『ヴィーナス★ゴールド』"Venus Gold" 読了

山崎洋子を読んでみようシリーズ 装幀ー高橋雅之(タカハシデザイン室)装画ー大西洋介 書き下ろし作品

ヴィーナス・ゴールド

ヴィーナス・ゴールド

 

 寿が舞台ということで読みました。寿以外も、弟が相模大野で生活保護受給とか、梅が丘から青葉台までタクシーとか、伊勢佐木モールの有隣堂で、カレーミュージアムの思い出に耽るなど、知った地名ばっか。

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以下後報

【後報】

冒頭、借金まみれの若い姉ちゃんが着たきりで冬のデパートでえんえん時間を潰そうとしたりする描写は相変わらずうまいと思いました。前にも作者の作品では、そういうストーリーの入りの場面がありましたが、時代は変わらねど、焦燥感と切実さ、モノを口に入れてない展開などは一様に迫真出色の出来だと思います。石川町改札ひらりは、いつからかあるフォークロアなのか知りません。「よっ」とか「オッス」とか片手あげて挨拶すれば顔パスで通れると聞いたが通れなかった、という話はよく聞きます。ひらりは、どちらかというと、イラン人が多かった頃、そっちのほうの駅でよく見た。

パン券ドヤ券がバンバン出てきます。既になくなったシステムですので、あまり知ろうと思ってなかったのですが、横浜市が行政としてやってると思ってたのが、本書では、中区が行政としてやってると出て、区単位でこんな支出出来るものなのかと思いました。また、バブルの副産物かな~と勝手に思ってましたが、本書によるとオイルショックの不況が契機だったとか。調べるかな~いや調べない。これで、千葉からハマに流れてきました、なんて人には逢ったことあります。

 主人公は、奇跡的といっていいと思いますが、ドヤで食堂やら高齢者介護を営むNPOに助けられ、そのNPOが就労支援に手厚い実績があるので、行政側の信頼も厚く、生活保護もするっとなんとかなるというストーリーです。その後自己破産。お伽話かメルヘンか現実か。そこにピエロが出るのですが、これ、ヨコハマメリーに着想を得てる気もします。新宿の月光仮面ではたぶんないだろうと。実在する食堂は、多摩の人で、行って感動した人を知ってますが、その人は働き出した後、社員旅行で飲んで急逝しました。

と、最初はとんとん拍子なのですが、途中から暗雲がたちこめ、組織は人なので、掃き溜めに鶴と思われた優れた技能と性格の人たちそれぞれに欠点も弱点もあり、それが露呈して、食堂もNPOも主人公の周囲も次々機能不全に陥ります。それと並行して、ドヤの簡易で主人公は愛を育み始めるのですが、相手が百合です。よくこういうふうに話を造るなあ。特に初期に主人公を助けて生活を安定させてくれた人が、相手が弱者で自分が上からな時は慈母のようだが、そうでないとパワハラの権化で相手を追い詰めてしまう、の二面性の場面はしんみりしました。そういうこと、あるので。

 主人公の恋人との会話で、身につまされたのが、病気なんだからちゃんと医者に行かないと、みたく説教になりがちなのを、全部拒否られて、ただここにいて自分のいうことをぜんぶ認めて受け入れてほしい、と無茶ぶりされて、主人公が受け入れる場面。女性だから、と言ってしまうとダメでしょうか。真似出来ないと思いました。

頁324

 寿町で茉莉がパニック障害を起こした時、彼女のバッグからこぼれ出たおびただしい薬を、灯子は思い起こした。確かに、彼女が日ごろ服用している薬との服みあわせがわからない以上、安易に市販の薬を服ませるわけにはいかない。

「タクシーを呼んで病院に行きましょう。一緒に行くから」

「いらないって言ってるでしょう」

 振り絞るように茉莉が言った。

「ごめんなさい」

 灯子が謝ると、茉莉の目にみるみる涙が盛り上がった。

「わたしこそ……。でも、お願い、わがままを言わせて。そばにいて欲しいのよ。それだけでいいの。病院は嫌いなのよ、行きたくないの」

 茉莉が泣いている。幼児が母親を求めるように灯子の手にすがり、一緒にいて欲しいと懇願している。弱さをさらけだしたその姿に、灯子は胸を打たれた。

「どこへも行かないわ。あなたのしたいようにする」

 茉莉の上に身をかがめ、その髪を撫でながら灯子は囁いた。

羽交い絞めにしてでも病院に連れてく、という展開だと小説にならない。そしてここは伏線でもあり、なんというかなあ、恋人の生い立ちが、ちょっとぶっとびすぎていて、寿を舞台にした物語と両極端と思いました。青葉台の老朽建売住宅は説得力あるのですが、寿とのつりあいがとれないワールドワイドさ。しかもどんどん話が進んでいき、ジェンダーってことばが、今とぜんぜん違う定義の時代もあったのか、と目からウロコにもなりました。人体改造、洗脳と横並びに使われることばとは、今ではちょっと考えづらい。アダルトチルドレンも、最初と途中と今で、ぜんぜん捉えられ方が変わったので、ことばはそれが生きる社會次第だなあ、と。

で、恋人の変貌は行き着くとこまで行って、さいごはコミケの同人誌みたいな話にまで飛びます。寿から始まって、ひとくせもふたくせもある元やくざの老人などとのバトルがある半面で、コミケの同人誌が並列で語られるというのも、えらい話で。

で、タイトルの意味するところは、そのどれにも属さない第三線なのですが、そこがどっか行っちゃう感じなのは残念です。ノンフィクションのほうに昇華されてるのかもしれません。主人公の名前はいい名前だと思いました。誰かまた使えばいい、それくらいいい名前。灯子

(2019/8/16)