『露伴全集 第七巻 小説七』読了

露伴全集 第7巻 小説 7 (岩波書店): 1978|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

全四十二巻のうちの一冊。昭和二五年十一月三十日一刷。昭和五三年八月十八日二刷。読んだのは二刷。借りては返し借りては返しし、昨年から今夏まで半年以上かかって、やっと読み倒しました。いやー読み終えることが出来て良かったです。

明治二二年の「露團〃」と、同年開始で第十四回で中絶、明治三四年に堀内新泉との合作として刊行された「雪粉〃」と、明治二四年の「いさなとり」収録。

高田保『ブラリひょうたん』で、『雪粉〃』がシャクシャインの乱を描いた小説だと書いてあったので読みました。露伴全集はKindle集約版(57篇を電子化)もありますが、本書の三篇は現時点(一月末の下書き時点)でまだ未電子化のようです。

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むかしの小説なので、今日の観点からするとどうのこうのだが、作者にアレな意図はないですよん、等のことわりがきをつけないと、電子化出来ない気がします。

(1)

『露團〃』は、富豪が娘の婿取りをする、ホラ話。与太話。富豪の名前がぶんせいむ。娘がるびな。婿候補がまず、しんじあ。ボストンが舞台ですかね。で、もうひとりの婿立候補者が田亢龍という支那人で、参謀が、吟蜩子ぎんてうしという雅号を持つ大陸浪人チックな日本人。まだ辮髪のあった頃なので、頁47、いのこの尾、頁57、豚尾とんびふりゝ、頁121、豚尾と書いてルビがちゃんゝ。

本文中、いちばん面白いのは各キャラ登場時の講釈で、しかし、例えば、頁22、びすまアく有りてるうてる無く、李鴻章ありて魯仲連なき今日、など、魯仲連が分からなかったので検索しました。

魯仲連 - Wikipedia

どこか引用しようと思います。とりあえず、巻頭の「例言」を打ち込みます。

例言

一 文章のつたなきは扨さてき、趣向は中〃りっとんさっかれいなんのそのとは、大きな嘘うそにて、實じつは種子たねのある手品てじななり。慧眼けいがんの讀者は早くも觀破くわんぱされつらん。

一 巻中兇悪勇悍佞毒ねいどく妖怪の男女なく、戰爭自殺淫猥いんわい偸盗ちゅうたうの事件なければ、興味もうすけれど、是れ此の篇の他を襲がざる所なり。

一 眞宗の御文章おふみを早く讀めば、更に尊たっとからず。外郎うゐらううりの臺詞せりふを遅く讀めば、甚だ味あぢはひなし。此の篇の地の文は、願ねがはくは遅く讀み給はるべし。

(中略)

一 素もとより遊戯三昧ざんまいの業わざなれば、談だん道徳に渉わたるも世を醒さますの力もなく、意卑劣を憎めども人を勵ますの勢いきほひもなし。唯〃ただ〳あはれと見給へかしと云ふも、作者の恆言きまりかや。

(中略)

一 巻中に東西名士の金言妙句を載すること鮮すくなからず。是れ君子に遺おくるに言ことばを以てするの微意のみ。看客かんかく若し讀みて金粉を惡畫に塗るとなさば、哀泣あいきふして古人に予われの不敏累るゐをなせしを謝せん。

(後略)

 (2)

『雪粉〃』は、シャクシャインの乱を扱った、ごっつい面白い小説でした。昔の小説なので、表現がいろいろと、今日の観点からするとどうのこうので、しかし作者にアレな意図はないですよん、と思います。白土三平カムイ伝第三部を描かないのに比べれば、これくらい、なんだ。カムイ伝第三部は白土三平逝去後にリチャード・ウーが描くと予言しますが、外れるかもしれません。

シャクシャインの戦い - Wikipedia

私はシャクシャインの乱アイヌ蜂起の五文字以上知りませんのでウィキペディアを読みましたが、小説では、シャクシャインとオニビシは盟友です。こないだNHKで見たハングレの番組でも、元格闘家と智略にたけた人物のコンビが出てましたが、そんな感じ。(ちょっと例えがおかしいかな)シャクシャインは、息子のほうのバーフバリみたいなキャラです。で、アイヌに禁じられた読み書きを二人に教える流浪の乞食僧、呑空というキャラがふたりに智慧の実であるリンゴを与え(頁177など)(これも例えがヘンかな)、前後してオニビシの妹でシャクシャインの嫁(美貌)が松前藩のゴロツキ現地駐在に狙われる、というのが発端で、番屋の連中を全員惨殺したがゆえの集団逃亡、逃散となり、話しは日本人好みの、故地を離れて流浪のロードムービーディアスポラとなり、シャクシャインとオンビシのもとに、その地の首長たちが大同団結集結して、蜂起を誓ったかと思うと、場面は一転して、例の算数の交易だかなんだかの和人の船が、ウンカのごとく津々浦々から湧き出てくるアイヌの船団に追われ、次々にやられてゆく様が小気味よく?続きます。

腕に覚えありの松前藩掃討隊隊長がアイヌの猛将に打ち取られる場面、その息子(色白美少年)が仇討ちのはずが逆に囚われて生きて虜囚の辱めを受ける場面、その彼を救うべく、人殺しのお尋ね者であるがゆえに樺太アイヌのふりをしてアイヌ側に潜り込んでいる和人が消し炭で手紙を書き、頁295、

天勾践を空しふする莫し、時に范蠡無きに非ず

と伝え、獄中の少年はその文を読んでうれしさにひっそり涙するのですが、私は越王勾践と范蠡の故事忘れてますので、ピンとこず、検索しました。

范蠡 - Wikipedia

高田保さんは、シャクシャインがハラキリなのは変で、史実と違うと書いてましたが、カムイ伝第三部が描かれないのに比べれば、それがなんなんだ。マキリというか、山刀、小刀でかっきってるので、まーいいんじゃないですかと。小説では、松前藩に騙し討ちに遭うのはオニビシで(酒宴のワナ、プラス、師の呑空を捕虜にしたので、解放してほしくば投降せよというブラフ)、全員死亡ですが、その後敗走するシャクシャインの、この場面が一番好きです。

第六十二囘

 沙良泉シャラセンは一氣ひといきに七八里の山道を走せ行きしが、折から夜は早三更の頃比ころあひに及び流石さすがに少しく疲勞つかれを覺えしかば、路傍みちのべの岩の上に攀ぢ上のぼりて肱を枕に身を橫よこたへしに、忽地たちまち鬼菱オニビシ等の一行この所に來たりて袖を引き、いざ起きられよ沙良泉シャラセン殿、今は徒らに眠ねぶりを貪むさぼるべき時にあらず、といふ。沙良泉シャラセンは悅ばしさに我を忘れて起きあがれば、何ぞ圖らんそは徒たゞ霎時交睫しばしまどろみし間の夢にして、見渡す山中墨色すみいろ爲して夜は森〃しん〳と深けわたり、眼下の山河やまかは夜嵐に咽むせぶ音のみ聞えたり。

鏑木清方記念館にもこんな絵があった気がします。日本武者の絵で。

(3)

『いさなとり』は、荒くれものの職業だから、まーこれくらいのことはあるだろう、という当時の楽しい連載講談小説で、出だしが実にゆるりとしていて楽しく、ラストは、打ち切りが決まって慌ててフタをしたので、予想はついていたけど、三行でおわらすなや、という小説です。よく読んだ私。自分をほめたい。

ゴールデンカムイに雪粉々が出て来てもいいし、カムイ伝第三部は実はゴールデンカムイだったでもいいのですが、しかし良く書いたなこんな小説、と。合作だそうですが、私が好きな泉鏡花の『義血侠血』(人力車と駅馬車のバトルレースから始まる)も合作ですし、それはそれでいいです。以上