『白昼堂々/死者におくる花束はない』"Daytime dignified" "There is no bouquet to come to the dead"(結城昌治作品集4)読了

白昼堂々 死者におくる花束はない (朝日新聞社): 1974|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

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装幀者 栃折久美子 

結城昌治サンは1927年生まれですので、1974年はまだ47歳。もう作品集全八冊出さはった。

『白昼堂々』は、昭和40年6月から12月まで週刊朝日連載。北九州から全国を荒らしまわった万引団を描いた小説。万引団は実在し、作者は昭和34年日本橋三越で彼らが一斉検挙された際にその存在を知ったが、あくまで着想のヒントとして、イメージづくりのため現地に行ったが取材はせず、まったく空想で本編を書き上げたとの由。連載終了後まもなく、またもや実在のほうが13人検挙され、小説とちがって、現実には、元手いらずの商売はなかなかやめられないものなのかと、昭和41年のこの小説のあとがきで嘆いています。昭和49年の作品集の「ノート」と題したあとがきで、その後も実在のほうはなかなか活動をやめず、捕まった時にこの小説の名前を出して、自分がモデルであると言ったので作者に照会が来たりしたそうです。また、ある新聞が、この村に行って、「泥棒村潜入記」というルポを連載したそうで、作者に村民からクレームが来たとか。どこの新聞か書いてほしかったです。ウィキペディアによると、

1977年にNHKでドラマ化されたが、放映直前に問題が生じてお蔵入りした 

結城昌治 - Wikipedia

だそうです。スリをやってた連中が、スリは熟練の技巧が要求されるので、なかなか誰でも出来るものでもないし、反射神経の衰えがあるので、いつまでも出来るものではない。じゃー万引きはどやさ、というわけで集団万引に鞍替えして、という話。刑事さんが、アルゼンチンバックブリーカーじゃないですけど、階段で上から落ちてきた人を背骨で受け止めて、気絶するほどの衝撃だったのに、痛みを覚えながら勤務し続ける展開は、いやーどっか悪くしてなければいいけど、と思いました。結城昌治サンの人物の会話は、けっこう面白いのですが、前に読んだゴメスのふろく短編から引き写すの忘れました。本作から一ヶ所寫します。

頁127

「デパートへつれてってくれるというので、何か買ってくれるのかと思って損しちゃったわ」

 多代子がふくれるのは無理もなかった。

「今まで、おれが買物につれてきたことが一度でもあったか」

「ないわ。だから珍しいと思ったのよ」

「期待しなければがっかりしないで済んだ」

「期待しなかったら、初めからついて来なかったわ。へんな付けひげをして、ご近所の人に会ったら何て言っていいか分からないじゃないの」

「分からないときは黙っていればいい。これも仕事のためだ」

「あたしは刑事じゃないわ」

「その代わり刑事の妻だ。魚屋の女房には魚屋の女房の苦労があるように、刑事の女房には刑事の女房の苦労がある」

「でも、結婚するときはそんなこと言わなかった。決して苦労させないと言ったはずよ」

「おまえはどんな苦労でもすると言った」

 部長は譲らなかった。 

 こんな感じです。

『死者におくる花束はない』は、たぶん1962年の作品。初出は書いてません。佐久(FMヨコハマであっそ~れと言ってる人ではなく)と久里十八シリーズの第一作だとか。『ヒゲのある男たち』の郷原部長刑事も出ます。E・S・ガードナーがA・A・フェア名義で書いた、バーサ・クールとドナルド・ラムシリーズのようなシリーズものを目指したとのこと。どんなのか分かりませんので、一冊読むことにします。でも田村隆一訳のをチョイスしてしまったので、不安。また、本書「ノート」で、作者は独自のハードボイルド論を展開していて、そこに出て来るダシール・ハメット『血の収穫』は、禁酒法時代を現場から描いているそうなので、読んでみます。

『死者におくる花束はない』の主人公は、フリーの私立探偵で、生き方に一本スジを通そうとしてるのですが、女性に次から次へと言い寄られても行動しませんし、ケンカのプロに立ち向かう時も、あるのは勇気だけです。こう見えて格闘技の達人であるとか、無類の喧嘩上手であるとか、そういう要素はありません。あくまで邦文ハードボイルド黎明期のプロトタイプのひとつ。お姉ちゃんにもてて戦闘に強いという属性は、やはり必要条件だろうなあと、本書のやせがまんを読んで思いました。

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作品集なので、各巻月報がついています。丸谷才一が、「彼は泥くさい社会正義を決め手に使うことをしない」と書いてるのに対し、栗田勇は「彼の作品が、弱い者の側に立つ社会正義という方向へ向っているのはそのためである」と反対のことを書いています。

栗田勇 - Wikipedia

武蔵野次郎 - Wikipedia

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第63回直木賞受賞の折、式場にて荒垣秀雄小松左京の両氏と談笑する結城昌治氏(右)

なぜか小松左京の写真。

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洋上大学の船内にて。(右端から川添登栗田勇結城昌治、水野正夫、小松左京の各氏)

ここにも小松左京。この洋上大学では、鳥のすり餌程度しか食事しなかったそうです。『死者におくる花束はない』の主人公も、あんま食事してないです。ハードボイルドとはそういうものなのか。

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「白昼堂々」映画化の際、松竹大船撮影所のスタジオで。(向って左から四人目、結城昌治氏)

NHKのお蔵入りドラマを映画と間違えたんだろうかと思ったら、ちゃんと映画化もされてました。

www.shochiku.co.jp

主演:渥美清 以上