『日本売ります』(ハルキ文庫)"NIHON URIMASU" by KOMATSU SAKYO ( HARUKI BUNKO )読了

世田谷文学館小松左京展で、『紙か髪か』という作品を吉田健一が書評欄で褒め、デビューしたての小松左京はそれがとてもうれしかったので、当該記事を切り抜いて保存した、その現品が見れまして、それで、その作品は未読でしたので読んでみたくなり、検索すると、本アンソロジーに収録されてるようなので、借りました。下記編者が、小松左京の短編を、①宇宙SF②時間SF③本格SFの順で編んで、その次に編んだ④ユーモアSF短編集です。解説によると、同時期に刊行されたケイブンシャ文庫『小松左京ショートショート全集』全三巻とは、数編を除いて重複してないので、そっちもよろとのことでした。

日本売ります (ハルキ文庫)

日本売ります (ハルキ文庫)

 

 装画●永畑風人 装幀●芹澤泰偉 編者解説 日下三蔵 解説に、各短編の初出も明記されています。

日下三蔵 - Wikipedia

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日本売ります」1964…前世紀、中国ではすべての土地は国家の所有だから、国有地しかないはずで、じゃーそこで不動産取引ってなんやねん、土地使用権を取り扱うねん、という話を聞いてもイマイチぴんと来なかったのですが、実際に中国の不動産投機やバブルは、無尽蔵に土地があるはずなのに沸騰しましたし(当初は邱永漢も、日本のような投機的買い占めをしても値上がらないと弱音吐いてました。私はうっかりそれを信じてしまった)、その概念を先取りした小説。なんぼなんでも借地権はあるし国有地はあるしやで、そない日本国全土全部一切合切いけるわけおまへん、ちゅうてたら足もとをすくわれた話。財源が、宇宙から無尽蔵の金やダイヤなどを持ち込んでってことで、地球上の総量は増えてしまうのですが、それで小説の中では金の価値は下落しないので、実際やってみてもそうなるのかしれません。

紙か髪か」1963…出だしの語り口が、如何にもケニチ先生の好きそうな、持って回った言い回しで、ホントにケニチ先生好きだったのだろうと思いました。何も語っていないのに、引き込む力がある。曰く、大急ぎで読んでほしい。でも読み終えられるか保証しかねる。なら結論から云えと言うか、しかし順を追ってしか話が出来ないタチなので、順を追って読んでくれ。あなたが読み終わることが出来ますように。衷心から祈っとりま。みたいな。それで、まだ洋酒が高かった時代に、主人公一味はジョニ黒を切らしたことがなく、そのジョニ黒を飲みもって幕が上がるので、気に入らないわけがないと思いました。

ダブル三角」1963「機械の花嫁」1968「宗国屋敷」1966…女性の権利拡張、社会進出を背景とした、男女逆転などの近未来もの。体力的な差分が、やすやすと筋トレで乗り越えられるなど、無茶だろと思う部分あり。その後現実として、女性の労働力だけ取り込まれて、少子化が促進されたという歴史は予想のカケラもありません。

墓標かえりぬ」1963…カルヴィーノの『まっぷたつの子爵』のようでもあり、イタロの作品に比べると、政治や社会のメタファーはないかと存じます。

三界の首枷」1963…エスパー家族もの。と書いた時点でもうネタバレ

女か怪物ベム」1963…惑星ソラリスアル中バージョン。

四次元トイレ」1965「四次元ラッキョウ」1966「四次元オ  コ」1974…三大噺のように見えて、最後の話だけ力の入れ方が異なる。

頁229「四次元オ  コ」

「ほんに……そやけど血が一滴も出てまへんで。ひょっとしたら、あんた最初からないんとちゃう? それともカルーセル麻紀のむこうをはってとってしもうたか……」

「そんなんとちがう。とにかく早よ医者呼んできて」

(中略)

「あのな、マネージャー……」

「へえ」

「ちょっと人を走らして、四ツ橋の電気科学館まで行て来てほしいんやが……。あこの宿直室に、プラネタリウムの面倒見てる天文学者が今夜とまっとるはずや。急いでよんで来て」

「へえ…あの…天文学者よんで来てどないしまんねン」

「ええから、早よ呼んで来て」

(中略)

「あのな、マネージャー……ちょっと夕陽ヶ丘へ使い走らせてんか。--この住所にこれこれという物理学者が住んではる。大学の方へ出ていかはって、いずれはノーベル賞ももらおうというえらい学者や。その人にちょっと私が御足労ねがうと……」

「へえ……あの……物理学者……どないなっとんねン、ほんまに……」

(中略)

「あのな、マネージャー……阪南住宅の方に、わしの知りあいの、繭村卓次というSF作家がすんではる……」

「え?--よういわんわ、今度はSF作家でっか?」

「いや行かんでもよろし。そこへ電話かけて、わしの名を言うて、ちょっとおこしをねがいたいと……」

(中略)

「あのな、マネージャー……」

「ほーら、また来よった。今度は誰よびまンねん。知事はんかキッシンジャーでもよびまっか?」

「いや、のどかわいたさかい、水一ぱいよんでんか」 

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頁233「四次元オ  コ」

「ほんまやったら、この二字アキの中に伏字の××がはいるんやが、それが別の宇宙へ行ってしもうたから、こっちにのこっとるのはオとコだけや」

「ようそんな気楽な事言うてはる。お宅、出は関東でっか? 関西やったら、×は一字だけでっせ……。それでわたいの息子はどないなりましてん?」 

 オチもダジャレです。ヨコジュン鯨統一郎田中啓文…なんとなく並べてみましたが、こういう小噺の系譜としてあってますでしょうか。

蜘蛛の糸」1965…ふつうに古典パロディ。

仁科氏の装置」1965…ふつうにシュール。

コップ一杯の戦争」1962…ふつうに酒場放浪記。いや、吉田類が間違っても行かないような、ツマミが乾きものしかないような飲み屋。しかもそれも種類切らしてる。

サラリーマンは気楽な稼業……」1962…近未来社畜戦記。

模型の時代」1968…3Dプリンターが出た時、強度を何も考えないで、何でも作れると言ってた人たちを思い出します。

ぬすまれた味」1965…奪うのではなく共有する方向で考えればよかったのに。

地球になった男」1966…小松左京、イヤになるほど通勤経験あったのかな。

カマガサキ二〇一三年」1963…サンコミックス山上たつひこ『光る風』三巻に漫画版が収録されているので、漫画で知っている人も多いかと思います。私もその口です。今考えると、諸星大二郎の「COM」掲載のデビュー作?自販機ものも、シンクロしてたなと思う。作中の時代から、もう七年も経ってしまったんですね。西成を舞台にしたエッセー漫画が秋田書店掲載だったのも、山上たつひこのこの作品の漫画化と関係あったんだろうか。

頁346「カマガサキ二〇一三年」

「タメタメ!」とその若い男はいった。「ポクも乞食よ」

(略)

「ここの景気、トウテスか?」

「どこもかしこもベタに悪いわ」と俺は答えた。

「お前ケッタイな言葉つきやな、一体どこから来た?」と兄貴はきいた。

「ああ、ポク?」その男は、ぶっこわれたスクーターみたいなものをふりかえった。「あのタイムマシンにのって、五百年先の世界から来ました」

 俺たちは唖然とした--五百年後にも、まだ乞食がいるのか?

(略)

「あんた言葉おかしいけど、アチラ系の人か?」

「トンテもない。これ二十六世紀の標準語。日本語、外国人の影響受けてかわります。ポクこう見えても大学出のインテリよ」

 いしいひさいちの地底人とどっこいどっこいの未来語やんなと思いました。

平等ではひとりひとりに行き渡る分が…というお説が出ますが、搾取、中抜きがあるからやろ、という反論がない小説です。作者の立ち位置がそこなのか。

フラフラ国始末記」不明…初出不明なので、実在の人工島国家とどっちが先か分かりません。

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頁368「フラフラ国始末記」

 ぼくと高島は、まず必要と思われる仲間をリスト・アップした。--いざという時、おもしろがってのってくれそうな人物、冷静で頭の切れる人物、やり出したら最後までつきあってくれる人物、そういった詮衡基準の上にたって、できるだけ広い専攻科目の範囲にわたってえらび出す。感情的で、頭の弱い、逆上しやすい人物は極力避けた。--頭の弱い人間にかぎって逆上しやすく、こういう連中は、利用するのにはいいが、そのあと、始末に困る。そして、ぼくたちはまだ、「人を利用する」ほど、人が悪くなかった。 

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冒頭は日本人主体なのですが、何故か独立宣言後は、白人ばっかりがセリフをしゃべりネゴシエートし、日本人は傍観者になります。レックスなんてキャラ、どっから出たのかと、頁をめくって初出が頁379に遡るのを確認したりしました。オチは、吉里吉里人の五百倍キレイ。

サマジイ革命 題名の一番上にスの字をつけてもつけなくてもご自由です」1969…解説でも一部、人名が実在の人名のパロディである旨書いてありますが、たぶん全員実在すると思われるので推測してみました。

・野崎猩々:黒眼鏡のアル中なので、野坂昭如かと。

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・矢先気障也:回文雑誌「拾得話特集」を出していたそうで、回文の名前。矢野徹出崎統?といろいろ考えましたが、分からず。

・馬場マリコ加賀まりこ

・短古細:分かりません。

・横寝只乗:横尾忠則

・カプセル穴広:カルーセル麻紀

・樽柿螢:稲垣足穂

助六英:永六輔

・駒木咲夫:小松左京

・もと建築家の喜照:黒川紀章

・井筒康降:元曲木賞落選候補作家(頁423)解説参照。

・干梅一:干さん。身長一メートル八〇。「キ綬宝章」貰い損ね(頁424)解説参照。

・小和藤田まこと藤田まことと誰かのハイブリットだと思います。和田誠かな。

SF作家の内輪ねただけでなく、放送作家つながりの世界のひろがりがあり、大尽が両者の接点になっていることが見てとれます。とれないかな。

本邦東西朝縁起覚書」1965…冒頭、吉野郡は大台ケ原から大峰山、大塔、十津川の村々にかけてなので、奈良県の南半分で、奈良県は大半吉野であるといえる、とあり(頁434)実はスンナリ納得しました。

頁464、深夜便の飛行機で関西から東京に帰りたいとあります。伊丹、当時は夜間飛べたんでしょうか。

頁477にフェリーニの「甘い生活」が引き合いに出されます。未見。

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頁480に、北朝一〇一代称光帝に皇子なく、持明院統は崇光院系貞成親王の御子をもって第一〇二代を践祚したが(後花園帝)貞成親王はその父栄仁親王の実子でなく御養子で、貞成親王の実父は不詳ということになっているが、実は足利三代将軍義満の実子です、との説が書かれていますが、これは、熊沢天皇を調べた人ならみんな知ってる説です。この小説は、源義経烏天狗たち、役小角と天のナントカ舟の助けを借りて現代に蘇った後南朝北朝と戦後日本政府に戦いを挑む話なので、陽明学者蕃山熊沢後裔の天皇はよく引き合いに出されます。平田篤胤がインタビューして仙界異聞に書いた神隠し少年も天狗として登場しますし、出だしはなんとなくハムナプトラみたいです。1969年に小松左京ハムナプトラ見れたわけはないので、レイダースかもしれない。(^ω^)

頁487、そもそも天子はんは東京に奠都してないやん、内裏のない御所は御所やおへん、と書いたあります。21世紀もいえばいいロジック。

こういう小説もあるので、筒井康隆が『東海道戦争』(1965年)書いたかて、文壇から抹殺されるなんてあらへんやろ、安心しよし、みたいな話だと思いました。いたわりと友愛。以上