『故郷の味は海をこえて 「難民」として日本に生きる』"The taste of my hometown goes beyond the sea -Living in Japan as a "refugee""(ポプラ社ノンフィクション37 ~平和~)"Popular publishing nonfiction37 -peace" 読了

 装丁 生駒浩平(Sai company) 編集 原田哲郎 ウェブサイト「論座」連載に加筆修正再編集。情報はすべて2019年10月時点。売り上げの一部は認定NPO法人 難民支援協会(JAR)の活動のため使われるとの由。図書館で借りました。

 本書の料理はダブリューダブリューダブリュードットフレーバーズハイフンウィズアウトハイフンボーダードットジェーピーでレシピが公開されてるそうです。巻末に参考文献としてポプラ社の本と、ウンカーのウェブサイト。この感想の英題はいつものとおりグーグル翻訳。

安田菜津紀 - Wikipedia

ダイアローグフォーピープルという団体に属しているとか。結婚後もごじぶんの安田姓を名乗っていることは分かりました。16歳で海外に出た時のパスポートの話は、どこかで読めればいいようにも思います。どういうパスポートだったんだろう。無国籍ではないと思いますが。

私はサンジャポサンデーモーニングの区別がつかないくらいですので(旅サラダと小さな旅は区別がつきます。前者が神田正輝で後者がエヌエッチケー)著者をテレビで見たことあるかというと記憶になくて、そういう意味ではかなり心外革命なのですが、陸前高田とどっち読むか迷ってこっち読みました。私は相當3.11関係は何も読んでません。3.11の前の年の夏に、ベガルタ仙台の仙台泉中央から電車で相馬経由で南下した時に見たものや、人達がどうなったか、いまだに直視せず。だいたい相馬以降の記憶すら消えてる。

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本書を読むと、安田峰俊のルポに出て来る脱走研修生たちが、江湖に野放しなのは、全員入管施設にブチ込むと、いくらベッドがあっても足りないので「仮放免」してると分かります。で、マイルドヤソキーは野放しにしてよくて、本書コラムに出て来る仮名のトルコクルド人のように期限を切らずに収容され続ける人がいる違いは、なんだかよく分かりません。このトルコクルド人の人の話は、ほかでも読んだ気がします。けっこうあちこちで取り上げられた話ではなかったかと。政治かなあ、と思う時もありますが、このトルコクルド人と、プラ・アキラ・アマロー師が1984年に発表したやはり無期限収容の話『72時間の母国』との共通点は、「日本人(たぶん)の配偶者がいる」で、婚姻ヴィザ狙えるのになんで難民申請なんや? どんなウラがあるんや? という官の疑心暗鬼が長期戦に繋がったのかしらとも思いました。じゃあスリランカ女性は以下略。

本書には、日本に帰化した人が、日の丸のパスポートを、幾らで買ったのかと入管職員から揶揄される場面もあり、その人の帰化は1990年なので、パスポートの写真を貼り換える偽造がまだ出来た時代で、そっちを疑われたのかなあとも思います。その人は、本書では母国名ですので、その名前で帰化したと考えれば、偽造なわけなかろうがと思いますが、日本名を作って帰化していたとすれば、人を疑うのがしょうばいの入管職員もいますので、推して知るべしなのかも。確か福岡安則さんの本で読んだのですが(田中宏さんだったかもしれない)、確かベトナム難民が、それまで在日コリアンが当然のように日本名で帰化していた慣習に異議を唱え、日本国籍をとっても自分はベトナム人で変わらない、なぜ日本名を名乗る必要があるのか、と裁判で訴えて勝訴した例の前後にこの人も帰化してますので、どっちなんだかなあという。残留孤児の家族は在日コリアンの前例にのっとって、当然のように日本名をつけてもらってたので、ベトナム難民が事実上の黒船だったのですが、本書には日本名で帰化した例が載っていて、それがまたロヒンギャという、母語の名前だと迫害等やばかったのかしらという事情がありそうなので、なんで歴史の針を逆行させて日本名名乗んねん、と強く言えそうにないです。ラモス瑠偉が羅川瑠偉で、三都主アデミールが三井敦夫、呂比須ワグナーが新井勝男だったら。

コラムを除くと、七人の人が出てきて、飲食業を営んでいるのは四人かな。あとは、そうでない仕事がふたり、まだ難民認定がおりてない、宙ぶらりんの仮名のひとがひとり。

最初のシリアの人は、その前の「はじめに」からつながっていて、何故シリアのようにしっかりとした国が、ジャスミン革命の余波ごときで、国民の半分が難民になるまでズタズタになってしまうのか、という疑問が、解き明かされないまま、人はいつ難民になるか分からない、国家は盤石のようにみえてもろい、という身体感覚だけがつきつけられます。たぶんこの辺、はすみ略等からすると、中東から欧米他への大規模海外植民に見えるんだろうなと。アサドを支援したロシアと、ジャスミン市民を応援した西側、おそらくISに流れ込んだであろうアラブマネー回教原理主義マネー、のみつどもえが生んだケミストリー、というふうに無理に咀嚼してるのが私ですが、それにしたって。

諸橋カリーマエルサムニー(ではなく師岡)のエジプトエッセーを読むと、エジプトにシリア難民が来たおかげで、おいしいシリア風焼き肉があっちこっちでお手軽に味わえるようになり、勤勉なシリア人の影響でエジプトにも新鮮な風が吹きこんできて、良かったみたく書いてあって、どうも日本人はじめついてイカンゴレン、と思ったり、まあこのシリア人男性にしてみればそうもいってられんわな、でもねえ、と思ったり。両親が広西から北越に流れて、その後ラオスで育った華人女性ソムシー・セロ(泰名)の難民認定裁判に来た香港在住の母親がミンクのコートを着ていた件とは無関係に、本書のシリア難民男性もシリアのクルド人として裕福な方で、しかし武士の商法なのか、なかなかうまくいってないとか。難民が飲食業始める時点で、開業資金はだいたい頼母子講だと思うのですが、ほんとにかなり勝負だろうなと。

著者が、内戦前のシリアは、バックパッカーの聖地だったみたく言ってましたが、ヨルダンやトルコをさしおいて聖地だったのかなあ。そこはよく分からないです。物価は安くない気がする。でも私も行ってみたかった。それはほんとです。高野秀行イスラム飲酒紀行では、マロン派キリスト教徒がワイン作ってたはず。

その次のミャンマーは、実は三月の反軍運動の盛り上がりの中で、どこの新聞社でしたか、三大紙か五大紙のどこかの契約カメラマンが店に来て、店主に基礎知識を訊ねて、話してもらっていた内容といっしょでした。本書に書いてあるのなら、安田女史の本読んで予習してから来てや、そのほうが時間ムダにならへんやろ、とアポの段階で言ってもよかった気瓦斯。たまたま横で飯食ってたのですが、実は本書読んでも店名がピンと来ません。違う名前で覚えてしまい、ビルマ人がミャンマーを店名にするかなあ、みたいなレベルで思考停止してます。私は、マ・パンケッの人の本を読んで、天安門の前年に、天安門を上回る死傷者が出てるのに、なぜ自分は天安門ばかりに拘泥したんだろう、と恥ずかしく思っています。少数民族ゲリラとのあいだで内戦状態が続く国だからよく分からない、で判断をやめて、そのまま。

次がロヒンギャの人で、舘林はロヒンギャが多い、のくだりで、そも群馬県は研修生が多いのではないかと思いました。西小泉にブラジルタウンがあって、ベトナム人もいっぱいいて。移民焼き畑国家の縮図。そういえば、羽生のあたりに済州島のひとばかりのコンクリブロック工場があったと、韓国からのニューカマーにバブル時代聞いた記憶もあります。子どもの給食でムスリムが食べられないメニューが赤字で書いてあって、ポークシチューや肉じゃがはそりゃだめだけど、「西湖豆腐」ってなんだ、と思いました。どうも、私がむかし早稲田の中華料理屋でよく食べた、スーホー豆腐(四宝豆腐)がそうなってる感じです。

https://www.city.itabashi.tokyo.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/011/986/attach_77447_3.pdf

本書に出て来る難民たちは、日本人は忙しすぎると口を揃えて言っていて、それはロヒンギャの回で料理がモヒンガーだった点にも言えると思いました。ロヒンギャ難民自身が、これはムスリムの味ではなくヤンゴンの味で、しかも家庭の味ではなく屋台の味と言っていて、じゃーなんでモヒンガー選んだんだよう、と。私も最初から料理のチョイスで目がテンでした。しめきりの関係で強行したのかもしれませんが、別の料理で撮り直せばよかったのに。日本人は時間に追われ過ぎる。相手がモヒンガーチョイスしたのは、自分たちもミャンマー人で、ミャンマー国民食はモヒンガー、みたいな思いがあったのかもしれません。ことほどかように、お互い忖度しての思い込みが発生するので、一回の取材でマッチングが成功するとも限らないと思います。何を選んだらよいのか、何度でもリテイク出来たら、へー、ロヒンギャの定番料理って、こういうのなんだ、と、読者をあっと言わせてたかも。

その次はネパール人。名古屋のひとです。私は、ネパールってそんなに羊食べる印象がないかったのですが、このネパール人が、母のマトンカレーがいちばんと言っているので、じゃあ今度ネパール料理屋でマトンカレー食べてみようと思いました。この人は王政支持者で、マオイストから迫害を受けて身の危険を感じて出国。"VOTE FOR SUN"とか"VOTE FOR FREEDOM"とかよく壁に書いてあるの見かけましたが、ジャスミン革命と逆ですね。革命が成功すると、王党派は難民というか、亡命者になる。イランと同じ構図。

次はバングラディシュの人で、それはいいのですが、料理がビリヤニで、これまた忖度だろうかと思いました。私はビリヤニの本家は、西だと思ってるので。日本人はビリヤニ好きだから、ビリヤニ出しとけば無難だろう、みたいな。

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私のビリヤニTシャツを鑑に寫したもの。ウルドゥーが一番上で、次がヒンディーでその次が英語。そういう順序かと思ってました。本書に登場する人は新聞記者です。難民というより亡命者。英語にするといっしょですが、日本語だとなんとなくちがう。

バングラディシュレストランにも一度行きたかったのですが、第一次緊急事態宣言の頃はまだ誰も来ない店を開けてましたが、その後、でかいデスクトップを置いて副業してる人しか目につかず、コックらの姿を見かけることはなく、しかし持続支援金などはもらうようで、休業支援金でなく時短の協力金ですので、店はある程度開けなければならないはずですが、いつ見ても「休業中」の札がかかっていて、ある日よく見ると、札はクギで打ち付けられてました。たぶん店主は税務署にひじ打ちされたら、その看板私じゃない、漢字読めないです、私みせオープン、八時まで。オープン、してる、くらい言いそう。

その次はカメルーンのひとで、最近NHKでも放映された、カメルーンは仏語圏と思われてるが、いちぶ英語圏で、内戦してる、の英語圏側の人。ウガリでなく、フフ。

フフ - Wikipedia

最後は、町田のカンボジア料理のひと。この人が、カンボジアの子どもの教科書作りにかなりたずさわっている人とは、知りませんでした。日本の童話をよく訳して載せてるんだとか。東京学芸大卒で、つくばに移転する前かよ、と思いましたが、つくばに移転したのは東京教育大で、東京学芸大は変わらず東京にありました。小平。

この人は、保育園の先生が娘さんに、親が母語で話しかけても返事するな、と滅茶苦茶な命令をした、とばっちりを受けてます。そうすれば親は日本語で話しかけるようになり、親子ともども日本語の習得が進むだろうという目論見だったとか。余計なお世話過ぎる。

[B! 教育] 児童に勝手な朝鮮名 東大阪市立小の民族学級、保護者の明確な同意得ず(産経新聞) - Yahoo!ニュース

世の中いろんなことがある。私の名前もそうですが、日本人の名前はハングル読みしただけではコリアンぽくならないので、コリアンぽい響きが欲しい場合、別の朝鮮名を作る必要があります。日本は司馬でも諸葛でも皇甫でもない複字姓が多いし、女性名に使う字と男性名に使う字が日韓で違うし。私の名前も、ハングルでスヨンと呼ばれると、チマチョゴリで足蹴り遊びをしてる薄幸の少女のような。

料理の組み合わせで、あれっ、と思わなければ、もっとすんなり入れた気がします。それも著者の演出のうちなのか。わざと心に違和感を感じさせ、自分でいろいろ考えさせる。以上

【後報】

考えれば、配偶者ビザも無国籍なんかだとふつうに取るのムズいかな。難民認定に走る人がいるのも分かる気瓦斯。本書の難民たちは、もう日本が難民認定難易度ウルトラハードであることが分かっているので、日本が好い国とかいくない国とか関係なしに、難民ゲットしに行く国として日本ありえないっしょ、的なことは事前に分かっているのですが、背に腹は替えられないというか、尻に火がついた状態でブローカーに足元見られたり、あるいはだまされて、イギリスに行くんだよと言われて着いたら成田だったとか、そんなこんなで豐葦原の瑞穂の邦に足を踏み入れるわけです。登場人物たちの多くは、ブローカーと入管の板挟みになるわけですね。ブローカーとしては、販路拡大の一環で、ときどきは忘れないように日本にもそれなりに送り込んでおいて、「させるものか、シャアめ」と入管のひとが叫んで、ペッパー警部宜しく二人を引き裂く声がしたのよああry「また日本組はイモ引きましたな」「ああ、イモだな」みたく12人のブローカーが賢人会議でニヤニヤ談義してるような感じなのではないかと。

ソッコー強制送還の入管法改正は見送りになりましたので、来た国に送りかえすのでなく、趙リッケンバッカーさんのところに送って、日本の非道ぶりを弾劾糾弾する材料に使ってもらうとか、そういう解決法はどうでしょうか。逆偽装難民の計でござる。こういうことをこの時私が書いていたのが後年バレて、五輪演出のオファーから引き摺り降ろされる事態は今のところ起こりそうにありません。まずその前提となる就任依頼が来ない。今のところ、思想的背景のない、ノープランノーアイデアなマイルドヤソキー不法就労なら野放ししてもらえるので、難民認定うんぬんよりそっちなのかなあ、でもそれで医療費国保に入れたり出来るのかなあ。等々。

(2021/7/24)