『きつねのホイティ』シビル・ウェッタシンハ さく まつおか きょうこ やく(世界傑作絵本シリーズ)"HOITY THE FOX" by Sybil Wettasingha Japanese text by Kyoko Matsuoka 〈World Masterpiece Picture Book Series.〉"හොයිටි නම් හිවලා" සිබිල් වෙත්තසිංහ මැට්සුඕකා කියෝකෝ〈ලෝක කලාකෘති පින්තූර පොත් මාලාව〉読了

丹野冨雄『南の島のカレーライス』にシビルサンの『かさどろぼう』が出て来て、ほかのシビルサンの絵本も読んでみようと思いました。最初は自伝エッセー『わたしのなかの子ども』"Child in Me"を読もうと思ったのですが、気が変わった。『わたしのなかの子ども』訳者(本書と同じ松岡享子サン)あとがきをぱらぱら見ていて、シビルサンの作品は海外でも特に日本で人気があるとあり、へえ、じゃあその中で人気作は特にどれだろうと図書館蔵書を見たら一発でした。本書です。だから本書読みます。

www.ehonnavi.net

地元の図書館と分館だけで八冊蔵書があり、読み聞かせのコーナーには必ず開架本があり、私が貧血で館内の椅子に座って本書をぺらぺらめくっていると、隣を通り過ぎた子どもが表紙を見ただけで吸い込まれたように魅入られて、目が離せなくなっている。とにかく大人気本ですね。なぜ幼児の心をとらえて離さないかの分析は容易だと思いますが、書くとどこかに雲散霧消してしまうので、自分なりの考えをこの下の方に書くかどうかは現時点では不明です。

タミル語ウィキペディアの項目のどれが本書なのか分からないので、タミル語は割愛です。そもそも本書のタミル語版があるようには、日本語版にも英語版にも書いてない。シンハラ語版はあるはずなんですが、シビルサンのシンハラ語ウィキペディアはまともに作品リストをつけていないので、画像検索で探しました。

හොයිටි නම් හිවලා

シンハラ語版表紙(部分)

私が読んだのは図書館本なのでカバーはビニル包装の関係で切られていて、別途カバー折に何か書いてあるかは確認します。しかしそれより、本書は見返しのイラストがとにかく素晴らしいので、まずそれをここに置きます。

さて、今日もいちにち家事仕事を始めようかね、という左のイラスト。素焼きの壺をえっちらおっちら運んで来ます。つらいとか楽しいとかでなく、それが私の人生だから。左の下のバイオリンの出来損ないみたいな機械はヒラマネヤといって、椰子の実を削って繊維をとり出す装置だそうです。

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『わたしのスリランカ』මගේ ශ්‍රී ලංකාව என் இலங்கை "My Sri Lanka" by Nakamura Reiko நகமுரா ரெய்கோ නකමුර රේකෝ 中村禮子 読了 - Stantsiya_Iriya

中村尚志サンのパートナー、中村禮子サン『わたしのスリランカ』にもこの機械のイラストは登場するのですが、具体的な使い方が分かりませんでした。丹野冨雄サンの本『南の島のカレーライス』には使い方が書いてあり、かしゃぐら通信版の増補改訂版だとイラストも追加されてるのかもしれませんが、そこまで目を通してません。上の右、オークワフィナなみにねこぜのイラストは、椰子の汁をなんか竈の熾火にこぼしてるように見え、灰と混ぜ合わせると化学変化起こすのかしらなどなど想像しましたが、正解は不明です。

見返しの、ヒラマネヤの使い方。どかっと腰をおろして台座を固定し、そんでギザギザで果肉や繊維をえぐるようです。これ、作業やりやすいのかなあ。謎。

頁14ではヒラマネヤの上にねこが乗っています。

唐箕で籾の中のゴミを風に飛ばしたり、臼と杵で穀類を搗いてる場面。

たぶんこれは、穀類の中に混じった小石を溝に挟んで取り除くマシーンではないかと。二人で作業してるので、一人ではキツい作業なのかもしれません。(ただたんに石臼で穀類を挽いてるだけかもしれません)

ふるいでさらに穀物をふるいわけてるところ。

臼でローラーかけて、香辛料をつぶしてるのか、タミル系のギー・パロタとかそういう粉もんを作っているのか。なんでしょうか。

竈で調理してる絵と、ジャックフルーツの実をそいでる絵。

冒頭1ページめ(頁2-3)に村の全景の絵があり、椰子の実を落としてとる人間や、ゴムの木ではないでしょうが樹液採取のためよじ登って傷をつけている人、タミル人なのか、ターバン巻いて所在なげに座っている半裸の人などが描いてあります。子どもはここを見て、どこにキツネがいるか見つけ出して、もう夢中、シビルサンの術中にハマるわけですが、私は二点書いておきます。

この灰色の棒のようなものが、丹野サンの本に載ってる、椰子の実をぶっさして外側の皮をむくのに使う、ポルウラ、またはポルカーラという鉄槍(農家の庭にぶっさして立ててある)なのかもしれないと思いました。違うようにも見えるので、どうだろうなあと。

頁26。同じ器具。鉄槍には見えないかな。

頁24。鉄槍には見えないかな。さてどうでしょう。ポルウラ、またはポルカーラであってほしい。

頁2-3。右側の家屋。狐が出没する村なので、鶏舎は金網で囲ってますという圖。野犬も来ますしね。イタチも来るだろう。だからちょっとやそっと穴を掘られても中に辿り着けないようになってるはず。中に入ると面白半分に家禽の首を切って血を吸った散らかして行ったりされるから、おえん。まあ今はそういう害獣に気を使っても、鳥インフル感染もあるわけなので、さらに悩ましいわけですが。

で、左側の母屋ですが、シンハラ家屋によくある形式で、玄関のポーチに椅子を出して家族がくつろげるパターンだそうです。丹野サンの本にも出て来るし、『ハイジャック犯をたずねて』という彩流社の本でも、元ハイジャック犯が自宅のポーチ、軒先でくつろぐ写真があります。

stantsiya-iriya.hatenablog.com

軒先で家人がまったり出来るからといって治安がメチャクチャいいわけでもなく、窓には防犯鉄格子がはまっています。左は本書でキツネが窓越しに一家の食事を覗き込む場面、右は『まほうのひょうたん』"Dancing in the gourd"(2014)で、病人宅で悪魔払いの踊りをする場面。鉄格子の窓と雨の風景が彩りを添えています。

つぎに、サロンをはき、 こしのところを、スカーフでしっかりしばりました。

キツネが洗濯物を拝借して着て、人間のふりをする場面。サロマというかサロン(腰巻)を巻いた上で、スカーフでしっかりしばるとは知りませんでした。

で、この絵本は基本的に主婦と異物(キツネ)との闘いの話で、三人の主婦の夫はいずれも介入しません。というか、三人目の夫は姿すら描かれません。完全にどうでもいい存在。

一人目のダンナの食事風景。キツネがいようがいまいが泰然自若。というか、この人の場合部屋着だからか、サロンは巻いただけでスカーフでしめたりはしてません。

一人目のダンナが食後にバータコをぷかりふかす場面と、二人目のダンナの食事風景。キツネがいようがいまいがおかまいなし。シビルサンの絵本は、男性のだらしなくぽでっと出た腹が時々出て来るので、腹フェチにとってはたまらないと思います。

女性は三人とも、はやくに腰曲がるんではないかと予想される猫背で、特にこの、一人目の女性は猫背が多いです。村には子どもがわりといるはずなんですが、主婦三人に子どもが絡む絵は頁18だけ。主婦連と狐の戦いには、子どもも割って入れない。

子どもはピンクが好きなので、この狐のように、ストーリー以上にビジュアルが邪悪な存在がピンクをまとっていると、それだけでゼロワン回路が発動して、どうして完全懲悪でない状況が目の前にあって、それはどう完全懲悪になるのか、無関心ではいられなくなるはずです。映画「バービー」冒頭で、それまでの子どもたちはお母さんごっこがマストだったが、それをボンキュッパの社会実現に置き換えて世界を変えてしまったのがバービー、という場面がありますが、この絵本の読者はまだバービー登場以前の、混沌とした母性世界と、そこへの侵入者キツネに強烈に自我をそそられるはずで、何か分からないけれど倒さねばならない、という生存本能、防衛機能に火がついているはずです。

頁34-35に登場する「スリランカでは、けっこんしきなどにかならずたべるキリバスや、アズメや、ケブン」のうち、キリバスは「キリバット」として中村禮子サンの本に出て来てましたが、ほか二つは知りませんでした。

ja.wikipedia.org

si.wikipedia.org

「ケブン」は"kevum"と書くのですが、インド亜大陸の"v"音は我々としては"w"音として読む*1ので、「キャウン」というカタカナ表記が近くなるようです。

ja.wikipedia.org

si.wikipedia.org

「アズメ」は「アースミー」が近い発音で、"ආස්මි"と書くようです。

ආස්මි - විකිපීඩියා

ウィキペディアには何の写真も載ってませんが、画像検索すると下記です。

HISのブログに出てきた「アースミー」

これらを頁34-35に重ね合わせると、アンゴウサンの持っているのがキリバット、"කිරිබත්"で、ランゴウサンの持っているのがアズメ(アースミ)"ආස්මි"で、マンゴウサンの持っているのがキャウン、"කැවුම්"です。兵庫のお店のブログなど見ると、キャウンにはいろんな種類があるみたいです。

関係ありませんが、マンゴウサンのブラウスの二の腕の模様が、入墨に見えてしかたありませんでした。まあそうじゃないんですが、目の錯覚で。

このように、「無関心な男親」「人間とほとんど変わらぬ大きさで人間社会に入り込む狐」「家事労働を厭わず、無為徒食の民の嘲りに対しては毅然と名誉回復の戦いを挑む主婦たち」などの分かりやすい構図が、成功の方程式だったと思うのですが、どうでしょうか。とにかくビジュアルで勝ってる。惹きつける力がある。そしてスリランカに関して調べようと思うとその絵的情報もちゃんとくまなく埋め込まれている。マレーシアの漫画家"LAT"がカンポンの風景などをつぶさに描いたのと同時代、紙不足で出版状況最悪だったスリランカにもこんな人がいたんだ、という発見がすべてです。

スリランカ関係44冊目。以上

*1:

stantsiya-iriya.hatenablog.com

頁115

vatasino namayeva Bhurana desu! vatasiva Indo karakimasita!

上は、インドの引きこもりから来たローマ字のメール。