いがらしみきお『花火の音だけ聞きながら』に出てくる本。障害者プロレスの人からの紹介だったか、ちがったか。核開発の本とか、ほかに出て来る難しい本を読むのは時間的に無理かと思いましたが、詩集なら読めるかなと思って讀みました。図書館でぱらぱらめくった時は、狂歌のような五七五七七もあった気がしたのですが、読み返すともう見つからない。何かとごっちゃになったか。
読んだのは、下記童心社版です。1981年4月の26刷。
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I100095949-00
編者は下の人。
毎日新聞の「母と子のうた」という読者投稿欄を受け持っていて、そこに掲載された「幸」と「武器」が大きな反響を呼び、九作詩が掲載され、作者がなくなられた後遺族から送られた遺稿500編から54作を抽出して刊行したとのこと。
なんしか、右下がぼやけてますが、表紙写真。下の人の写真で、中にも写真が組み合わせてあります。
表紙と扉のレイアウトは辻村益朗。B5変型・21cm・96P・NDC 911. 5 (何を意味するか知りません)
下記が現在、新刊で手に入るのかな。収録作の異同は分かりません。
歌にもなっているとか。
Kindleで「光る砂漠」を検索すると、前野ウルド浩太郎の『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書)が出ます。
矢沢宰さんが生まれた中国江蘇省海州は、現在では連雲港(连云港)の一部だそうです。民國初年に廃止されて東海縣になったとウィキペディアに書いてあるので、彼の生まれた1944年とは折り合いがつかない気がしますが、さくっと検索した範囲で、たぶんそうかな~と。
お近くには「徐州、徐州と人馬は進む、徐州居よいか住みよいか」の徐州も見え、所謂淪陥区ですので、維新政府による行政区分がどうなっていたか。私はリェンユィンガン、行ったことないです。
以上