『牧逸馬の世界怪奇実話』島田荘司・編(光文社文庫)読了

 カバーデザイン 多田和博 カバーCG画像 高橋善丸 編者によるまえがきと、解説がわりの『めりけん・じゃっぷ、牧逸馬の謎』、参考文献有。資料提供 長谷川忠男 企画協力 (株)川喜多コーポレーション 用語・表現について、概ね発表時のままとする旨編集部の注記有。読んだのは2004年2月の3刷。

牧逸馬の世界怪奇実話 (光文社文庫)

牧逸馬の世界怪奇実話 (光文社文庫)

 

 以下後報

【後報】

現在バーテン、1989年当時週刊プレイボーイ名編集長の、島地勝彦という方が、開高健との対談で、編集者を志した動機として挙げているシリーズということで読みました。

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戦前、この人が筆名を使い分けてこの手の世界猟奇奇談シリーズと、丹下左膳と、パンキッシュな散文『めりけん・じゃっぷ』シリーズを書いて、昭和十年、暗雲が実体化する前に35歳でなくなったと。稼いだ額は当時で三億(ペリカでなく日本円)文筆業そんなに儲かったのかというか、そこまで身を粉にして働いて早逝したと。

青空文庫牧逸馬https://www.aozora.gr.jp/index_pages/person304.html

上記にかなり収録されていますが、編者の考えで、21世紀にはもう、詳細はともかく固有名詞として当たり前になった事件について、牧逸馬の散文タイトルは副題として、そのものズバリの題名をつけています。「3.運命のSOS」は「タイタニック号沈没」、「5.女体を料理する男」は「切り裂きジャック」、「7.戦雲を駆る女怪」が「マタ・ハリ青空文庫には収録されてませんが、「海妖」は「マリー・セレスト号」です。タイタニック号内の階級格差や救命艇の員数不足、乗組員の練度の低さなどはディカプリオ版でも、その前の映画でも細かく取り上げられているので、今では誰もが知っていますが、切り裂きジャックなんか、私は、どこの部分をどう切り裂いて、どういう女性が対象だったのかとかまるで知識がありませんでした(忘れてただけかも)ので、よかったです。

青空「モン街の自殺ホテル」は島田「モン街の自殺ホテルフー・マンチューみたいな話です。リアルノックスの十戒。「双面獣」はそのままのタイトルで青空文庫にも収録。私はこれがいちばん印象に残りました。悪人ヅラだけど実はいい人なんて本当にいないんだなと。二面性があって、自分の深奥の悪を許容してるから悪人ヅラなのだと。どんな善行もサーフィス、免罪符を求めてするだけ。舞台がアメリカのミシガン州で、階級格差も人口密度も希薄な地帯で(捜査チームのひとりは黒人)、科学的な捜査に基づいた記述なので、その点もよかったです。今でも映画に出来るのでは。米国なので、"Thomas"をトマスでなく「タマス」と書いています。

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浴槽の花嫁」も同名で青空文庫化。情婦と暮らすための金銭目当てで結婚詐欺かつ相手に保険金かけてぬっ殺す犯人のせりふ、「死んだやつは、死んだやつさ」"When they're dead they're dead" が、北京五輪CG花火監督張藝謀が姜文主演で作った"有话好好说" "Keep cool"の中の北京方言、"该怎么样儿就怎么样儿"「該怎麼樣兒就怎麼樣兒」みたいだと思いました。またこの小説に、「老嬢」という単語があって、オールドミス、"old maid"の訳語ですが、33歳なのにもうそう形容されていて、21世紀はバンコン社会ですなあと思いました。老嬢の物語。

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さほど有名な事件でもないかもしれませんが(私が知らないだけかも)青空「2.生きている戦死者」は「ブダペストの大量女殺し」に、「11.土から手が」は「ドクター・ノースカット事件」に、それぞれ主題が付け加えられています。あとは青空文庫にはなってませんが、「肉屋に化けた人鬼」が「ハノーヴァーの人肉売り事件」に、「血の三角形」が「クリッペン事件」に、「白日の幽霊」が「テネシー州、猿裁判」に、というふうに、より直截的に事件が分かる題になって、牧逸馬の初出タイトルは副題にしています。猿裁判はいわゆる進化論を学校で教えちゃイカンゴレン裁判(聖書の記述に反するから)で、『アスピリン・エイジ』ほかでも読みました。アスピリン・エイジは面白いですよ。サッコ&ヴァンゼッティ事件とか、リンドバーグナチスとか(そして息子の誘拐殺害)WWⅡ前の揺籃期のアメリカ世情がいっぱい分かる。民主主義はいつだって累卵の危機。

『アスピリン・エイジ〈上〉』 (1979年) (ハヤカワ文庫―NF)読了 - Stantsiya_Iriya

『アスピリン・エイジ(中)』 (ハヤカワ文庫NF)読了 - Stantsiya_Iriya

『アスピリン・エイジ(下)』 (ハヤカワ文庫NF)読了 - Stantsiya_Iriya

クリッペン事件の犯人が死刑の前に書いた手紙が、全文訳されてなくてところどころ原文のままなのですが、別に原文を読んでほしいわけでなく、とにかく多作で書き飛ばしまくった人なので、タイムアップで訳せなかっただけだと思います。その辺は、編者が解説で、丹下左膳が右手を使う描写を書いてから、書き直さず、「…と思ったがよく考えると俺には右手がないので」とそのまま強引につなげて書き続けてしまう挿話を紹介しています。

あとの作品は「ウンベルト夫人の財産」「女王蜘蛛

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第七星雲の彼方にチック・コリアとともに住んでいるはずの編者は、ウィキペディアを見ますと、現在は日本に拠点を移してるようですが、本書編纂当時は米国生活も長くなっていたようで、その観点から、作者の米国生活を類推したものが解説の大半です。具体的な資料がロクになくて、裏のとれない散文だけが現存してるわけで、体格的には、日本人には例外的に米国人にも見劣りしない巨躯だった人が北米各地の邦人移民社会に足跡を残していないので、ミッキー安川のように、邦人がほとんどいない地帯を放浪していたのではないかと推察しています。そこでホットドッグとか売ってたんじゃいかと。ミッキー安川は戦後なので友好国ですが、めりけん・じゃっぷは排日盛んな頃でしたので、大変だったろうとしています。

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編者は、作者はじゅうぶんに英語力があるのだが、時代の趨勢からか、安易に使えるテクだったからか、「パングリッシュ」、ごまかし英語をバンバカやっていたのではないかと推察しています。

頁568『めりけん・じゃっぷ、牧逸馬の謎』

 これが、日本の英語青年などが冷笑的に言うところの「パングリッシュ」である。ひと言で言えば、日本型の「ごまかし英語」だ。ひどいカタカナ発声もものともせず、爆発的にわーっとまくしたてる。これは主として周囲に日本人がいる場合で、対話相手の異国人にではなく、横に向かってやる。表現内容はなんでもよい、脈絡のないことをいきなりでもかまわない。最後にはわははと笑いとばして握手でもすれば、アメリカ人も釣られて笑ってくれる。すると横の日本人たちはこの人は英語がペラペラだと恐れ入り、以降の態度には一目を置いてくる、そういうペテン師的英語、あるいはその態度のことである。

 日本人は古来より高地位者は漢文、僧侶は梵字、医者はドイツ語でカルテを書いて素人を恐れいらせ、その地位を保ってきた。この方法を英語に適用したものである。これに真珠湾的威圧の奇襲をかければさらに完全で、患者や檀家は委縮して苦情を述べなくなる。要するに怒ってごまかすというあのわが伝統の手法で、昔軍人、暴力団、会社の上司に政治家先生、医者に教師にあらゆるお偉方が、わが国では例外なくこの方法を採用、もしくは検討してきた。どうかすると今日でも、日本ではまだこの慣習が顔を出す。

 この方法は常に自分の能力、英語の場合は語彙力、文法力だが、これをごまかせる効能があるし、発音の悪さを生かせる側面もある。何を言っているのか解らなければ、相手も笑って握手でもするほかはない。多くの日本人が、周囲の同胞に英語達者をアピールしたい場合、あるいは英語が駄目だと馬鹿にされたくない場合、DNAにも命じられ、つい無意識のうちにこの伝統技法を選んでしまうことが多い。今日ただ今でも、アメリカ大陸にはこの種の日本人はけっこう生息している。

私自身にも自戒を込めて。語言出身の若手の台湾文學翻訳者が、ある台湾関係のシンポでの台湾人スタッフとのやりとりが、こんな感じになりかけていて、あー肩ひじ張ってるなー自信がないから早口ブッキラボー体言止め単語ぶつ切りトークなんだろうなと見てて思いました。ジャオアオダリーベンパンズみたいな目で見られてい…ry

AIに期待したいと思います。

日本語同士のこういう論法は、朝まで生テレビがそのアホさ加減を白日のもとに晒してから(深夜番組ですが)もうだいぶ長いのですが、なかなかですね。論理的なディベート大会も、英語を嚆矢としてだいぶ盛んになってるはずで、前世紀はその最高傑作の逸材のひとりが「ああいえばじょうゆう」として世に知られてしまうという、けっきょく人間ってなんなん、みたいな繰り返しがあるわけで、ry

AIに期待したいと思います。

でも、パングリッシュって、パンパンの英語って意味じゃ無かったでしたっけ?

cjjc.weblio.jp

AIに期待したいと思います。以上

(2019/5/7)