『青い脂』読了

青い脂

青い脂

国書刊行会のハードカバーと思い込んでいたのですが、
河出のソフトカバーでした。
大量に中国語語彙を紛れ込ませたロシア語小説ということで読んでみたのですが、
それほどでもなかったです。さして練れていないというか、
単語だけで、キャッチボール出来る程の成熟さはない。
昨日青梅線で、南米系と北米系の十代男女が、
日本語英語スペイン語そのどれもが非成熟のたどたどしさのまま、
チャンポンで会話していました。
洞察、深い思考をどの言語でも行えぬまま成長することへの危惧を最近考えていますが、
昨日の青梅線はそれでした。この小説は、まあ、ロシア知識人であるから、
英仏独語は当然それなりにお出来になり、
1999年だから、シベリア鉄道沿いに蔓延した中国人から少しは単語を教わったんだな、
くらいに思いました。思索はロシア語。ベースはある。
ただ、翻訳では、ご丁寧に漢字をつけているので、
おそらく原書の表音文字だけで感じる味わいとは、少し違うんじゃないかなと思いました。
そういえば、満洲などでよく使われた、大鼻子ってもう使わないんですかね。
ロシア族=俄罗斯族もなかったな。

アルバート通りが毎日日本で報道されていた頃、少しロシアに行ったことがあります。
このブログの名前はその時の想い出から。
地下鉄もバスも、すべて料金を払う必要がありませんでした。
カペイカをジェトンに交換して運賃箱や自動改札に投入するシステムが、
ハイパーインフレですべて用をなさなくなり、
それでも日々の通勤通学にメトロやトロリーバスは必要なので、
無料のまま運行されていたのです。
年金生活者はすべてタケノコ生活を余儀なくされ、
夜の十時に地下鉄の出口で、バーブシュカが、
売れ残りのすっぱい牛乳や片方だけの靴下を持って立っていました。
冬です。
http://ecx.images-amazon.com/images/I/410T69xkZnL._SL500_AA300_.jpg
郊外には日本の公団住宅のモデルになったであろう高層アパートが林立し、
一階には商店が入っているのですが、クリーニング店しか覚えがありません。
もうもうと湯気を立てて、私のシャツもきれいにしてくれました。
各階二十四時間蛇口をひねるとお湯が出ていて、
日本の公団住宅や、中国のアパートと、なんて違うのだろうと思いました。
地下鉄の出口の物売りの中に、切り花を売る人やバイオリン弾きがいて、
流石欧州、心の豊かさを忘れないんだなと思ったものです。
劇場にもあちこち行きましたが、どこもクロークがあって、コートを預かってくれました。
そうした中、大量に乱入していたのが中国人でした。
「キタイ!」と叫ぶと皆が振り返る。そんな感じです。
毛皮がピジャーカで羊のセーターがアンゴラでしたか、それとスコーリカしか喋れない。
そんな人たちがシベリア鉄道を占拠し、途中の駅駅で十代のロシア娘たちが乗り込んで、
コンパートメントで交替にズボンを下ろすようなことをして、次の駅で降りてゆく。
商人たちは飛び道具のような武器も持っていたようで、
中国人のおばさんが仲間に脅されて顔真っ青にして泣いてました。

当時のロシア人は、アメリカと張り合う世界一の大国から一気にhit the bottomで、
誇れるものがガガーリンしかありませんでした。
作者は、そこで舐めた辛酸が血肉と化してしまったのではないかと思います。
そこで覚えた中国語のひとつが、「航空母艦」だったのがおかしかったです。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/78/Varyag_during_refitting.jpg/300px-Varyag_during_refitting.jpg
遼寧 (空母)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%BC%E5%AF%A7_(%E7%A9%BA%E6%AF%8D)

ことあるごとに、中国人から、そのネタでおもねられたのでしょう。
そういえば、シベリア出稼ぎ中国人の子どもが、
大きくなっても中国語の語彙が幼児語のまま止まっていて、
年長者に対しても"几岁"と年を尋ねていたとブラゴベシチェンスクかどこか、
国境の街で聞きました。“多大”を知らない。

この本には日本語は出てきません。朝鮮語も、モランボン高麗人参酒しか出てきません。
作者は中国にかまけるより、この本にも影を落とす、コーカサスについて考えるべきでした。
当時、北京でもモスクワでも、青くさいにおいの煙草の売人はアフガン人ばかりでした。
モスクワでは、セントラルの郵便局のあたりにいつもいた。
トルコ語ペルシャ語アラビア語も出てこないこの小説ですが、
私は、モスクワの地下鉄で逢ったダゲスタンかどこかの親子から、
中国語でも高麗語でもない、日本語の何か印刷物をくれと言われたことが忘れられません。
【後報】
http://ecx.images-amazon.com/images/I/51f0sPmPITL.jpg
http://www.amazon.com/Goluboe-salo-Roman-Russian-Edition/dp/5933210048
Vladimir Sorokin Goluboe Salo ("Blue Salo")
(2015/6/13)