『サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』読了

 読んだのは初版のひとつき後の二刷。装幀 岡孝治 写真 AH86/PIXTA KPG_Payless/Shutterstock Yu Xianda/Shutterstock 古賀太郎(築地)その他著者撮影

はじめに、おわりに、主要参考文献あり。 

 さかなン、サカナションときて、サカナとヤザ。嫌でも刷りこまれる心理的陥穽、とDAIGOが言ったわけではありませんが、そんな感じ。

本書によると、かつては漁業そのものが原始的略奪産業と呼ばれたこともあり(頁009)、IUU(Illegal, Unreported and Unregulated=違法・無報告・無規制)漁業ということばがあり、過去にした取材対象の暴力団関係者(トップや幹部)に漁業関係者が割と多くいて、その反面農業経験者が皆無だったと記憶をたぐり、築地でバイトして、北海道や台湾香港にも取材して、大宅壮一文庫に行って、という展開です。よく書評にとりあげられていたので借りました。リクエストしてから半年かな。

以下後報

【後報】

鈴木智彦 - Wikipedia

はじめに、と、おわりに、があります。

第1章 岩手・宮城 三陸アワビ密漁団VS海保の頂上作戦

津波地震で監視が出来なくなってる情況下でごっそりいかれたとか、そういう出だしで、よくテレビでやってる、漁協の見回りにウソつきながらコソコソ獲ってるのとは規模が違うよ、というところから始まってます。漁業から入った組長はいても農業から入った組長はいないって箇所もここ。戦力が集まってチーム作業の漁業と、家内制で父ちゃん立てて三ちゃんでやるだけの農業の違いってことだと理解しました。漁業ってのはそもそも、網に入ったらすっかたなかんべ、とんべ、という世界だよんという。

 頁017で、原発企業が同業者から借金のカタに抑えたものの、返済しきってないので売れない380万円1,600ccのハーレーを、乗り回していいよと言われて作者が乗り回す場面があります。爆音仕様で電飾バリバリなんだそうで、イメージ的にビッグスクーターっぽいので、ハーレービッグスクーターあったっけ? と思い検索しましたが、ないようでした。じゃーやっぱりハーレーなのか。

第2章 東京 築地市場の潜入労働4ヶ月

⇒履歴書にウソは書かず、肉体労働の経歴なしで、フリーライターの肩書で面接して即決採用。ヤクザ専門ライターだけあって、ガタイがよかったんでしょうか。早朝五時間の仕事で、休まなければ月16万円程度入る。要するに過去は問わない職場で、兼業者も多く、ヤクザの兼業者もいないことはない。そこで、田岡組長が組員に「正業を持て」と繰り返しハッパをかけた事例を出してこれるのが作者(頁070)司忍組長が大分水産高校なのは前章で記載。で、身体が疲労の極限に達し、帰路ハーレーがタクシーに追突して任意保険は三日前に切れていたと(頁052)密漁アワビが並べられてるのを確認してこの章はおしまい。

第3章 北海道 “黒いダイヤ”ナマコ密漁バブル

⇒無灯火で潜水限界ギリギリ作業なので事故が起きると生死の危険続発だとか。誰でも獲れるナマコが中国という売り先を得て、「黒いダイヤ」となり、それまでのカニやらウニやらとは、従事する人間がまるで違う異作業に突入したとあります。ウニはかさが張って軽いので儲からず、もう誰もビジネスとして密漁しないんだとか。

 下記の時代は、まだ中国が竹のカーテンの向こうというかGDP二位の大国ではなかったので、西欧主導でないオルタナティブな経済もあります、みたいに牧歌的に書かれてましたが、時代は変わった。オルタナが主流に。鶴見良行のこの本も本書の参考文献にあります。よかったなぁ~♪

ナマコの眼 (ちくま学芸文庫)

ナマコの眼 (ちくま学芸文庫)

 

 『サカナとヤクザ』では、日本以外にも、エクアドルが中国向けナマコ密漁乱獲でほぼ獲り尽して、ガラパゴス諸島で密漁を始め、もし止めようとするなら天然記念物のゾウガメを虐殺すると威嚇した世界的な事件が紹介されています。

https://images.huffingtonpost.com/2015-07-30-1438215043-2113491-10-thumb.jpg

https://www.huffpost.com/entry/new-cucumber-conflict-in_b_7900052

このニュースは"sea cucumber war"で検索したら出てきたのですが、どこまで書いてあるか不明。

参加型ナマコ調査 | ガラパゴス諸島海洋環境保全計画 | 技術協力プロジェクト | 事業・プロジェクト - JICA

 頁116に、検察が押収した密漁用具を競売し、密猟団が買い戻すという笑い話があります。売り先の中国の税関も押収品を税関前に並べて即売会やってますが、北海道はおおらかで、ほんとでっかいどーだなーと。ナンパAVといえば北海道みたいな時代もあった。

 頁122で、密猟団のマラドーナと呼ばれる男が主催する宴に招かれ、歓談し、カラオケで友部正人の密漁の夜という歌を熱唱して、こんな仕事長くやると精神を蝕むとか性格の悪い奴は密猟団は出来ないとか熱く語ります。なんでマラドーナなのか書いてません。コカインでもないだろうし、神の手としたら何の比喩か。あるいは顔と髪型が似てるのか。

密猟の夜 - 三上 寛 - YouTube

第4章 千葉 暴力の港銚子の支配者、高寅

⇒ここは全面大宅壮一文庫に頼ったのではないかとも思える章。現在の銚子は健全であると一行で終わらせているので、大人の事情があったのでは勝手に思ってしまいます。次の章同様、過去の記録をたんねんにたどった上で、現在を検証するルポのはずが、後半バッサリカットの可能性。どうでしょう。

 菊池秀行の弟さんのエッセー(これも小学館の本)で、幼少期の銚子のまちの猥雑な賑いなどが引用されています。それとはちょっと違うんですが、頁151、暴力団共産党(漁師の労働組合を設立)の抗争の場面で、漁師側の代表者が白土という人だったので、三平の縁故者かといっしゅん思ってしまいました。本名岡本だから、違う罠。でも、ペンネームの陰に、この白土さんがいたら面白いですね。組合設立は昭和21年。白土三平カムイ伝休止後、長いこと千葉の印旛沼とかあの辺で遊んでたし。なんかあったらおもろいです。私が知らないだけか。法政大学で調べれば分かるんだろうか。

第5章 再び北海道 東西冷戦に翻弄されたカニの戦後史

⇒サケ・マスと書いてケイソンと読む、「鮭鱒」というジャーゴンでまず読者は吞まれます。

https://kotobank.jp/word/%E9%AE%AD%E9%B1%92-488985

 次に、「タケノコ入りバターライスにカツレツをのせ、ドミグラスソースとかけた」(頁171)エスカロップを筆頭に、オリエンタルライス、スタミナライスなど、好況活況を背景に、豊かな食文化が現出したことがレポートされます。

news.mynavi.jp

 頁189。大宅壮一文庫には「レポ船」という項目があり、沢木耕太郎本田靖春、西木正明らそうそうたるお歴々が記事を書いていたとのこと。曾我陽三というカメラマンの人の北方領土潜入記など、今の自己責任時代だと発表後どういう扱いになるのか、成功しても叩かれるんだろかと思ったりしました。

レポ船の海 北方領土潜入の記 : 1982-03|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

 サワキ以下の面々のうち、塩田潮という人だけ知りませんでしたので、読もうかと思いましたが、どうにも食指が動きませんでした。

『サカナとヤクザ』が主に参照して、21世紀の現代、そのイニシャルトークや仮名の実名を突き止め、再インタビューして、検証を試みているのが、道新記者だった本田良一という人の『密漁の海で』という本です。凱風社刊。

218

(前略)特攻船に目を付けたのは暴力団だった。『密漁の海で』で本田は根室のヤクザを「働く暴力団」と表現している。汗水垂らし、体を動かす労働を避け、顔で稼ぐのがヤクザの美学だからかなりの皮肉だ。

頁224

 特攻船はレポ船同様、国内に被害者がいない。加えて、見返りに日本の情報を提供するような後ろめたさも皆無である。正面からロシアの監視船と渡り合って、不法に占拠された我々の海からウニを持ち帰ってくる。ソ連という大国に翻弄され続けた根室市民の眼には、それは胸のすくような反逆に映ったかもしれない。

 現在はロシア船団が密漁の主力となって、ロシアの国境警備隊の眼をあざむくため、アフリカのトーゴ船籍やシエラレオネ船籍に偽装し、日本の海でもなんでも密漁に特攻し、その背後には日本の水産企業がいるんだかいないんだか(頁249)、ただそれらの商品が流れる先はやっぱし中国で、日本のテレビでスポットCM流すテレビショッピングのバイヤーは中国東北地方でそれらのカニなどを買い付け、どうですこのロシア産のカニ、身が詰まってておいしいですよとか、実質日本海カニを手に笑顔でぺらぺらしゃべったりしてるんだとか(頁230)

 ただ、ロシア人の主力はあくまで漁師で、ロシアンマフィアというのは、正業のシノギには手を出さず、由緒正しく脅してカスリをとってくだけなんだそうです(頁242)逆らったら一万円で人殺し請け負う奴とかバンバンいるから普通に命がないとか。

 作者は北海道ロシアコネクションに潜入するため、札幌の大学(北大ではなく私立大学)のロシア語学科周辺で現地通訳をスカウトするため網を張ります。

頁253

「君たち、ロシア語しゃべれるの?」

「えー、超無理ゲー」

苦闘の末、ススキノで岬ちゃん(仮名)をゲットするのですが、男か女かも分かりません。作者のタイプみたいな感じなのですが…

第6章 九州・台湾・香港 追跡!ウナギ国際密輸シンジケート

⇒香港の中間施設に入れたのが戦果とか、台湾の稚魚漁は儲かるので後継者難とは無縁とか、いろいろ書いてあります。中国大陸の黒社会潜入は最初から無理ゲーなので諦めています。計画検討すらしていない。

 まあ巨額の金が動く巨大産業巨大市場なので、それで完全養殖の研究が前進しないのかしらと思ってみたりしました。ウナギ食べないからいいんですけど。大事なのでカラーで書きました。

 スペインのウナギ祭りで天然ウナギをただ焼いてレモン汁で食べて、カバヤキは偉大だと思ったそうです。

 …あとがきで、獲ってきたものを並べて、値が釣り上がってく従来の鮮魚市場は、もう曲がり角じゃないかと書いています。初セリ以外ではまず値が上がらず、頭下げて業者に買い取ってもらうんだとか。ニュージーランドの下げゼリの例が書かれていて、ニュージーランドは、最初の価格からどんどん値段が下がって、だれも入札せずに最低落札価格まで落ちると、輸出しちゃうんだとか。まず輸出ありきの国で、国内市場向けはそれ以上の価格で買ってくれる人だけに売るシステムなんだとか。それのどこがよいのか読んでもさっぱり分からない私は頭悪いんでしょうか。ええ、そうです。海外価格はポートフォリオ組んでるので値崩れしないんだとか。ヤクザ専門ライターも、金銭面に頭が回らないと務まらないんだなと思いました。取材対象と切磋琢磨。

 書評では、取材元の仮名が多いのが残念とかありましたが、特に感じませんでした。推定密漁漁獲量が、市場流通量マイナス漁協の漁獲量(と輸入量かな)で簡単に割り出せるのに驚きました。おっきいですね。アジフライまで枯渇しないでね。お願いします。以上

(2019/6/24)