読んだのはクロワッサンのほう。Design 河合良之 Cover Illustration 木村きっこ
<旅行内訳>
1984/7/2~4 神戸京都
ポートピア・ホテル アンリ・シャルパンティエ トゥール・ドール
(回想で)オリエンタル・ホテル クイーンズ・コート
1984/9/11~13 軽井沢
万平ホテル 中華料理屋榮林 三笠ハウス
1985/3/11~13 志摩
志摩観光ホテル(浜木綿、ラ・メール)英虞湾一周遊覧船 マリンランド
1985/8/5~7 熱海 蓬莱
1986/2/3~5 奥湯河原 加満田 サボテンランド(野鳥園)
1986/5/12~14 上高地 あずさ9号 白骨温泉新宅旅館 帝国ホテル
1986/8/5~7 箱根・熱海 ロマンスカー 富士屋ホテル(バー・ヴィクトリア)蓬莱
1986/11/23~25 日光・川治 金谷ホテル(結婚式参列、披露宴)
1986/4/20~22 奈良
奈良ホテル 藤吉(京都)元禄 上品 東大寺 レストラン菊水 法隆寺
1987/8/17~19 箱根 富士屋ホテル(菊華荘)
1988/5/17~18 松崎 松崎プリンスホテル 長八美術館 民芸茶房
1988/9/1~2 箱根 仙石原プリンスホテル。
<ここまで>
食事も、大半は献立が書いてあるのですが、失念したり気に食わなかったりしたら書いてないので、例えば。
<奥湯河原一日目夕食>
・カツオの刺身
・イカとネギとワカメのヌタ
・メバルのから揚げ
・マナガツオの味噌漬けの焼き物
・アジの酢じめ
・ワサビ漬け
・海老の焼き物、菜の花のおひたし、鳥肉ロール、セロリ
・鯛の子、ワラビ、筍、八つ頭の煮物
・千切り大根オカカまぶし(サービス品)
<奥湯河原翌朝朝食>
・いか刺身
・かまぼこワサビ漬け
・えぼ鯛ひらき
・茶そばポーチドエッグのせ
・湯豆腐
・カツオ角煮
・ほうれん草ごま和え
・ご飯、なめこ汁、漬け物
<志摩一日目夕食和食ひとり一万五千円コース>
・いかととり貝とワケギのヌタ
・鮃の手まり鮨、百合根の茶巾絞り、新筍の木の芽みそがけ、うすい豆(グリンピースを薄味のダシで煮たもの)、菜の花のおひたし、赤貝の肝の佃煮
・椀盛り(黒塗り椀。半量ほどの澄まし汁に二種の魚のすり身、わらび、花人参、柚子)
・桜香蒸し鮨
・お造り(伊勢海老、鮃、いか、みる貝とトロ)
・鰤のてり焼きと千枚漬け
・あこう鯛の旨煮と新筍の土佐煮
・鯛雑炊
・りんご
<志摩二日目夕食フレンチ。値段未記>
・的矢生牡蠣(別オーダー)
・海胆乙女(卵黄と生クリームソースに囲まれたほうれん草の小山の中にオレンジ色の海胆)
・伊勢海老自己流(パイケースに入った伊勢海老のクリーム煮)
・その伊勢海老の頭を使ったクリームスープ
・柚子のシャーベット(口直し)
・アワビのステーキ、ブール・ブラン・ソース(白ワインとバター、パセリとシャンピニオン、にんにく入り)かけ
こういうのだけ読むとうらやましいですが、冷めきったまずい食べ物とかせんべい布団とかどこでも食べれるようなビーフシチューとか若者に占拠されたバーとかもときどき挿入されていて、長文のクレーマー的悪口は書いてないですが、想像出来るので溜飲が下がります。
回が進むにつれて、悪名というか、目を離すといちゃつきながらヌード撮影始めそうだからだと思いますが、頁163、某箱根のホテルの離れで食事を所望したところ、
頁163
予約した時間に菊華荘に入っていくと、ダダッ広い建物の入口はシーンとして人の気配がしない。ここですでにいやな予感があったのだが、奥の座敷に通されてビックリしてしまった。お客は私たちともう一組だけなのに、みょうに部屋の隅におし込められているみたいなのだ。おまけに座卓の上には変なビニール・カバーがかけてあったり、配膳室が私の所から丸見えだしの、無神経きわまる状況に、色々とおいしいお料理が出たものの、もう一つすっきりしない気分で食事を終えたのだった。
「ったく女中部屋みたいな所にいれやがって、何なんだ一体!」
と夫は怒りまくっていた。
ちょうどこの頃あちこちにプリンスホテルが出来てきたようで、当初は夫妻も、若者向けのカジュアルホテルはちょっと…だったのですが、もともと老舗は成金と上流階級のワガママをいなしてやってきたわけですが、時代がバブルに突入しようとしていたからか、相手の質量が老舗の閾値を超えてしまったようで、うまいことやってた対応のダムが決壊して堪えられなくなった感じで、夫妻はプリンスなんかも利用しよう的にシフトしてゆきます。それまでの帝国ホテルとかなんとかも、いいといううわさを聞いてゆこうとしてるわけなので、そのへんの交友関係も21世紀のSNS時代から推察すると面白いです。誰から聞いて、どんな見栄で行こうとしたのか。
頁16 神戸
この店の素敵なのは、(略)夜遅くにフラリとやって来る完璧に上品で遊び人風の客たちが醸し出してる雰囲気、であることが大きいと思う。今ではどうなっているか知らないが(最近行っていない)、雑誌で何回神戸特集をやろうが、一度としてお店紹介ページに出ていないところを見ると、あの空気は健在なのかも知れないな、と思う。
奥さんはこういう文章を書いているわけですが、アラーキーはちがう。神戸旅行は現地でユミコさんという共通の友人をまじえて、酔っぱらってホテルの部屋になだれこむ。
頁22 神戸
(略)ヨーコがなにかの用で部屋を出た。ユミコと私は2人きりになった。私はユミコの唇を奪い、ベッドにおしたおした。指が股間に触れた時、ピンポーン、ピンポーン、ヨーコがもどってきた。
頁145を見ると、ユミコさんは川上宗薫未亡人だそうで、頁159では、ヤっちゃいけない、とアラーキーは、連載が進んでいろいろ反響もあったのか、殊勝な文章に変化してます。話を戻すと、頁22でコレで、そのページめくると、洋式便器に腰降ろしてパンストおろした陽子のしとの写真。頁29で陽子のしとは、周りにしとがいないので三笠ハウスの古式豊かな洋式便器でパチパチ撮影した、てなこと書いてフォローしてますが、頁24の便座写真は、タオルの引っかけ具合などからも、ホテルの部屋のバストイレではないかと。
こうやってバンバン撮られて載せられてしまう一般女性も大変だなあと思いました。近所づきあいとかおんなともだちとかにこういうの見られてると、どういう顔して暮らしたもんだか。頁79、今でいうハメ撮りが本に入っているのを見た時のショック、ページ忘れましたが(頁141でした)、結婚式披露宴のスライド写真に新婦のヌードがデカデカと入っていて祖母親戚の老婦人が卒倒したとか書いてある。そんでもってこの軽井沢のページにアラーキーがスキーしないから結婚後はスキーしなくなったとか、湯河原や上高地では運転せずタクシーで奥湯河原や白骨温泉まで行っている。アラーキーのナンパ写真撮影術(頁113)を見ると、舎弟みたいのを使ってて、衆を頼んでいる。汚れ仕事を人にさしてる。頁55で田村隆一を出してるせいか、自身の過去の文章の長文引用や、再録が多い。で、陽子のしとが食事忘れたとか書くと、待ってましたとばかりに、この頃はこまかく旅行のメモをしてた、とのキャプションつきで、メニューをずらずら、陽子のしとの記憶違いを修正修正。勝てる相手には挑むぜ、みたいな。奥さんからしたら、パートナーは愛だから、勝ち負けとかじゃないので、いいめいわくだったのでしょうが、大人なので、負けてみせる。
stantsiya-iriya.hatenablog.com
頁106に捧ぐ。以下後報
21世紀の電通はパワハラと過労で事件を引き起こしたわけですが、前世紀も…というふうに比較しようと画策しましたが、無理でした。そういう結論ありきで感想書く感じではなかった。二人が電通で職場結婚すること自体は、あることだと思いますし、アラーキーはカメラマン採用、陽子のしとは、IT化前の事務職採用。はたち。思うのは、奥さん相手に出来ることが、身を隠して逃げなければいけないAV女優とか、期間限定の愛人がどうのの取材対象の若い女性や、淫乱対談の若い女性相手にも出来るわけで(頁67)、それは婚前も婚後もしていたでしょうけれど、それをどう奥さんが読んで、どう噛みしめていたか、どう昇華させて、妻への行為と愛人への行為はかくかくしかじか違うはず、いやでもいっしょか、とかループしてたのかなあ、大変だなあと思いました。
あとがきは、耳の入院中自炊や掃除洗濯がひとりで出来るよう事前に仕込んでいて、見舞いに来るたびそれがさも出来ているかのような、初体験の苦労や喜びを縷々語っていたのが、帰宅してみるとぜんぜんだった、という話で、共依存と思いました。そんなもんかな。佐野洋子の話とか、未読ですが井上ひさしの奥さんの本とか、そういう系譜につらなる前に消失したのか、そうでないのか。
(2019/4/23)