オランダ東インド会社の落とし種として英領セイロン(現スリランカ)に生を受け、英連邦カナダで作家となったマイケル・オンダーチェサンが先祖と帰郷を描いた連作。オンダーチェサンが現在のスリランカ(執筆時点)を描いた『アニルの亡霊』が面白かったので、本作も読んでみました。
上は表紙(部分)ブックデザイン ローテリニエ・スタジオ カバーイラスト 安藤千種
ほぼほぼセイロン(当時)を描いた連作スケッチなのですが、「カナダの文学」というシリーズに入っています。
シリーズの全貌が上記。⑧⑨⑪⑫は、彩流社公式には見えません。出てないのかこれから出るのか。で、ジョン・マレル『サラ / ハイ・ライフ』という戯曲集と、また別の戯曲選集上下巻が出ています。
版元公式の表紙画像には帯がついていて、島田雅彦がバガボンド賛歌みたいな文章を寄せています。デラシネ。シリーズの他の本の帯に推薦文が寄せられているものは4/12で、中沢けいと江藤淳と小栗康平と吉岩正晴という人が書いています。
帯
島田雅彦 永遠の寄り道としての人生!
とりすました現代においては、もはやユリシーズたちは余計者扱いされるほかないのか。ユリシーズ=余計者たちの波乱万丈の人生は歴史から削除されたままになっている。彼らには帰るところはもちろん、行き着く先もない。
オンダーチェサンは今はこんな人ですが、本書カバー折の写真では、目をうるうるさせた青年もどきの時代の顔が載っています。
左がオンダーチェサン。右は、父マーヴィンと母ドリスのおどけた写真。祖父が財をなして、放蕩息子の父が散財したという人生だったようです。で、そういう人の常として、アルコール依存症だったとか。で、そういう人の配偶者のいくたりかのケースとして、母は離婚。
左は婚約前の父母(と思われ) 右は、洪水に流されてメアリー・ポピンズ濁流バージョンみたいな感じで死んだ祖母の思い出に関連したフォト。実際には祖母の人はぜんぜん洪水で流されて死んだわけではないそうで、その辺り、本書はどこまで事実でどこまでほらふき男爵なのか境界をわざとあいまいにして韜晦してるんだとか。
上を見ると完全に英領セイロン統治階級のブリティッシュに寄せた顔立ちと服装ですが、ポルトガル東インド会社がオランダ東インド会社になって、シンハラ人やタミル人の血も入った、スリランカのハイブリッド民族がオンダーチェ一族とグレイシャン一族だそうです。
頁22 アジアの噂
(略)十時から正午まで、私たちは座り込んで話しながら、村で瓶いっぱいに仕入れてきたよく冷えたパルミラ・トディを飲む。これは生のゴムの香りがする飲物で、ココナツの花を絞ったもの。ゆっくりすすると、胃の中で液体が発酵を続けている感じがする。
正午、私は一時間うたたねし、目覚めるとカニカレーの昼食にかかる。この食事にフォークやスプーンを使っても意味がない。私は両手を使って食べる。親指でライスをかき集め、カニの殻は歯で噛み砕く。それから新鮮なパイナップル。
上のシンハラ文字はグーグルレンズが認識しませんでした。残念閔子騫。
頁38に「シンハラ族」とあり、本書はそう書くのかと思いましたが、「族」表記が出るのはここだけです。頁61に「シンハリ人」頁68には「白人」「ムーア人」「ポルトガル人」「オランダ人」「イングランド人」「ヨーロッパ人」頁71に「タミル人」
頁78に「カバラゴヤ」という水オオトカゲと、「サラゴヤ」という「イグアナとジャイアント・トカゲの合いの子」が出ます。前者はすぐ検索で出ましたが、後者は分かりませんでした。
あと、蛇は建屋内に入りこむ習性があるとかで、室内でコブラに出っくわして発砲してばっかりという箇所が、どこかにあります。メモるのを忘れました。
頁127
人妻が恋人と会うときにはみんなシナモン園へ行ったものよ。
南林間のスリランカレストラン名に、そんな意味があったとは。ロイヤルグリーンにはどんな意味があるのでしょう。
頁158
晩餐の席でのこと。食事には、ストリング・ホッパー*1、肉のカレー、エッグ・ルラン*2、パパダム*3、ポテト・カレー、それにアリスが作ったナツメヤシのチャツネとシーニ・サンボル*4、マルン*5、ブリンハル*6と氷水が出た。全ての料理がずらっとテーブルに並び、それを皆で回し合っているだけでもかなり時間のかかる食事だった。この食事は私の気に入った。ストリング・ホッパーとエッグ・ルランさえあれば、私はいやらしいほどに食欲が湧いてくるのだ。デザートは、バッファローの凝乳にジャッガリー・ソースをかけたもの。ジャッガリー・ソースとはココナツで作った甘い蜜のことで、メープル・シロップに似ているが燻したような味がする。
正直私はストリングホッパーのよさがよく分からず、なぜビーフンを味のないままにしてカレーをかけて食べねばならないのか、理解出来ないままです。しかし、オンダーチェサンはストリングホッパーが大好きなようで、本書のみならず『アニルの亡霊』にも出してますので、私ももう一度トライしてみようと思っています。ルランはよく分からない。オンダーチェサンの小説には、カニカレーや海老カレーが出るのですが、その手の海鮮シーフードカレーはまだスリランカ料理店で食べたことがないです。フィッシュカレーは、おそろしく日本のムツの煮つけに似たものが出て来る。三種カレーなど頼むと、チキンやビーフなどはインド亜大陸のスパイシーカレーなのに、フィッシュのみ煮魚定食で、舌から味蕾から脳みそまですべて混乱します。一緒に食べない方がいいです。と、個人的には思ってる。
頁219に、ムスリム料理店は眠気がとぶのでイイと、長距離ドライブの途中、わざわざムスリム料理店にひとりで入って食べる場面があります。これ、英国人と外見上見分けがつかないようにしてるダッチ・ブルガーだから出来る技な気もするデス。シンハラ人やタミル人がひとりで入ると、ヤンチャなムスリムに絡まれたりするかもしれず、入らないのでは。海老名や綾瀬、愛川でそうなのだから、母国だってそうだろうと。
巻末の著者謝辞。なぜか人名がすべてアルファベット表記のまま。どれが英語読みでどれがオランダ語ポルトガル語読みでどれがシンハラ語タミル語よみなのか分からず、沼にはまってしまい、それでけっきょくえいやで原文そのまま載せたのかもしれません。
訳者あとがきに彩流社竹内淳夫さん、カナダ大使館中山多恵子さんへの謝辞。訳者さんによると、1982年の本書は、スリランカのインテリからは不評なようで、それはけっきょく、「ポストコロニアル文学」と銘打ちながら、郷愁のコロニアル文学しか書いてないからではないかと思われます。要するにスリランカでなく、セイロンの小説。私なんかが見ると、梶山季之や五木寛之の半島ものよりぜんぜん土着化してると思うのですが、國に残ったシンハラ人インテリたちは、そうは見ないらしい。
それに対してのオンダーチェサンのアンサーが、2000年刊行の、シンハラとタミルの抗争を描いた『アニルの亡霊』だったのかもしれません。
"Running in the Family"には「けちみゃく」(血脈)的な意味もあるんだとか。
カナダの文学館ロゴと、各章につけられたイラスト。なんというか、「今日ママンが死んだ」ようなコロニアル文学でも現地文学でもない、「バーガー」と本書で呼ばれる混淆ブランニュー民族のクロニクルを、チラ見さしてくれたような、そんなエッセー群です。以上
【後報】
PURE CURRY
Ready in 1 Minute
INSTANT STRING HOPPERS
ක්ෂණික ඉඳි ආප්ප
உடனடி இடியப்பம்
Product of Sri Lanka
ශුද්ධ බර Nett Wt
200g
CURRY INSTANT STRING HOPPERS
ARE MADE WITH 100% NATURAL COUNTRY
RICE STRING HOPPERS ARE PRODUCED
IN THE TRADITIONAL METHOD WITHOUT ANY
商品名だけタミル語が併記されています。
インスタントでないスリング・ホッパー。サンボルと、サツマイモペーストみたいなものと、カレー。さびしいので、上にコロッケとロールを載せました。一枚づつ、手でつまんで食べやすいといえば食べやすいのですが、煮汁(カレー)によく浸して食べようとすると、ポロポロ細かくちぎれてしまうので、食べ慣れも必要かと。また、ふつうのスリランカプレートはこれにマッルン、モージュ、アチャール、パパダンがついてきますので、お得感を求める人にはあれかも。イディ・アーッパ求道者みたいな人が叩かないと、ホッパーはその門を開いてくれない。
(2023/11/9)