『逃亡の書 西へ東へ道つなぎ』"The Book of Escape. Connecting The Road to West, or to East."「第一章 季節風のたより 済州島のイエメン人たち」Chapter 1. "News of the Seasonal Winds. Yemenis on Jeju Island." by MAEKAWA SANEYUKI 前川仁之 読了

これもビッグコミックオリジナル連載まんが『前科者』読書会で出て来た本。

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

装丁 福岡奈央子 挿絵・地図 著者 序章とあとがきあり。カバ折りの著者写真はヤナガワゴーッ!!という人の撮影。下記の下の方にあります。

www.shogakukan.co.jp

正直、この威嚇するような顔写真だと、逆に神経質な人なのではと先入観を持たれそうなので、沖縄っぽいといえば沖縄っぽい陰影はあれど、それでもやっぱり、現代ビジネスや文春オンライン、週プレなんかで使ってる顔写真のほうが柔らかくて親しみがあると思いました。

前川 仁之 saneyuki maekawa | 現代ビジネス

bunshun.jp

前川仁之 | 人物一覧 | 集英社オンライン | 毎日が、あたらしい

韓国のイエメン難民を取材した一章、三章と、パブロ(パウ)・カザルスとヴァルター・ベンヤミンの足跡を辿ったカタルーニャ自転車旅行記の第二章(未発表とのこと)コロナカと牛久の間奏曲、そして日本が例外的に諸手をあげて受け入れたウクライナ難民の第四章。なのですが、初出が全然書いてなくて、そこはよくないです。二章が未発表で、刊行の六年前ということは分かったのですが(スマホを持たないで旅したとあったので、もっと前かとカンチガイしそうになる)ほかはどこで発表したルポなのか。小学館の本なので、そうなるとサピオしかないわけですが、週ポスの方に書きそうな核廃絶論者ぶりだったりして、SAPIOありえないと思うばかりで、さっぱり分かりませんでした。コロコロコミック、否、女性セブンに書いたのかもしれない。ビッグコミックオリジナルのコラム欄は廃止済。

東大中退ということは学部生だったので、とても頭がいいことは読んでて分かります。語学力も、その基本の暗記力がハンパない。東大院は他大学からの進学があるのでいろいろだが、東大学部卒はやっぱり回転がちがうと、早稲田から東大院に進んだ人が言ってました。でもそれだけだと硬直する(前川サン流に言うと、「まなざしが制度化する」)ので、他大卒も入れてるんだろうな。

本書のルポではないかもしれませんが、韓国のイエメン難民についての著者の切り抜き記事をヤフーで見たことがあり、そのコメント上位は韓国叩きでなく、予想外の呉越同舟で、難民はルールを守れ、郷に入っては郷に従え、でした。紋切り型。

韓国のイエメン難民についての記事は非常に簡潔で分かりやすくまとめられており、同じノリで作者の故郷であるさいたまのワラビスタンについてまとめてほしいと、強く思いました。韓国の場合支援派反対派それぞれ明快に可視化されているのに、なんで日本はこんなステルスなのか。「日本で難民申請することは、治らない病気にかかるのと同じことだ」という名言をどこかで読みましたが、そういうメンタルにしのびよる、処方箋薬漬けクルド人の話を聞くことはけして難しいことでなく(リーガルには働けないから不法就労さぼってODざんまいしててもそれを咎める人がどれだけいるか)そしてそれは邦人で行政の支援を受けてる人のある種のパターンと同じなので、まさか同じ状況に落とし込むのが得意な支援者がいるわけではないでしょうが、その辺すっごく事情を聞きたいです。どう思ってるかも含めて。

頁024、クルアーン第百九章最終節が出て、「君たちには君たちの宗教があり、私には私の宗教がある」と訳されます。

Al-Kafirun - Wikipedia

لَكُمْ دِينُكُمْ وَلِىَ دِينِ

"To you be your religion, and to me my religion (Islamic Monotheism)."

前にガンビア人が神戸で賽銭箱を壊した時に、日本ムスリム協会が出した声明の箇所とはまた別みたいです。

www.muslim.or.jp

「あなたがたは、かれらがアッラーを差し置いて祈っているものを謗ってはならない」(6:108)

この箇所がウィキペディアでは見つけられず、しかしコーランに書いてあるのは確実なので、下記で見つけました。

https://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A2002.02.0006%3Asura%3D6%3Averse%3D108

وَلاَ تَسُبُّواْ الَّذِينَ يَدْعُونَ مِن دُونِ اللّهِ فَيَسُبُّواْ اللّهَ عَدْوًا بِغَيْرِ عِلْمٍ كَذَلِكَ زَيَّنَّا لِكُلِّ أُمَّةٍ عَمَلَهُمْ ثُمَّ إِلَى رَبِّهِم مَّرْجِعُهُمْ فَيُنَبِّئُهُم بِمَا كَانُواْ يَعْمَلُونَ

前にも貼ったことはあるので、すぐ出るかと思ったら大変だった。

https://stantsiya-iriya.hatenablog.com/entry/2023/05/30/124407

著者は韓国自転車一周旅行するなど、ハングルもそれなりにイケるので(もう一冊の著書は韓国の反日についての題名)頁15に「ハンラ山」と書いてあるのを、正しいんだろうな、私の記憶の「ハルラ山」はまたしても模造記憶か、とほほ、と思っていましたが、検索すると私が正しかったです。やった、東大に勝った!(ひどい学歴昆布)

en.wikipedia.org

한라산 の発音: 한라산 の 韓国語 の発音

あとがきで編集者柏原航輔サンに謝辞があるのですが、ハルラ山に関しては、前川サンを信用して見落としたのだと思います。また、最初の取材旅行は朴承珉(パク・スンミン)サンというベ(ペ)テランジャーナリストゥが通訳として同行してるのですが、ハンラ山と読むイルボンサラミドマニイッソヨくらいのてきとうさでスルーしたのかもしれません。ちゃんと指摘せず、褒め殺す。

朴承珉〈コラムニストプロフィール〉 | 概要 | AERA dot. (アエラドット)

なんでチェジュドにイエメン難民がいっぱいいるかというと、チェジュドが観光振興でノービザ入境おkだから。マレーシアあたりまで来たイエメン人が、ここにいてもじり貧だしなあ、次あるかなあ、あるとしたら、どこやさ、で済州島に。で、チェジュドをあしがかりにイエメン人が韓国都市部に浸透しようとする動きを韓国政府が察知して、イエメン人を島から外に出さないようにしたので、狭い島にイエメン人が溢れたそうです。韓国の難民政策は日本とは比べものにならないくらいスマートだそうで、要するにサーフィスをかなぐり捨てて強行策に出るのも迅速。

頁38、著者はチェジュドのイエメン難民(イエメンでなく、ヤマン*1と言うとイエメン人に通じるそう)反対派に、ムスリムへの彼らの先入観、偏見が、日本社会における在日コリアンへのそれと二重写しに見えると指摘するのですが、即座に否定され、さらには、「在日僑胞の場合は、むしろ日本で仕事を手伝ったりと、社会のためにはなっても、問題を起こすことはなかったんじゃないでしょうか」と、『火山島』みたいな話をしようとした前川サンの出鼻をくじきます。しかし反対派のスポークスマンはイエメン人と接触したことはないと自分で言い切り、イエメン人のことばはイエメン語だと思っています(イエメンはアラビア語)頁46。

韓国は日本と違って、中東出稼ぎの文化があったのにこれかという。そういえば、中東出稼ぎ帰りの韓国人がイエメン人を支援する場面はありません。支援者の主体は、キリスト者と、もともと外国人労働者が多い島なので、難民のほうが逃げずによく働いてくれるのではと期待する個人零細事業者たち。反対派の主張「韓国人の仕事が奪われる」はまったくナンセンスと一笑にふします。フィリピン人が言うのなら分かるが、韓国人の誰が3K労働である島の漁業農業に就職してくれてるんだよという。頁51。

キリスト者たちが難民支援するのは、ローマ法王が「善きサマリア人」の例を以て、助けよと言ったその精神の具現化。教皇の意志を尊重しているのですから、ちゃんとしたクリスチャンです。ローマン・カソリック。カルトじゃない。そのメソッドは四段階に分かれていて、①微笑みを持って「歓迎」②善きサマリア人のように傷ついた人を「保護」③「増進」背中を推して、彼らの自己実現を助け、最後に④「統合」ユナイト。避難先社会に溶け込んで暮らしてゆけるようにする。日本の移民反対派の「郷に入っては郷に従わない連中に反対している。理念としての難民にまでNOと言っているわけではない」とも矛盾しない。(ウラにはどうせ感情論と偏見があるんデショ、と言いたいかどうかは不問)

頁70。このように時々原語が出ます。ハングルも出るし、ウクライナ語もしくはロシア語も出る。

イエメンについて、エリュトゥラー海航海記も出ますし、詩作をやめたアルチュール・ランボーが死ぬまでのあいだ拠点としていたアデンもイエメンデスヨという説明はあります。蔵前仁一サンもイエメンに行っていて、旅行人に記事を書いていたのですが、それは出ません。出て来る難民はなべて「フーシ」と呼ばれるシーア派の残虐を並べ立てるので、スンニー派なのでしょう。イエメン内戦はイランとガルフ諸国だかアラブだかの代理戦争と訊いたことがありますが、今ここでウィキペディアの項目を検索はしません。検索しなくても、スンナ派なら同じアラブ諸国に逃げればいいじゃない、という冷徹な意見が出て来ることは火を見るより明らかだから。ISに襲われたシリアとどっちが悲惨なの?"Which is more tragic?"どっちもです。"Both" しかしイエメンがシリアほど注目されないのはやはり「ガルフの産油国に逃げればいいじゃない」だからなんだろうなあ。

「サデーキイ」ということばが出ます。私のともだち、という意味だとか。頁77。著者は逃亡する人でなく、助ける人というのが私の認識です。ここで済州島に居ついてたら、人生変わったのにな、たぶんいいほうに。

長くなるので一旦ここで感想を切ります。

هروب 도망

表紙(部分)アラビア語とハングル。意味はどちらも「逃亡」 とくにハングルは、トマンとある時点でもうピンとry

以上