない満洲独立国を作ろうと画策する日本人組織がいて、泡沫団体なので官憲も軽視してたが、突如タナボタの資金を得てしまうという設定がまずぶっとんでると思いました。中国人の抗日団体でなく、日本人による反満洲国かつ中国でもソ連寄りでもない組織って、まず考えつかないです。犬養健なら、日本と満洲の利権争いを演じた結果、対日禁輸制裁で日本を追い詰めた米国を出せるかもしれませんが、本書は揚子江は今も流れているではないので、作者は日本独自のドメスティックな組織としています。
で、売られてきた二人の少女の話であることは分かっていたのですが、若狭から横浜へとは思ってませんでした。京都府宮津市生まれで武蔵新城らへんの高校の作者と、そんなにシンクロするとは。武蔵新城は、川崎銭湯スタンプラリーがなければあんなにぐるぐる回らなかったなと思います。東急バスの一日乗車券まで使いました。それがなければ、「新城」と書いて、「あらぐすく」と読んでいたかも。
今気が付きましたが、文庫版も日本髪の少女の写真は同じものが使われてるんですね。単行本(ハードカバー)はドライフラワー、文庫は生花。
遊郭の経営者夫妻も、都筑郡の架空の村の出身です。使われませんでしたが、作者に土地勘がある場所が選ばれてると感じました。
以前の『香港迷宮行』でも思いましたが、作者の関西弁は、じつにすっと自然に、私の中に入ります。私が関西弁を学んだ環境が、京都で、新潟ほか、嶺南地方から北の人たちが働くため上洛して、後天的に関西弁を話すようになった社会だったからでしょうか。
頁11はじめ、「レポ役」の意味は検索しました。
頁168の簡易服も検索しました。
頁115の坂田山も同様。
左は中表紙。直筆原稿をあしらった装幀。に見えますが、そう見せかけて、編集者が写経してたとしても私には分かりません。そんな手間をかける意味はむろんなさそうですけれど。
以下後報。
【後報】
しかし本書に中国人はひとりも出ません。登場人物でひとり、東亜同文書院出身で漢語ぺらぺらの人が出ますが、酒浸りです。というか、本書は一貫して「中国」でなく、支那呼称を使っています。ここ、ひょっとしたら文庫や電子版では変わってるかもしれません。一貫して支那呼称。支那人、支那料理、支那語、支那の気候、支那の風土。当時の実際として、「中国」でなく「支那」と呼んでいたのはそのとおりなので、歴史を改変しないで書くなら「支那」ではあるのですが、大正時代でしたか昭和ゼロ年代か忘れましたが、中華民国政府が支那と呼ぶなと要請したのに改まらなかったこと(いい悪いは別として、国の呼称か地理的呼称かの論争もまた別として)など、高島俊男というより、さねとう・けいしゅうの先行本のほうにその辺の経緯はより書いてあったはずなので、そういう注釈もちょっとあってもいいかな、と、ふっと思います。頁181に、震災後の復興事業の目玉が山下公園である旨記述があり、中華民國も復興支援義捐金はあったはずだったな、と、南京町で支那料理に舌鼓を打った後、山下公園を見下ろすホテルニューグランドで珈琲を飲む場面で思いました。
えー、あと、この小説も、一行ごとに改行する小説です。応募作なので、原稿料かさまし目的ではなく、読みやすさを勘案してるのかと思います。
東野圭吾は初期作風が安定しなかったそうですが、ひとつ下にこんなのがいて追いまくられたら、そりゃ大変だったろうと思います。
本書には江戸川乱歩賞の歩みと第三十二回の講評も収録されていて、赤川次郎、石川喬司、河野典生の選評はそれなりですが、中島河太郎がこの作品をまったく買ってないのにKMで忖度して不和雷同しましたという旨の記述をしていて、おかしかったです。
クリスティというか、京都出身ですし、第二の山村美紗くらいは、出版社も狙ってたんではないかと憶測しますが、意に相違して横浜の話ばっか書く人になってしまった。京都ミステリーは二人もいらへんのんどっせ、と陰で釘をさされたわけではないと思います。
この当時の流行語でひとことで表すなら、「ブリッコ」なのかもしれませんが、現在のようにIT革命が起きてすべてが激変し、痛い人の痛い言葉がすべて電脳空間に吐き出され続ける世の中になる前は、痛いセリフを公開するのにも生存競争と種の淘汰があり、勝ち組だけが痛いセリフを世に拡散することが出来たのだなあと思います。
だからこんな受賞のことばを吐かれても、ちょっとかわってていいんじゃない、面白いよねと、不思議ちゃん褒め殺しで終わっていたんだろうなと。21世紀の今だったら、地下アイドルでもこんなしらじらしいこと言わないのかもしれません。生きるのに必死なので。
でも、この作者の本は面白かったですし、中国関連で、何か言いたいことがあるのかもしれないので、もう数冊読んでみます。著者公式サイトのひとことコメントがあるあたり、贅沢であるとも思います。自分でホームページビルダーとかの時代に作られたんでしょうか。電子化も推進されてるようですが、出版社の手に依るのか、片岡義男みたいに自分とこでバンバン進めているのか、どっちだろうと。
花街の役職名が複雑で、まとめようと思いましたが、時間がないのでやめます。以上
(2019/3/8)