「細い目」"SEPET" "Slit Eye" "单眼皮" 劇場鑑賞(シアター・イメージフォーラム 没後10周年記念 ヤスミン・アフマド特集 Yasmin Ahmad Retrospective)

f:id:stantsiya_iriya:20190809150913j:plain

始めて初めて観ましたが、ヤスミン・アフマド最大の問題作であり、衝撃作であると感じました。別にねー、華人とマレー系の恋ってこと自体のタブーに果敢に挑戦はいいんですけど、監督の実話ベースってことで考えると、これは恐ろしい作品だと思います。

f:id:stantsiya_iriya:20190809151301j:plain

上のチラシのカットは、グブラのワンシーンかもしれないです。この場面の記憶がない。「細い目」トイレに立った時間があったので、その間のカットかも。

監督が強引グマイウェイな人であることは、「ラブン」の強引な演出、家屋カットに会話をあててストーリーを進めてしまう点でも分かったのですが、この映画の、自分の体験は後ろ指さされるようなものではない、自分の恋は素晴らしかった、彼と過ごした時期は人生の大切な部分で、美しかった、を、ガーッと観衆に押し付けてくるパワーに、てんやわんやでした。

冷静に考えると、一青窈が若い頃台北の光華商場で倒版VCD売りの兄ちゃんに引っかけられたとしたら、これくらいの身分違いになるだろうな、てなストーリーで(一青窈はマレー系ではないですが)それをここまで「美しいの!美しかったの!」で攻めてくる監督の思いの強さと痛々しさに、胸を打たれる映画であることは確かです。これはえらいものを見た。

www.youtube.com

以下後報 【後報】

f:id:stantsiya_iriya:20190809231038j:plain

2004 第2作
細い目 Sepet
2004|カラー|107分|出演:ン・チューシオン シャリファ・アマニ
マレーシア・アカデミー賞グランプリ/東京国際映画祭最優秀アジア映画賞
香港の映画スター(金城武)が大好きなマレー系少女オーキッドは、露店で海賊版の香港映画ビデオを売る中国系の少年ジェイソンと出会い恋に落ちる。民族や宗教が異なろうと、彼等の家族は2人の恋を理解するが…。細い目とは、中国系の目が細いことをからかうマレーシアの言い方。
配給:ムヴィオラ 協力:一般社団法人コミュニティシネマセンター

Sepet - Wikipedia

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/en/e/e4/Yasmin_Ahmad%27s_Sepet_2004.jpg主演女優さんは、次作「グブラ」のほうがきれいというか、そっちを先に観たので、こっちのすっぴん(JK役だからか)は、監督もエライ指示出さはりますなあ、太陽が眩しい、と思ってしまいます。岡田准一の嫁が「賛成! 新しい生き方」と言いながら現れる感じで、童顔爆弾。

男優さんは、「グブラ」のエンドロールの時点で既に、"Ng Choo Seong"という名前が気になってました。タイの作家ボーダンの『タイからの手紙』にも"ng"という姓の潮州人が登場し、牡丹を訳した冨田竹二郎さんは潮州語辞典かなんかにあたって、"黄"の潮州語だか福建語だかの発音が「ン」であると突き止めたのですが、日本語で「ン」という苗字はない罠、と考え、「ウン」とルビを振ったそうです。それから諸星大二郎がオンゴロの仮面でン・バギを出し、ナニワの黒豹MBOMAがエムボマと呼ばれ、今年の水戸ホーリーホックの背番号四番はンドカ・ボニフェイスくんです。日体大卒。今回のヤスミン・アフマド特集のチラシでも、彼の名は「ン・チューシオン」と書かれる。

冨田竹二郎 - Wikipedia

DF4 ンドカ ボニフェイス Boniface NDUKA – FC MITO HOLLYHOCK | 水戸ホーリーホック公式ウェブサイト

tenshoku.mynavi.jp

ロンブー淳その彼が演じるジェイソンというキャラは、冒頭でいきなり國語というか普通話というか北京語で詩を朗読してます。何が何やらチンプンカンプンでしたが、インドの詩人だそうで、インドの詩人なんかタゴールしか知らねえよ、でも和尚とかそういう、スピリチュアルなインド人も漢語に翻訳されて出版されてるしなー、誰だんべと思っていたのですが、「グブラ」で彼の遺品を整理する場面がトレーラーに入っていて、本の表紙をもう一度確認出来るので、それで見ると果たしてタゴールでした。

ジェイソンは普段広東語なのですが、冒頭のその詩の朗読と、あと、オーキッドを口説く時、ボクらには縁がある、という時の単語には"缘分"の北京語読み、ユエンフェンを使っていて、台湾映画もそうだけど、なんでロジカルシンキングになると北京語なんだろうと思いました。それは、学校教育が北京語でなされるから。マレーシアでもそうなことは、「ムクシン」で分かります。

親友キョンがオーキッドに、自分は福建系であまり広東語が得意でないので、ジェイソンも広東語ネイティヴでないので助かる、みたいに言う場面は、観ていて思わず唸りました。どうでもいいけど、この人の名前は"阿强"で、"Keong"「キョン」と字幕で出るのもまたエラいことです。北京語には「キ」の音がなく、この人はアチャン。山東まで下ると、チャオズがギョーザになるように、「キ」「ギ」の音が出てくるわけですが。

話を戻すと、彼の母親はマラッカのニョニャで、父はババ・ニョニャ。華人なんだけど遥かむかしに祖先が中華から来たってだけで、現地同化が進んでる華人が母親。なので、父親が理不尽な唠叨を広東語でまくしたてても、母親はマレー語で返して、コミュニケイションブレイクダウンにしか見えないのですが、それでいて不思議と意志の疎通は出来ているという。山東省の回族にも、先祖がフィリピンのミンダナオから朝貢に来た王族の臣下で、王族が山東で死んで埋葬されたので、墓守に残った人々が、信仰以外周囲と同化して、回族となった人たちがいるのを思い出しました。ニョニャはその逆バージョンみたいに見えます。郁達夫のスマトラの現地妻(華人)もニョニャかにゃ~と思いました。

ほかのヤスミン映画感想でも書きましたが、字幕製作者と監修者の名前をメモっておかなかったのは痛恨事で、特にこの映画は、他民族の女性に性的魅力を感じて、多民族女性の尻をおっかけるタイプを、「チーシン」と表現していて、ちょっと北京語ではそう読めない難しい漢字迄きっちり字幕に書いていて、監修者仕事してるやん、ところで「チーシン」ってホンマのところナニ? と思って感想を書く段検索してみたら、ばばっと検索結果でまくって、ただの変わりもんのアホ、みたいな単語のようでした。

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

ヤスミンアフマド特集はべっこ京都のアカデミックな南アジア研究の京大でも行われたようで、そっちでは官話と広東語レベルで色分けもしていたようですが、潮州やホーロー語がもしあったとしたら、それも色分けしていたのだろうか、何色が何語か覚えきれず爆死するものも多々いたんじゃなかろうかと思いました。あと、翻訳のプロ≠字幕のプロですので、字幕の例の「中華ソバ」とか、砕けた口語を狙って成功してない例のようにも見えました。なんだろう原文は。ホッケンミー(福建麺)とかだろうか。

わすれな月2019 ヤスミン・アフマド監督追悼上映会(2019年7月)

色で見分ける多様な言語 多色字幕版『細い目』

官話と広東語で色分けが必要なのは、一にも二にもジェイソン一家の食事シーンです。「グブラ」では、オーキッドの気持ちが多少なりとも動く男性として、ジェイソンの兄のアレンだかアランだかを設定してるので、それなりのこざっぱりしたインテリ男性として描かれますし、嫁はもう別れていて、回想の中で美化されてるのか、メンツからいいように語られてるのか、それなりの人物像に思えるのですが、「細い目」の兄夫婦、特に嫁はヒドい。シンガポール人、と、字幕では一貫して紹介されてるのですが、言語は一貫して普通話で、シンガポール人だって日常は広東語だろう、特にこの家族はみな広東語理解者なんだから、サオズも広東語喋るのが自然なのに、なんでこの嫁は、誰が聞いてようと聞いてまいとお構いなしにべらべら壊れた蛇口のように普通話、官話、北京語を喋りまくるんだ? と思いました。日本の農家に嫁いだ中国嫁とか、その中に、病んで娘の同級生を車内でアレした人とかを思い出しました。シンガポール人じゃないだろう、シンガポールは大陸からの優秀な人材を移民として募集してるので、それにコネでのっかったが、実力がないことが早晩露呈したので、送還される前に婚姻の形式で海外に居残ったとか、そういう女性なんじゃないか? 絶対シンガポール人じゃない!!! シンガポールに国籍変更した大陸人だろう!!! と思いました。舅が広東語であれこれ偉そうに文句ばかり言って、姑がマレー語で言い返して、その横で止まらない北京語の愚痴をえんえん言ってる兄嫁、サオズ。そんな夕食は嫌だ。

www.youtube.com

この映画は、この動画ではないですが、Sam Hui (許冠傑)という人の広東語の歌でオープニングロールが始まるのは同じです。ここでいきなりやられてしまいます。かわいいので。で、ネタバレ後半、ジェイソンはやっぱたいしたことない偽VCD売りの兄ちゃんで、広東マフィアのボスの娘を妊娠させてしまいながら、英国留学が決まってるオーキッドのことも追いかけ続けてしまうという、非常にだらしない👨ぶりが全開フルスロットルなのですが、それを監督は、むりやり美しい思い出に仕立て上げようという、その力技とむなしさに、ただただラスト十数分、茫然となります。マフィアのボスの娘が、またブスなんですよね。「グブラ」の旦那の浮気相手のラティファはまだ日本人みたいな顔立ちですが、「細い目」のボスの娘のブタッ鼻は、すげえと思いました。マレーシアの樹木希林になれる。

で、この娘はジェイソンの子どもなんかイラネで中絶するので、オーキッド、二人の恋にもう障害はないんだよ、とジェイソンは空港に向かうオーキッドを追いかけ、オーキッドとそのママは、手紙を読んで涙するのですが、これ、おかしいだろう、なんで許せるんだ? と思いました。

ヤスミン・アフマドの映画は、多民族国家マレーシアを活写しているようでいて、インド系の登場は「タレンタイム」まで待たねばならないのですが、この映画は例外的に、インド人の屋台が、マフィアの抗争発砲を、悪いやつらはタヒね、庶民にゃ関係ない、とごちる場面があります。珍しいと思いました。

以上

(2019/8/16)