『我らが少女A』読了

八重洲ブックセンターのエレベーター前に下記のポスターがデカデカとあったので、図書館にリクエストして、順番が来たので読みました。

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・かつて髙村薫は社会派ミステリーの旗手だったが、八王子スーパー殺人事件のあと、フィクションの現実に対する敗北を感じ、推理小説を断筆していました。

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・私は『レディ・ジョーカー』や『照柿』『李鷗』は読みましたが、『マークスの山』は読んでおらず、さいよういち監督作品であることくらいしか知りません。それらを通じて、ゴーダという主人公がいたことについて、強い印象がなく、つまり覚えてません。

・断筆後の『晴子情歌』は読みまして、京都と青森上層階級の文化交流、樽廻船、青の旧字「靑」、「廻」という漢字を知ることが出来ました。その後、はてなダイアリーを始めてから、ほかの方のブログで見た『四人組が来た』も読みました。著者はいつの間にか推理小説をまた書き始めていたようで、しかし『我らが少女A』は、推理小説ではないとわざわざ予防線を張っているそうです。

・確かに、犯行シーンだけは、登場人物の空想シーンとして冒頭に挿入されるので、読者の脳裏にインプリンティングされてしまうのですが、虚実はさだかでなく、かんじんの「動機」が最後までアレです。妄想の犯行場面だけがリアルで、その一方で各登場人物が病気や事故や殺人で死んでゆく過程は、たんたんと、ライトです。重い読後感による負担を私たちにかけずにお話は進んでゆきます。

頁36

(略)同棲していた男はバンクスのキャップを後ろ被りにしているようなスケーター崩れだったとか、(以下略)

 ・登場人物のひとりの苗字が「栂野(とがの)」という珍しい姓で、私も幼少期「都鹿野(とかの)」という友だちがいたらしいですが、関係ありません。ほかの登場人物はごく平凡な苗字ですので、髙村薫小説のクセなのかもしれません。ひとりだけ難読姓にするしばり。

・前方宙返りをする女生徒のイラストは頁176。しかし彼女は主人公ではないし、彼女を探してという物語でもないです。複数の登場人物が並行してものがたるストーリーですが、ADHDのキャラがとにかく動かしやすかったみたいで、どんどん彼が独走して、頭一つ抜き出て、一馬身二馬身抜き出て、現実のキタサンブラック有馬記念の描写とぬきつぬかれつして、最後は永遠に我々を置き去りにします。フィクションがこういう追い抜き方をして、同じ境遇かどうか知りませんが、現実では新幹線ナタ男が、二人までの殺傷であれば無期懲役という過去判例のとおり犯行に及んで目論み通り無期懲役の判決を勝ち取ってピースサインした事件があったわけで、またそこで現実に対する物語の敗北を痛感して断筆宣言しないでくださいとは思います。

・そういうわけで、この小説は浅井忍の物語です。巻末に著者の各位への謝辞があり、特にブックデザイナーの多田和博という人は、巻頭でも献辞が捧げられています。毎日新聞への連載時、毎日挿絵画家をとりかえるという前代未聞の試みを遂行し、その半ばで物故されたとか。毎日絵のタッチが異なるというのは、浅井忍にこそふさわしいと思う。

|初出 毎日新聞 2017年8月1日~2018年7月31日|題字 多田和博|装画 間宮吉彦|装幀 岡田ひと實(フィールドワーク)|西武多摩川線多磨駅周辺地図作成 千秋社|本文デザイン 田中和枝(フィールドワーク)|本文装画 西口司郎/赤勘兵衛/鈴木理子/西川真以子/高杉千明/ヤマモトマサアキ/agoera/瀬戸照/高井雅子/星襄一 | 巻末の謝辞には、警察関連のファクトチェック、ブレーン、歯科やSNS関連の同、担当編集らの名が挙がっています。文中オレンジレンジのロコモーションが出るのですが、奥付のジャスラック認証はキャロル・キング&ジェリー・ゴフィン。

・駅員は、特に推理小説マニアでも海外ドラマファンでもないのですが、「和製キンブルとジェラード保安官補」の比喩を使います。そこだけ作者が登場人物に憑依して思考を乗っ取ってるのだと思います。

・「過った」という漢字にルビがなく、読めませんでした。頁311など。

www.weblio.jp

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文脈から判断して、後者です。

・頁322に登場する、高校時代バスケ部キャプテンで、電通に就職した男関連の書籍『青春と変態』会田誠ちくま文庫)は近隣の図書館に蔵書ありませんでした。リクエストするかどうするか。まったく読みたいと思う気持ちはないのですが。

青春と変態 (ちくま文庫)

青春と変態 (ちくま文庫)

  • 作者:会田 誠
  • 発売日: 2013/10/09
  • メディア: 文庫
 
キャラポーズ資料集 女のコのからだ編

キャラポーズ資料集 女のコのからだ編

 

・頁354の「妻の半月分の入院費十六万某かの支払い」の下線部分も読めませんでした。

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・頁380に「労基局」という表現があり、一発変換出来るのですが、私自身はこの言い方を使ったことがなく、ちぢめるなら「労基」長く言うなら正式に「労働基準局」と言うので、ローキキョクという五音に違和感を覚えました。ローキなら二音。

・頁222の出来事は非常に重大事と思うのですが、あっさりスルーされてゆくので、なんじゃこりゃと思いました。この小説の登場人物たちは、あまりセックルに情熱を覚えない人物ばかりなのか、合意であっても、頁293のように、わびしいです。職場の上司と不倫で、ラーメンをすすり、それが「特製」ラーメンで、ニンニクくさいまま、ラブホでもなく、男が女に「家に行っていい?」

・浅井忍の描写は、作者にとって、ガイドラインさえ守れば、いちばんドライブ感が得られる、楽しい作業だったのではないかと思います。最後はもう暴走以外のなにものでもない。疾風怒濤。よく芸人さんの公式のトップ画像が、そういう駆け抜けるイメージになってることがあり、あれはプロに頼むとき、どのパターンがいいですかと提示されるサンプル例なのかもしれません。ウーマンラッシュアワー村本も、三村ロンドの前に湘南MCやってた田子千尋も、内田慈も、一時期そういう画像だった。

推理小説を再び書き始めた作者にとって、もう社会正義は書く原動力ではなく、自分はそれをしてゆくいきものなのだ、という悟りがモチベーションになっていると考えます。自分はそれが好きなのだ。それをするのだ、という。その意味で、当初は、殺される元美術教師を自分に重ね合わせていたのではないかと推測しますが、しかしそんなものは、浅井忍のうろうろ行ったり来たりに飲みこまれてしまった。浅井忍もまた作者の分身なのでしょうが、分身であって分身でない。この小説は途中から変容し、多幸感ともいえない多幸感に支配されるようになります。そこにみどりごがはいはいはじめたりしたら、もう。

・私もこの辺りを訪れているのですが、用事と、銭湯スタンプラリーと、あと、南倍南に憧れて?、百姓銀行(仮名)の各支店で千円入金して通帳記入するを繰り返すという遊びで訪れたはずです。もうそんな時間がない。

・ゲームがたくさん出るのですが、私はやりませんので。大山のぶ代みたいになるなよと作者に言いたいです。

・浅井忍の父親の浅井隆夫は、出だしは、多動性障害の息子と鬱嫁の人生を背負った悲哀と、家族に不祥事があると辞めざるをえない警察官の淋しさという、しょぼくれたオッサンが好きなのであろう髙村薫のラブ注入キャラでしたが、ささいなこと?で警察に怒鳴りこんだりするあたりから、この人おかしいぞと思い始め、ケータイ隠匿のあたりで完全に、家族も、この人に巻き込まれてる面があるんじゃないのかと思い、作者はそれに気づいてないのではないか、だとしたら教えてあげなくてはいけないと思いました。新聞連載なので、同様の声が作者に届いたのか、あるいは作者はそんなこと先刻承知だったのか、頁336でその辺神の視座から指摘しています。作者が分かっててくれて、よかった。

我らが少女A

我らが少女A

  • 作者:髙村 薫
  • 発売日: 2019/07/20
  • メディア: 単行本
 
髙村薫 我らが少女A 挿画集

髙村薫 我らが少女A 挿画集

  • 発売日: 2019/07/20
  • メディア: 単行本
 

 以上