町田市立国際版画美術館企画展「彫刻刀が刻む戦後日本 2つの民衆版画運動 Post-War Japan as Inscribed by the Printmaker's Knife -Two Movements in Popular Woodcut 工場で、田んぼで、教室で みんな、かつては版画家だった In Factories, Rice Fields, and Classrooms; We All Were Print Artists Once!」

町田市立国際版画美術館 彫刻刀が刻む戦後日本 2つの民衆版画運動 Post-War Japan as Inscribed by the Printmaker's Knife -Two Movements in Popular Woodcut 工場で、田んぼで、教室で みんな、かつては版画家だった In Factories, Rice Fields, and Classrooms; We All Were Print Artists Once! 2022 4/23[土]から7/3[日]まで 町田市立国際版画美術館 Machida City Museum of Graphic Arts

ついでに行ってみた美術館。面白かったんですが、分からないところもあり。

町田市立国際版画美術館 彫刻刀が刻む戦後日本 2つの民衆版画運動 Post-War Japan as Inscribed by the Printmaker's Knife -Two Movements in Popular Woodcut 工場で、田んぼで、教室で みんな、かつては版画家だった In Factories, Rice Fields, and Classrooms; We All Were Print Artists Once! 2022 4/23[土]から7/3[日]まで 町田市立国際版画美術館 Machida City Museum of Graphic Arts

3-2-11鈴木賢二「くすりかけ」」1950年代後半~1960年代前半、木版、915x910という作品が、具体的に何をしてるのか説明があったらなあと思ってます。おばはんたちが、薬研で何かゴリゴリやってる感じなのですが、それだと「くすりかけ」じゃない気がするので。富山とかあの辺の薬どころの風景。カタログも見ましたが、説明なし。

町田市立国際版画美術館企画展 彫刻刀で刻む戦後日本~2つの民衆版画運動~ 開催記念特別メニュー プリンアラモード 戦後、誰もが憧れた日本発祥のスイーツです 是非ご賞味ください♪ SWEETS スイーツ 5章 ライフワークと表現の追求は、写真撮影OK Pictures are allowed in this chapter. 撮影可PICTURE ALLOWED フラッシュ禁止 FLASH PROHIBITED 次の行為はご遠慮ください ➢フラッシュ、三脚、自撮り棒等を用いての撮影 ➢作品汚損の恐れがある接写等の行為 ➢鑑賞を妨げる行為(連写や特殊なシャッター音等) ➢他の来館者が写りこむ撮影 ➢商業利用を目的とする撮影 (※画像の不正利用は法律で禁止されています)

プリンアラモードでなく、パフェを食べました。ふたつの民衆版画運動とあるのは、①戦後まず、国共内戦前夜からまっさかりにかけての中国から、木版画がいろいろ到来して紹介され、インパクトを与え、その影響のもとでの、民衆を描いた木版画がはじまったことと、②全国の学校で、教育木版画とでもいうか、学年単位で?合作して記念作品の大作を作る活動が広まっていったこと、の二点のようでした。

①に関しては、戦前のプロレタリア芸術と切り離されたところにオリジンがあったという視点がまず意外で、しかもPRC成立前なのに、戦前からの「日華」でなく「中日」を冠した友好団体が「中華民國」の芸術として作品を紹介(全国巡回など)しているのが面白かったです。展示のタイトルに「焼野原の神戸と東京から」とあるとおり、神戸の華人団体と、東京の中日友好団体(人民共和国成立前)の活動が熱心に紹介されており、当然私どもはそこで疑問が沸き起こり、その時横浜はどうしてたなら?と思うですが、展示はなく、黙して語られません。資料が提供されなかったのか、散逸してるのか、なんなのか。活発に全国巡回出来た背景に、戦勝国中華民國の文化紹介なので、GHQ等が積極的に便宜を図ったとかなんとかあったら、さらに面白いのですが、そういう印象を与える展示もありません。

この時の中国木刻家たちの名前は、朝日新聞の清音濁音は有気音無気音にあらずルールでなく、読売新聞の濁音活用ルールでカタカナ表記されています。日本語の音読みでもなく。

郑野夫 - 维基百科,自由的百科全书

郑野夫(中国版画家)_百度百科

この人は「ジョンイェフー」と表記されてます。zhengyefu 朝日新聞だったら、チョンイェフー。てい・やふ この人の「請願」という作品で、民衆がつけているゼッケンの文字"CMF"の意味が分かりませんでした。

CMF design : 富士通

www.sony.com

日産・CMF - Wikipedia

その次の汪刃锋という人は、ワンレンファンと書かれてますが、wangrenfengですので、ファンじゃないかな。おうじんほう

汪刃鋒とは - コトバンク

その次の李桦という人は、日本で今主流の、ファーウェイなんかの「ファ」ではなく、私の好きな「ホワ」で表記され、さらに日本語の音読み、「り・か」が併記されています。その後の人名を見ていくと分かるのですが、広東省出身者は、日本語の音読み併記です。広東語読みが併記されればいいんでしょうけれど、潮州だスワトウだ仏山だなんだで広東語圏内でも発音に異同があるかなと考えてしまったりとか、今の日本のマスコミが香港人を紹介する時の主流であるイングリッシュネーム読み、林鄭月娥がキャリー・ネイションラムで李家超がジョン・リーで陳美齡アグネス・チャンみたいなことが出来るかどうか、1940年代の広東の木版画家全員に対してイングリッシュネームがあるかないか調べるだけでも大変ですので、日本語読みを併記したんだと思いますが、日中両国に相互読み協定がない現状を鑑みて忖度斟酌すると、広東人以外の華人も日本語の音読みつけるべきと思います。

Li Hua - Wikipedia

ここまで私は作家の名前をぜんぶ簡体字で書いてますが、展示はすべて繁体字です。鄭野夫、汪刃鋒、李樺。次の、王樹藝さんは、簡体字では王树艺。王樹芸と書くと、中国では芸は藝とは別の字ですので、ややこしい。ワンシュイ おうじゅげい

王樹藝 - 維基百科,自由的百科全書

baike.baidu.hk

baike.baidu.com

百度に香港版があるとは知りませんでした。上の繁体字のは香港版。

次の人は王麦杆王麥桿ワンマイガンおうばくかん。

王麦杆_百度百科

次の、张映雪という人も、朝日新聞ルールでなく讀賣新聞ルールの、ジャンインシュエ。zhangyingxue 張さん。ちょうえいせつ

次の人は広東人なので併記。古元 グーユエン こげん グーユエンも、朝日新聞ルールでなく讀賣新聞ルール。

kotobank.jp

プロはここまでで、章をかえて、神戸の華僑学校の生徒さんの作品が紹介されており、藍蔚邦さんがランウェイヴァンと書いてあるのがまず目を引きました。藍色の簡体字が蓝なのは関係ない話で、モーバンフ(莫邦富)mobangfuの〈邦〉が「バン」でなく「ヴァン」となっているのが面白くて。どっから来たんだろう、v音。

招瑞娟さんは広東人なので、ジャオルイチュエンとしょうずいけん併記。zhaoruiquanjuan なので、「招」は読売新聞ルール、〈娟〉は朝日新聞ルールのハイブリットです。

李文琨liwenkunというひとは李平凡先生と同一人物で、どっちが本名でどっちが雅号か忘れました。振られたカナはリーウェングンで、kunなのにグンかと思いました。これはナニ新聞ルールでもありません。この人はのちに中共へ帰国したとか。

張寶發と、宝と発を繁体字で書いている生徒さん(簡体字なら張が张で発が发)はzhangbaofaチャンバォファで、張が朝日新聞ルール(画家の張映雪さんがャンインシュエなのを思い起こしたく)バォがパォでないので読売新聞ルール。

と、こうやって人名に拘泥して、もういいよと思うのですが、さらに在日コリアンのゲージツ家名がハングルと日本語の音読み併記してあって、なんでその意味あるの? 相互読み協定確立されてるんだから、ハングルのカタカナ転記だけでいいじゃんと思いました。しかし、在日コリアンのあいだでは、ていとうわ(鄭東和)とかコウケンテツのように、日本語音読みしたい人が一定の割合いるのかもしれません。

コウケンテツ - Wikipedia

コサミョンの「コ」でいいと思うんですが、う~ん。しかもウィキペディア見ると、「はしご髙」併記だったりして、さらにう~ん。話をもどすと、版画展のコリアン作家は、呉炳学という人をオ・ビョンハク ごへいがく併記、朴史林という人をパク・サリム ぱく・しりん併記。朴は日本語では「ぱく」でなく「ボク」だろうと強く思いました。

朴 (姓) - Wikipedia

北京語では、素朴とかの朴はpuですが、人名の朴はpiaoと読ませて、区別します。でも日本語でそういうのはないはずなんだけどな~。あと、神戸のくだりで、朝鮮学校の生徒さんの作品もあり、生徒さんの名前は日本名ですが、1940年代後半から1950年代前半の作品ですし、深堀りしません。

2-1-2「働くものの芸術 新中国と日本の版画展」ポスター 1940年代後半-1950年代前半 280x261 は日本版画運動協会が作ったポスターみたいですが、「働く」を「仂く」と、例の日本だけの略字で書いていて、ハラホレヒレハロと思いました。「仂」は電脳世界出現以降、イカに通ずるネットスラングになっている気もしますし、なってない気もします。

仂 - ウィクショナリー日本語版

下は、学校の合作作品のうち、撮影可のもの(部分)

安田の貸付信託 ★サッポロビール DRINK CocaCola 住友銀行 スバル スバル・サンバー 富士重工

この学校作品も、横浜のは展示なくて、そのかわり川崎が頑張ってます。

上は民家園の遠足かなんかの一部。

www.fukuinkan.co.jp

上の絵本の表紙が展示されていて、物販コーナーに絵本も売ってたのですが、木版は表紙とあとちょっとだけで、基本イラストの絵本でしたので、考えて、今回は買いませんでした。

某海神ではないそうです。

それで、総体的に見て、今回の展示は、横浜色が薄いのが、影の特徴だと思いました。中国木版巡回も、中日友好(民國期ですが)団体がやってるのが多いのですが、神戸だけ華人団体で、で、ハマは空白というか、展示なし。すべて反右派闘争や文革で焼かれたわけでもないと思います。以上