徳間文庫問題小説傑作選3『男たちのら・ら・ば・い』でこの人の小説を読み、面白かったので、ほかのも読もうと思って読みました。


この小説はいろんな版があるようで、これは最初の早川書房版の次と思うのですが、ウィキペディアには見えません。
カバー・デザイン 辰巳四郎 本文・カット 上矢 津
本文カットは下のような絵。
ゴー・ディン・ジエム(本書の表記ではゴー・ディン・ディエム)政権下の南越南を舞台にしたスパイ小説。しょうじき、それほどというか、何が何やらでした。舞台はどこでもよかったんじゃないかなあ。商社マンの前任者が謎の失踪を遂げ、主人公の周辺でも夜道の発砲殺人やバスルームの絞殺が次々と起こり、どうやら背景には錯綜するサイゴンの政治事情が絡んでそうな… てなお話。
主人公はフラ語の出来る商社マンという設定で、現地との会話はほとんどフラ語ということになっています。吳廷琰時代ということで、英語化進んでる気がするのですが、まだまだフラ語が優勢なのか。でもそれでキーワードがスペイン語のゴメスって、ないよなあと。フィリピンを舞台に初期稿を書いて、途中でベトナムに変えたわけでもないでしょうに。フランコ政権シンパと人民戦線残党の対立が水面下で熾火のようにちかちかまたたきつづけたスペインを舞台に何か書こうとして、むりやり舞台をタイムリーな南ベトナムに変えたとすると、辻褄が合う気がします。
フランス人のゴメスさんを検索すると、エリゼ宮の料理長で、キンペーチャンを招いた晩さん会で、酷評される料理を供したナイスガイが出ました。
『男たちのら・ら・ば・い』に収録された他の作家、逢坂剛サンは、スペインを舞台にした下記小説が有名ですし、佐伯泰英も時代小説で当てるまではスペイン語圏を舞台にした小説にこだわってました。本書も、シロッコとかそういう世界を念頭に置いた、乾いた会話が特徴だと思います。ニョクマムがかおる会話ではない。
ベトナム語は、あいさつとして、「チャーオン」ということばが出て、"chào anh" 私が読むと、チャオアンヌ、って感じでしょうか。それしか出ません。チョロンはショロンと書かれていますが、私もどっちが正しくてどっちが他言語訛りなのか分かりません。グエン・バン・チューサンは出ません。
小篇集と題して、ゴメス以外に『蝮の家』『孤独なカラス』『絶対反対』『雪山讃歌』『あるフィルムの背景』が収められていて、こっちのが、徳間文庫で読んだこの人のテイストに近かったです。特に最後の作品、『あるフィルムの背景』は、三島由紀夫『百万円煎餅』との視点の違い、見事なまでのラストのうっちゃりかた、肩透かし、浴びせ倒しが見事でした。『蝮の家』は、筒井康隆がネチネチ書いて読者に見せつける人間の気持ち悪さと、論理的な犯罪には毛ほどの関連もないという作者の考えがよく分かります。『孤独なカラス』は、やはり「異常」についての話。ファンタジー。『絶対反対』はショートショート、『雪山讃歌』も、こまたの切れ上がったオチで、しかも舞台が冬の丹沢なので、秦野に降りるか渋沢に降りるかみたいな記述が親近感を催しました。






『アラブの赤と黒』は、何故か古書店のゾッキ本で買ったことがあります。音楽目的でイタリアに留学したが芽が出ず、さりとて帰れず、生活に窮して日本人商社マン相手に売春する留学生崩れの女子学生が出てきて、なにこれと思った気瓦斯。




以上