『おそめ―伝説の銀座マダム』 (新潮文庫)読了

おそめ―伝説の銀座マダム (新潮文庫)

おそめ―伝説の銀座マダム (新潮文庫)

『さらば銀座文壇酒場』*1で『夜の蝶』のモデルになった2店の戦いを知り、
DVDを検索すると関連でこの本が出てきたので読みました。
夜の蝶 [DVD]

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洋泉社から出たハードカバーの文庫化で、大幅に加筆修正されたとのこと。
なので、ハードカバーでなく、文庫を読みました。

『さらば銀座〜』、いま覚えている印象では、秋田出身のママ対京都芸妓出身のママの、
銀座を舞台にした東西二項対立という感じでした。
あくまで記憶だけなので違ってるかもしれません。
で、この本によると、このおそめという方は、京都出身ですが、なぜか小学校を上がってから、
新橋で三年間芸者修行をしたとあり、おどりや礼儀作法などが京都のそれでないと、
はっきり書いてあります。これで、後年の銀座の争いが単なる二項対立でなく、
深みのあるものとして読むことが出来、とてもよかったです。

東西二項対立というと、後年下記を仕掛けた連中の脳裏には、
このザギン文壇バー戦争の記憶が刻まれていたのかもしれないと思いました。
だからインドネシアでも東西対抗戦をやった。

神鷲(ガルーダ)商人〈上〉 (文春文庫)

神鷲(ガルーダ)商人〈上〉 (文春文庫)

神鷲(ガルーダ)商人〈下〉 (文春文庫)

神鷲(ガルーダ)商人〈下〉 (文春文庫)

わが心、南溟に消ゆ (集英社文庫)

わが心、南溟に消ゆ (集英社文庫)

上羽秀(おそめの本名)Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E7%BE%BD%E7%A7%80

作者自身も茅ヶ崎出身の京都に魅かれる女性で、京都旅行を繰り返すうち、
主人公に知り合ったという経緯ですので、だから主人公の重層的な文化資本蓄積について、
注意深くきちんと筆を走らすことが出来たのではないかと思います。

主人公他の話す関西弁はまったく自然だと思いましたが、私はネイティヴでないので、
関西人が読むと違うかも分かりません。

時系列というか、西暦でも元号でもいいのですが、何年ごろにこのことがあった、
と明記する書き方をせず、例えば、夫の一周忌が過ぎてから(維持費の問題で)
家族の話し合いで岡崎の大きな家から引っ越すことになった、など、
逆算すればぼんやり分かるんですが、その都度はっきり年と季節くらい書けば、
より親切で、読者はその当時の世相や動きを想起してダイナミックに読めるのにな、
と思いました。

主人公が営んでいて、作者が出会った岡崎の喫茶店は、
まだ食べログぐるなびや京都のカフェ紹介サイトのない時代だったのか、
検索しても出てこないです。京都の街カフェなら絶対引っ掛かると思ったのに。

下記は新橋修行時代。

頁65
 その上、この頃から秀は、早くも酒の味を覚えている。はじめからいける口だったのは遺伝であろう。角田の父も祖父も木屋町の旦那衆が集まる猩々会で番付一番になるほどだったという。また、母のよしゑも、角田の家を出るまではまったく嗜まなかったにもかかわらず、やはり一升は軽いという酒豪であった。どの血を受け継いでもいい目が出るはずである。秀は子ども時分から酒に縁の深い花街でも、周囲に驚かれるほど強かった。
 置屋から歩いてすぐのところに酒屋があり、ぐい吞みで店先でも飲ませてくれる。秀はひょいと立ち寄っては、景気よく一杯あおった。芸者は飲めぬでは勤まらない。秀の飲みっぷりはますます家の女たちを喜ばせた。鹿の子の振袖を翻して秀は酒屋に飛び込んでは、子どもが駄菓子を買う調子で、ひっかけた。少女の飲みっぷりに店にいる男たちが驚いて目を丸くする。「それが面白うて」と、秀は今でも目を細めて思い出を語る。

頁79からは、祇園時代、京女でありながら京都でゴッツンしたおそめが、
勤め帰り酒乱になって暴れるさまが、妹さんの思い出話として細かく綴られています。
で、下記は戦後京都カフェ勤め時代。

頁147
 秀は店でいつも楽しそうだった。心底楽しいのだろうと、掬子は思った。ほかの女給たちが生活のためにやむなく働くなかにあって、秀の天真爛漫な勤めぶりは、いやでも目立った。酒ひとつ取っても、女たちが飲むのは売り上げを少しでも伸ばしたいからである。中には飲めぬ酒を無理にあおって身体を壊すものもいた。その点をとっても、秀は違う。根っからの酒好きである。一晩で酒なら一升、洋酒でも一本半は軽く空けてしまう。カフェでは大好きな酒を飲めば、それが収入として跳ね返ってくるのだ。秀には、うってつけの職場だった。

主人公は最晩年でも濃いウイスキーの水割りを嗜んでいたと最終章にあります。
泥酔癖は夫との絡みでも度々顔を出し、江戸っ子的な宵越しの銭を持たない使いっぷりを、
作者は興味深く考察しています。夫のひとは浮気やヒモっぷりは大いに書かれてますが、
頁407で初めて酒を飲まない人間であることが語られ、その後数ページですぐ、
その伏線を生かし、夫七十七歳妻七十一歳で入籍、飲めない酒を飲んで喜ぶ場面になります。

ほかのマダム、眉の長塚マサ子さんの死について、頁329、
酒場に勤めた女の職業病とでもいうのか、肝臓を病んでの死だったと書き、
この本最大の見せ場であるザギン大戦争の一方の傑物、川辺るみ子さんの最後については、
非常に寂しく語られています。

頁382
 早い時間から酔っている。呂律が回らない。いつまでも繰り返し同じ昔話をする。懐かしがって泣く、そうかと思うと突然、着物の袖をまくって踊りだし、そのまま床に倒れて寝てしまう……。天下の論客たちに舌を巻かせた回転の良さと、爛熟した美貌と風格で銀座の歴史を築いた川辺に関する、あまりにさみしい証言の数々がある。アル中だったとも、一種のノイローゼだったとも、語られている。

この人は最後の十年間、死ぬ迄、息子さんと支配人以外所在を知らない、
誰も連絡がとれない、という展開になります。息子さんは本人死後すぐ逝去。
支配人の人が書いた本があるのですが、あくまで支配人の人目線から見た本で、
公平さが云々で、作者も八方手を尽くしましたが、
存命のはずの支配人の人とは連絡が取れなかったとあります。
凄絶、と思いました。

以上