『明けゆく毎日を最後の日と思え 玉村豊男のコラム日記 2019-2020』"omnem crede diem tibi diluxisse supremum; " "Think to yourself that every day is your last; " 読了

図書館でなんとなく手に取った本。この人が主宰して、宝酒造と組んだ酒文化研究所シリーズは面白かったのですが、現在すべて消失しているかに見えるのが色即是空の残念閔子騫。75歳におなりだそうで、私は森村誠一の88歳著書の広告見たばかりですので、本書のあとがきの隠居宣言見ると、まだ早いんじゃないとも思うし、ワイナリーとして、いつまでも自分の名前に頼っちゃいかんと考えてるのかもしれんとも思うし。でも著名人がブランドとして確立されたら、それに周囲のひとみんながぶら下がってサスティナブルな資産にして神話化をはかるのって、別に、あることだと思います。

villadest.shop-pro.jp

上の、著者のワイナリー通販サイトで買うと、一冊注文の場合送料180円かかりますが、著者のサイン本が来るそうです。 発行:天夢人 発売:ヤマケイ ここのホームページとかブログ連載をお手軽にまとめた本かと思ったら、大蔵財務協会発行の週刊(!)会報誌「税のしるべ」に2019年1月7日から2020年12月21日まで連載された96篇から3篇ボツにして、日経新聞共同執筆コラム「明日への話題」から5篇、読売新聞長野版連載「しなの草紙」から1篇、それにあとがきを加えて百篇にしたとか。大蔵財務協会誌の連載は、『水到魚行』という漢文タイトルで、掲載誌の、お堅い、旧制中学の名残いつまでやるの、的ムードによく合ってると思います。それを、ヴィラデストワイナリーで売れる題名に改題。相手のTPOに合わせてそつなく改題するスキのなさ、老練かつ目から鼻に抜ける商業精神。ぜんぜんすごいと思いました。伊達にこの道で数十年メシ食ってないわ(しかもフリーで)と豪語されておられるかんじ。

shirube.zaikyo.or.jp

故事ことわざ - 三省堂

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改題した本書の題名はホラティウス『書簡詩』からとったそうで、原文が知りたかったので、てきとうに英訳して、ホレースとアンド検索して、下記で原書の該当箇所を知りました。

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で、ウィキペディアラテン語"Epistulae (Horatius)"のリンクから下記に飛んで、原文をコピりました。

Epistulae (Horatius)/Liber I - Wikisource

撮影 増島実 デザイン 南剛(中曽根デザイン) 校正 藤田晋也 連載担当 沢登亜希子(大蔵財務協会) 編集 矢島美奈子(天夢人)どの文章も、句読点レベルまで勘定すると、書籍化にあたって、手を入れてない文章はないそうです。

 まずカラー口絵があるのですが、添えられた文章からして食えないというか振るっていて、絵を描いている写真に「朝から原稿を書くのは週に1日か2日。あとは絵ばかり描いている」とキャプションつけているのはご愛嬌として、ぶどうをもぐ写真に「畑仕事は若いスタッフにまかせて、私はたまに収穫を手伝う程度」とあるのは、定年のない農家では八十代で現役がたくさんいるので、東信の住民に向けて頭をかきながら韜晦してる態だと思いますし、あずまやの写真に「ガーデンのパーゴラで太陽が落ちる頃に飲むシャルドネがうまい」は純粋におしょうばい(うまいですね)で、夫婦仲良し写真に「夫婦の仲は悪くはないが、こんなふうにカフェでくつろぐことはめったにない」と照れ隠しの一文。スタッフが小道具まで用意して撮った写真であると弁明しつつ、でも松柏鴛鴦を否定してるんじゃないよと言外にニュアンスを漂わせる。

頁2

 私はエッセイストを名乗っているが、もともとは短いコラムを書くことから物書きのキャリアをスタートさせた。だから字数や行数があらかじめ決められた小さな枠の中に起承転結を収めるコラムという形式が、好きでもあり、得意でもある。

 コラムcolumnという英語は「円柱」という意味で、新聞などの小さな囲み記事に割り当てられたスペースを柱に見たててそう呼んだのが語源である。エッセイ(試論・随想)は内容を、コラムは形式をあらわす言葉だが、コラムと名乗るからには短いだけでなく、ときには時事的な批評を含めた「寸鉄人を刺す」……ような、鋭い切り口が求められる。 

 さすがとしか言いようがないのですが、『パリ 旅の雑学ノート』から始まった人生をいまだに研鑽してて、そらおそろしいです。頁28「学生気分」(2019/2/25)で、ジャポニズム2018の関連企画でパリで講演した時のはなしを書いてるのですが、泊まるホテルが、パリに二年間留学したとプロフに書いてるがそれは詐称に近く、実は一年半の遊学で、帰国後大阪万博で無資格で通訳の仕事にありついて、以後生涯フリーだ、と、述懐してる時代からずっと同じホテルに泊まっていると書いていて、潰れずずっと存在してるホテルのほうもすごいと思いました。上海の浦江飯店も北京の僑園飯店(侨园饭店)もまだあるていになってますが、後者は、二十年以上前、ガイジン向けのランドリー(チェンマネもする)やハシシュを扱うアフガニスタン人、シンガポールふうの味付けで異彩を放つフォーリナー向け中華レストランが狂ったように短期間花開いた後、お取り潰しに遭い、一度廃墟と化して、断絶があった気がします(模造記憶でなければ)

話を戻すと、『香港 旅の雑学ノート』の山口文憲も、『ソウルの練習問題』の関川夏央も、『タイの日常茶飯』の前川健一も、まず信州かどこかでワイナリーを始めるところからやれば、こうやれるのかもしれませんが、やれないかもしれませんので、文筆で異彩を放ち続けてほしいなと。

頁17、「3杯目のワイン」(2019/1/21)で、1日の理想のアルコール摂取量を25g、1週間で150gとしているが、実際はその倍近く飲んでいるとあります。25gはワインをグラス二杯くらいだそうで、ついつい三杯目を注いでしまうということだそうです。そこで話が終わらず、「酒飲みの計算」(2019/1/28)ではグラスに100mℓの一杯で、ワインのアルコール度数をだいたい12.5%とあり、日本酒だと16%なので、居酒屋の正一合がだいたいそんなもんだろうと書き、そこで話が閉じず、最近のワインはどんどんアルコール度数が高くなってきて、酒量計算が成り立たなくなっている。地球温暖化の影響だ。夏の気温が上がり、世界的に葡萄の糖度が高くなったので、酵母が糖をアルコールと炭酸ガスに分解するアルコール発酵で生成されるアルコールの量も増えてしまう、と話がデカくなります。で、アルコール度数が高くなると、ワインの微妙な味わいがなくなるそうで、フランスはじめとする伝統的ワイン生産国では、アルコールを生成しにくい酵母を開発したりして、なんとかむかしの味わいを保とうと研究を始めたんだとか。二回に分けてですが、ここまで話を自然に広げて書けるんだなと脱帽しました。

で、その後、パリに飛んだりするまだまだ全然盛んな業務風景を描き、その後、C型肝炎にかかっていたことを明かします。頁32。4年前に完治したとか。画期的な飲み薬が開発されたんだとか。30年つきあってきたやまいのウイルスが、投薬後二ヶ月でゼロになったので驚いたとしています。その時点で90%の治癒率が、其の後さらに上がってるんだとか。ただ、あとがきでは、「基礎疾患のある後期高齢者」と書いておられるので、ほかにも持病があるんだと推察しました。

その後フキノトウのはなし(春の訪れ)をはさんで、運転免許を持っていないという、私にとって衝撃の告白をされておられます。頁35。2019/4/8。東信に移住してからも車なしで移動してたというのですが、ニワカには信じられませんでした。あっちこっち自由に動く人が、アシなしで、広い長野県東部のうねうねした地形でどうやって生きてきたのか。この話も、意外な展開となり、クルマ社会でかつての小さな商店が姿を消した話から、

頁36

10年以上も空き家になっていた昔の酒屋を復活させるプロジェクトに取り組み、クラウドファンディングで資金を調達してなんとか開店に漕ぎ着けたところまではよかったが、その後の経営は難しく苦戦が続いている。小規模な店では、大きなスーパーとは仕入れ価格からして勝負にならず、いくら愛郷心に訴えても村びとは安いスーパーにクルマで買いに行くほうを選ぶからだ。

 という話になります。タブレットパワポで人をたぶらかす一過性のイベント屋(逃げる)と異なり、地域に根を張っているからこそ、苦い後日談(経過報告)まで出来るんだなあと。良心的と思いました。

 そこから、夢の話、改元騒ぎ、里山の初夏、オリンピック(コロナ前の感慨ってこんな感じだったと懐かしく読みました)加藤周一さんのエピソードと続きます。でも夕陽妄語とは軽井沢で一度あったきりで、しかもその時、夕陽妄語はヨッパラっていたから、緻密な会話は何もなかったとか。えてしてそんなものなのでしょうか。頁49。

カエルの大合唱(の話なのに、寝る前にベッドの中でスマホをいじるとカエルの夢を見るという話になる)シバ犬(咬まれたので動物病院に行くと、嚙むのはほぼ柴犬なので獣医に見破られる話)しばらく犬の話、そして「男」は「男」と呼び捨てに書くのにためらいはないが、「女」と呼び捨てに書くのはためらわれる世相、というエッセイストならではの文章。これは日経新聞のコラム。でも私がン十年前、大学入学時に、クラスで新歓コンパしようとした男が、九州男児でもないのに「おーい、女ー、ちゅーもーく」と言って総スカンくらった件もあるので、いちがいに最近の風潮ともいえまいと。「女を女と云って何が悪いんじゃ」「おーい、おんなー、はないだろう」「そうか?」ぶつぶつ、ぶつぶつ…

墓参りから高校時代美術部だった回想(2019/7/15)、「デジタル時代」と題して、パソコン執筆は20年前からと書き出し、スマホのスケジューラー、カレンダーをどこまでスクロール出来るか試したらえんえんいくので、2070年で止めた話(2019/7/22)パスポートの期限切れが近づいて、高齢者が次10年とっていいのか逡巡して、窓口の人に免許じゃないからどんどことりなはれと言われる話(2019/7/29)私のパスポートは、もう二十年近く失効したままです。前世紀末に中国に行って、そのままもうどこにも行ってません。

クルーズ船に乗って、むかしアンカレッジ空港にあった立ち食いソバを思い出す話(2019/8/5)お天気の話。夏の雹、台風、ブドウに与える影響。財布を落とさないよう、首からかけることにした話。スマホはすでに首からかけていたそう。2019/9/16。雑記のあと、またパリへ。そして千曲川。ワインバレー。

木枯らし。断捨離。家の改造。「クリスマス」(2019/12/23)というエッセーで、10年ほど前から年賀状を出すのをやめた、と書き出してるので、クリスマスカードを出してるのかなと思ったら、「年末の挨拶状」で、出してないのに年賀状が来たら、寒中見舞いを書いてるとか。すごい変化球のエッセーでした。メリクリと書くとキリスト教徒以外への配慮ガーなので、クリスマスカードではないとつながってゆく。

そこから年末年始、クマの出没をはさみながら、「よろしくお願いします」という便利な日本語かつ翻訳ガーの話。

頁106「よろしくお願いします」(2020/1/20)

 自分が「よろしくお願いします」と言うと、相手も「こちらこそよろしくお願いします」と言って、たがいに責任を押し付け合う。

「よろしくお願いします」は、「適当にごまかしてください」とか、「忖度してください」という意味にもなる……。 

 暫く雑談。二月二十四日付で「新型ウイルス」またしばらく雑談。でも話がクルーズ船だったり(3/2)、ワイドショーだったり(3/16)、気になってることは気になっているみたい。松くい虫の話(4/6)や野良仕事(4/20)「ふだん通りの生活」というそのものズバリのタイトルも(3/23)テレワークから「居織」という古語を想起し(4/13)四月二十七日付でソーシャルディスタンスを論じる。家飲み(5/11)

そこから時事、さまざまな出来事を書きつらね、頁149「画像診断」(7/27)で、「肝炎が薬で治った後に肝臓ガンが発生したことはすでに書いたが」とあり、それで基礎疾患の後期高齢者なのか、と納得しつつ、どこでガンについて書かれたいたか読み返すも、発見出来ず。

その後、コロナカになってから、あるようでなかった歳時記的エッセイが、夏の暑いさかりに続きます。私は去年、人の往来がほとんどなかったこともあり、夏の暑さの記憶がありません。暑かったのだろうか。

そこからまた雑談。

頁1641「100年生きる」(2020/9/28)

  ブドウの当たり年に生まれた人間は出来が悪い、という諺がフランスにはあるという。

 この頃、この短いコラムを書く習慣を持続すれば、後、二、三年で自伝くらいの分量になるし、生活のリズムも出来てるし、と書いてます。「回想録」(2020/10/19)本書あとがきで隠居宣言してますが、コラムが続いてるなら、この時の気持ちのままですし、終わってほかで書いてないなら、心境の変化があったんだなと。この後欧州で第二波。

11月30日のエッセーでは、政府批判したくなると、小学校の卒業文集に「尊敬する人:岸信介」と書いたことを思い出すとあります。「そつがない秀才」にあこがれる「おっちょこちょい」で、そつがないの反対語は「詰めが甘い」なんだとか。

この後もエッセイは続けたい、縮小はすれども再生産はせじ、という感じで、継続への気概を示されつつ、隠居宣言も出すという、ほんと食えないry で、連載は終わったようなのですが、ひっそり、小さくどこかで何かを書き続けられているんだろうなと思います。読めて幸甚でした。以上

【後報】

頁174、「マスク」(2020/11/16)で、若い頃モロッコを旅行中、列車でアラブ人女性と向かい合い、彼女が食事のさい、ニカブというのか、口元を覆う布をつけながらサンドウィッチを口に放り込んでマスク会食する場面にでっくわしたとあります。なるほどなあ。

https://www.swissinfo.ch/resource/blob/42490178/3a6327141cc4cd0d29387ff320428815/burka-jpn-data.png

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(同日)