『岸辺のヤ~ビ』"Yerby the little creature on the banks" by Kaho Nashiki (Tales of Madguide Water) 読了

 たぶん他の方のブログで拝見した本。で、なければ、岩波から出てる、師岡カリーマ・エルサムニーとの往復書簡を読んで、なんとなく近作を読もうと思ったか、どちらかです。

岸辺のヤービ (福音館創作童話シリーズ)

岸辺のヤービ (福音館創作童話シリーズ)

  • 作者:梨木 香歩
  • 発売日: 2015/09/10
  • メディア: ハードカバー
 

岸辺のヤービ|福音館書店

こういういきものというか、UMAが岸辺にいるわけで、その話です。読んでいるあいだ、「岸辺のアルバム」というドラマの音楽、ジャニス・イアンの、ウィルユーダンスという曲がずっと耳のうしろを流れてました。関川夏央のエッセーに出てきたと思い込んでましたが、角田光代の対談集『酔って言いたい夜もある』に出てきた曲だった。

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ジャニス・イアンは、フカーツの日の主題歌にも使われてるそうで、緊急事態宣言解除後の大型書店で復活の日が平積みされてて、わりと呆れたのが最近の話です。だいじょうぶ、直下型地震が起こっても、AIが核攻撃と誤判定するなんてことはないし、核配備の大半がインフラを傷つけない中性子爆弾なんてことは、中国もフランスもアメリカも考えてませんから、ちゃんと世界は滅びます。

ヤービの主食は虫の子ですが、脱皮した殻なんかも保存食として食べるとのことで、なんでしたか、床下の小人でしたか、山崎努がちっちゃい侍を演じる映画で、蝉の幼虫の抜け殻が好物で、山崎努セミの抜け殻をバリバリ「うまいでござる」とか言って食べる場面を思い出しました。そういう、ファンタジー世界のクリーチャーとか、動物が喋るものがたりの系譜に新たに加わったのがこのヤービシリーズで、ちゃんと人間界の対応者も出ます。気鬱なんだかそうでないのか、ボートの三人男になりたくても独りしかいないので、ひとりで川辺のボートで寝っ転がって本読む教職者。

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図書館検索すると、どこの図書館もシリーズ名「テイルズオブマッドガイドウォーター」を明記してるのですが、アマゾンだと「福音館創作童話シリーズ」で、奥付にはなんも書いてません。続刊でシリーズ名を銘打って、それを各図書館が後付けでこの話の書誌情報にも上書き適用したのかしら、と一瞬思いました。

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したら、背表紙で仕事を発見。装幀 名久井直子 という人のしわざか。

なんだったかなあ、アメリカの童話で、川辺、湿地帯の動物が擬人化されてやいやい戦争とかする話を思い出したのですが、出て来ないです。トンボが、スネークドクターという異名なので、医者として活躍する話だった気がする。

そんなこんなで、日本をイメージしたり、連想する箇所はとりあえずないです。みごとなくらい洋物の仕上がり。佐藤さとるだと、せいたかさんはグラマンに機銃掃射されたりするのですが、そういうことはない。トーベ・ヤンソンを連想するとするなら、ヤービたちは冬眠をする生きものというところ。新たな外来種の天敵としてタガメが棲息しているのですが、どうもタガメは環境適応出来なさそうで、近い将来、もともといなかった状態にもどりそう、という描写から、寒いところなんだろうなと思いました。そんで、タガメを持ち込んだのは、メンダー食べるのが大好きなタイ人社会がその地域に出来て、タイ人向けの食品店が持ち込んで逃げたんじゃないかしらなどと思った。

ヤービは体毛が濃いので、亜人種ではないですが、ホビットだかドワーフだかミムラだかスナフキンだかみたいな人間に似たいきものも出ます。何かほかの動物と共生関係を結ばないと、その種族のみでは生きていけない生きもののようで、さらにいうと、虚言癖がある子が登場したり、その子のシングルマザーはヒステリーだったりします。従来の童話と、21世紀の童話の見事なハイブリッド。

観察者によると、ヤービたちは「神」という存在、自分たちを超越する超自然的存在という概念を設定してないそうで(信仰、宗教がない)、しかし文字は持ってるみたいで、口承文学から叙述へと移行しようとしてる過渡期に見えました。詩人がいたり、歴史を文字にして残そうという人がいたり。

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/s/stantsiya_iriya/20200131/20200131192723.jpgそんで、このお話は、人形劇団ひとみ座という東急田園都市線沿線の人形劇団が公演していて、そのポスターも写真に撮っているので、そっから借りようと思ったのかもしれないです。
こういう話は、いかに設定をこねくりまわして遊ぶかなので、文字があるというのはおもしろかったです。みせてはくれません。巻末に、次巻はこの教職者の学校の話が出来るといいなあ、と書いてあり、で、次巻はもう出てるみたいですので、読んでみます。

あと、こういう話は、いかに食べ物をおいしそうに描くかも大切なポイントで(ものがたりはすべてそうかも)虫の子とかおいしそうに書けるわけがないといいつつ、ヤービたちが火を使って加熱調理していることは分かります。それでまあ、ミルクキャンデーという人間の食べ物が出るのですが、これをめぐる台詞は、うまかったなあと思います。「ごあいさつのしるしですから」(頁18)とか、「ママ、ぼく、とってもいい味よ」(頁53)とか。特に後者は、どっかその辺の発想の豊かな子どものせりふをそのまま使ったようにも思いました。ここはよかったな。

よくなかったところとしては、ボーフラとの会話。ボーフラが呼吸のくだで意思表示するとか、それはないだろうと。羽化する前に駆除してまえとかしか日頃思わないので、あんまり読んでても感情移入しませんでした。まあ、蚊のボーフラではないそうですが。ナミハナアブという虻のボーフラだそうです。

ハナアブ - Wikipedia

あと、ヤービは調理をするということで、ナイフ類や、灯火も持っているのですが、虫眼鏡も出るので、これはどうやって作ったのだろうと思いました。ファンタジー世界を構築するのは楽しい作業ですが、破綻や矛盾がないように仕上げるのはたいへん。

以上