『国家と犯罪』"NATIONS&CRIMES" by Funado Yoichi 船戸与一_読了(キューバ、メキシコ、メインランドチャイナ)

チベットの薔薇』という小説*1の解説で、中国のチベット侵略について、本書の「中華膨張主義の解体ー三民族自治区からの発信」でも読んでみたら、ということで出て来た本です。読んだのは単行本。

国家と犯罪 (小学館): 1997|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

Yoichi Funado - Wikipedia

装丁 平野甲賀 カバー写真 サパティスタ民族解放軍(撮影/篠田有史)

編集担当 関哲雄 地図作成 チューブ・グラフィックス 調査・取材 恵谷治 白根全 増永誠一 鄧雨明 ピエトロ・サバティーニ 伊藤博 資料翻訳 渡辺修子(スペイン語)林浩(漢語)写真提供 恵谷治 篠田有史 林直光 小椋成人 AFP/時事 読売新聞社 ㈶川喜田記念映画文化財団 Bruno Barbey/MAGNUM OLYMPIA/UNO/ASSOCIATES 

初出は、キューバの話(1997/1~4)とメキシコの話(1996/5~10)とメインランドチャイナの話(1994/11)と中国の三つの自治区の話(1994/12~翌1)がサピオエミリアーノ・サパタパンチョ・ビラの伝記は別の著書『叛アメリカ史』から再掲、ダライ・ラマインタビューほかは週ポス(これだけ天安門事件前の1988/1記事)クルドの話(1991/7)が岩波の「世界」イタリアのカモッラの話(1991/11)がエスクァイア。一部加筆修正。

カバー折

わたしは比較的辺境を旅することが多いが、ときどき眩暈を覚えるような光景に出くわすことがある。そこでは人間があまりにも簡単に殺されるのだ。装甲車輛の排気音。うろつきまわる公安局。夜空に響く銃声。これらは異国の辺境を彩る御伽噺なのか? それは断じてちがう……

 辺境ではいま何が起きているか?

 国家に対する犯罪。
 国家による犯罪。
本書はその二つの相関についてのささやかな旅の報告である……(「序にかえて」より)

冒頭にエンツェンスベルガー『政治と犯罪』への献辞。

ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガー - Wikipedia

https://www.amazon.de/-/en/Hans-Magnus-Enzensberger-ebook/dp/B096MZQVV1/ref=tmm_kin_swatch_0?_encoding=UTF8&qid=&sr=

政治と犯罪 (晶文社): 1983|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

最初の「オチョア将軍の処刑ーフィデル・カストロのためのノート」"Execution of General Ochoa - Notes for Fidel Castro"は、共産圏ってエライ人が突然失脚したり粛清されたりしますねという話。今でも北朝鮮でちょくちょくそういうことがあるわけで、だから大勢に影響あるかというと、ウォッチャーがメシの種にあれこれ膨らませてピーチクパーチクしゃべるわりには、十中八九コップの中の嵐で、そんなの別にどうでもいいじゃんとしか。

アマゾンレビューでは、この話だけ取り上げて、ネタ本をそのまま出してるだけとか、そのネタ本の誤訳がヒドいとかさんざんクサしてるのがあるのですが、インターネッツ社会の現代とちがって、その頃は、ネタ本を自分なりにリライトする無自覚なコタツ仕事が、ごく当たり前に行われていて、それがインフルエンサーの役割を果たして、情報、インフォメーションが的確に伝播されていった功績の面も見逃し得ないはずです。関川夏央のエッセーのほうが元ネタ記事より面白かったとか、そういう芸。

さらにいうと、誤訳も訳のうち。太田光に影響を与えたテレビマンユニオン創業者の著書「お前はただの現在に過ぎない」のタイトルはトロツキーのことばだというので、原文のロシア語を検索してグーグル翻訳したら、「アンタ、本物だよ」というぜんぜん違う邦訳になったので、ギャフンと言ったことがあります。*2

21世紀からこの話を読み返しますと、フィデルの弟のラウールが庶民に人望がなく、兄の威光を笠に着て威張ってる張り子の虎として嫌われてた描写が、伏線となり、フィデルの死後ランバダ革命として結実して、フロリダから亡命キューバ武装パルチザンが大挙して母国に無血上陸して、歓呼の声に迎えられ、「ニッポン、否、キューバを取り戻す!」が成立したわけでは全然ないという、冷徹な地政学的結果に寂寞とした思いに駆られます。北朝鮮と違って、核開発に邁進してるわけではないのでまだいいのでしょう。もいっちょいく~?で、再度核開発して、キューバ危機再びにならないようには、アメリカも手を打ってると信じたいです。

次は、「幾たびもサパターメキシコ南東部ゲリラ紀行」"Many times Zapata.  -Guerrilla travelogue in southeastern Mexico"これがいちばん長くて、力作です。

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サパティスタ民族解放軍 - Wikipedia

サパティスタ民族解放軍 | 国際テロリズム要覧(要約版) | 公安調査庁

私はものすごい認識不足で、ラテンアメリカの諸民族は、もうとっくにスペイン語にメルティング大飯鍋化していて、北海道のアイヌ語話者の日常会話同様、もうほとんど土語の会話はないものと勝手に思ってました。白水社『その他の外国文学の翻訳者』という本で、現代マヤ語文学の書き手がいて邦訳があることを知り、そっから、現代でもまだまだマヤやアステカ、インカの末裔たちが誇りをもって自らの言語を読み聞き語っていると知り、驚いたです。

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私の知り合いには二人ほど、たぶんメキシコに永住したであろうと思われる人たちがいるのですが、こういう世界にまで深化して同化していったのかどうか(ダジャレ)船戸与一さん以外にも、現地には邦人女性が二人登場し、一人は意識的に「知ろうとして」現地に来ているのですが、もうひとりは、「なんとなく」です。今はもう、そういうことってなさげですが、こういう邦人女性の動き方が、すっごく邦人女性的だと改めて思いました。今だとメインランドチャイナの女性が故国の威光をひっさげてラテンアメリカやアッフリカにやって来そうですが、絶対用心棒を兼ねた野郎を連れてくると思います。華人女性の場合、おんなひとりはないやろ。

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ニカラグアコントラは日本でも有名ですが、片桐はいりさんの実弟が暮らすグアテマラでも内戦が続いていたとは知りませんでした。エルサルバドルは賢いサルのオリヴァークンが映画にしましたし*3ジュラシック・パークの舞台コスタリカは、非武装だかなんだか知らないが、中米でいちばん白人が多い国です。なんでメスティーソムラートが少ないのかは知らない。英語圏ベリーズは知りませんが、パナマは『NORIEが将軍!?』というダジャレ小説を生んだ故地であり、通貨が米ドルという、自国通貨すらもたない独立国の概念を覆す独立国であり、アメリカが地面の水たまりに石油を撒いて歩いてボーフラが呼吸できないようにしてマラリアを根絶するという荒療治をやった土地であり、そのノウハウがいかされて(石油を撒いたわけではないでしょうが)戦前マラリアが猖獗を極めた八重山諸島が戦後米国統治下に瘧禍から脱することが出来たという意味でも、惹かれるような惹かれないような国。パナマの怪人、デリー・バルデス。猿岩石が、ビルマからインドまで道がないのを正直に言わずこっそり飛行機で移動したのがバレて炎上したので、ドロンズは素直にパナマからコロンビアまで道はないデスと言ったのも、懐かしい思い出。こんだけ書いてもホンジュラスを書き洩らしましたが、ホンジュラスに関して書くことはありません。知らないので。

再掲「資料 ある不死鳥伝説の素描 ー再読エミリアーノ・サパタ」はサパタサンの伝記。

その次が「黄土の名もなきクリオたち ー封印された中国農民暴乱」"Nameless Clios of the Loess Plateau.  -The Sealed Chinese Peasant Rebellion."

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苦力クーリー、と書いて自主規制もしくはクレームを受けて、「クリオ」という聞き慣れない言葉に代えたのかなあと思いながら読みました。GDP世界二位の現在でも消えない問題なのか、スマホ中毒とマルチ商法の蔓延が中国農民調査問題を飲み込んだのか。

建国門事件 - Wikipedia

1994年悍匪田建明单人单枪对抗整个部队,致75人伤亡后被一枪击毙_百科TA说

1994年田建明事件视频 - 百度

出だしは、1994年9月20日に建国門で銃を乱射した人民解放軍中尉の事件。ウィキペディアでは一人っ子政策との衝突が彼の狂気を生んだことになっていますが、本書時点ではその説はまだなかったみたいです。だから市場経済と農村困窮の記事の出だしにこの事件を持ってきている。船戸与一さんと百度とで、修飾のつけかたのベクトルがかなり同じで、中国のサイトがわりかし彼を英雄視してるのに、笑いました。船戸与一さんの文章は「公安部隊の包囲に対して彼は少なくとも一度以上は弾倉を交換」「この孤独な中尉の脳裏にあったのは中華人民共和国との全面戦争」「そうでなければ、爆発地に建国門を選んだ理由の説明がつかない」中国サイトは《枪神》(銃ネ申)《单手换弹夹》(片手マガジンチェンジ)*4《单手换弹致75人伤亡》(片手マガジンチェンジ75人殺傷)《1人对峙6000名武警战士》(独りで六千人の武警と対峙)《一人对抗6000名解放军,单手换弹致75人伤亡》(独りで六千人の解放軍と戦い、片手マガジンチェンジで七十五人を撃ち倒す)いちおう、あたまに《悍匪》(ならずもの)という単語をくっつけて体裁をとっていますが、英雄視してるとしか。イラン人外交官とその息子含む民間人死者も書いてはいるはずですが、哈哈哈。

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どうも建国門というと、中国が胡耀邦時代に自力で建てたはずが、エレベーターがつながらなくて熊谷組がヘルプしたこのホテルが思い出されてならず、自分はほんとうに古い人間なんだと思い知らされます。

頁230。〈扼劫〉"ejie"という単語が何も出ないので、「チェンジェン」ってなんだよ、とクサしていましたが、〈抢劫〉"qiangjie"「チャンジェ」でした。中国語担当のスタッフいるんだから、こういうのちゃんとやってほしい。

cjjc.weblio.jp

ねむいのでウイグルチベット南モンゴルクルドとイタリアマフィアの回はまた別途書きます。ではでは