『かわいい夫』読了

 読んだのは単行本。チッチとサリーの表紙なので読んでみましたが、なぜその表紙なのかは分かりませんでした。前半は西日本新聞連載、後半は一本除いて書き下ろし。連載時は、ちえちひろという人がイラストを描いていたようです。単行本には収められていません。

かわいい夫

かわいい夫

 

 どういう経路でこの出版社から出ることになったのかも不明。

夏葉社 - Wikipedia

 電子版と文庫版は河出。作者を検索した際に、『かわいいお父さん』という作品もあることを知り、続編かと思いましたが、絵本なので、別の独立した作品のようです。

かわいい夫

かわいい夫

 
かわいいおとうさん

かわいいおとうさん

 

 アマゾンレビューは両極端で、それは作者の個性から来るものかなと思っていましたが、別の理由もあったです。私は、こうやってとつとつと、流産について語る随筆を、読んでなかったなと改めて思いました。そしてふたたびさずかる。

頁90、夫の好きな詩人は田村隆一。私は好きではないです。どうも酩酊感が、やはり。

頁12、ガスコンロの魚焼き器にタイマーがついていて、九分にセットされていて、九分あればたいがいの魚は焼けるので、ピピピッとなったら取り出せばいいだけ、というくだりを読んで、そんな夢のようなガスコンロがあるのかと思ったら、自分とこのもそうだった。なぜこれまで使わなかったのだろう。夫は魚を焼くのが趣味で、両面焼きでなく片面焼きのグリルで、じっと焼ける魚を監視して、ひっくり返すタイミングを逃さないという仕事をしてたのが、いらなくなったという話。寿司漫画『音やん』の玉子焼き職人のようです。漫画では炭火でしたが。

作者の読んでいるひと。頁73、銀色夏生南Q太。頁133、内田春菊(『私たちは繁殖している』)お裁縫の場面。同じページに、二ノ宮知子のだめカンタービレも出ます。頁195、モデルの菊池亜希子という人が本で紹介してるラーメン屋に行く話。女優でモデルがラーメン屋を紹介して、そこに作家がパートナーと行く。

菊池亜希子 - Wikipedia

谷崎潤一郎とか武田百合子のような作家作家した人も出るのですが、それより上記のような読書傾向のほうが面白かった。

頁70

私と夫は、それぞれ財布を二個持ちしている。自分の金を入れるものと、生活費(私と夫がそれぞれ決まった額を出してまとめ、それを二つの財布に少しずつ入れ、二人の生活のために使っていく。使ったらレシートを取っておき、家計として計上する)を入れるものだ。 

 成程なと思いました。こういう工夫がないから、しょっぱなから破滅したのかもな(ひとりごとです)

前半は、作者の父親が存命中で、後半書き下ろしは、逝去されたあとです。途中まで、父親の描写が断片的で、具合が悪いようにも見えるが、どうなんだろうとやきもきしてました。直球で書いて直視することではないと思われていたのか。

頁68「流氷みやげ」(流氷の入っている罐詰を高校の修学旅行で買って、それがまだ実家の冷凍庫にあるという話) 

 私は笑いながら、夫に缶のラベルを見せ、それから父にも握らせた。

 その前の、お彼岸の墓参りの話。

頁44「仏様に手」

  父は痩せてしまったので、ベンチに座っているだけでも痛い、と言う。

(略)上から見下ろすと、父はベンチで携帯電話をいじり、仕事のメールをしている。

(略)

「お父さん、じゃ、ここから拝んだら」

 と言うと、父がサッと片手を上げて、まるで友人に対する挨拶のような拝み方をしたので、私は笑ってしまった。私の記憶の中では信心深かったはずの父が、こんなふうに拝むようになったか、と笑いが止まらなかった。

お父さんがどういう状態なのか皆目わからなかったです。仕事をしてて、ケータイを持っていて、メールも打てることと、ご先祖様に片手挨拶との落差。

下記はその前の記述。

頁39「ノマド

 私は今、父の目の前でこの文章を書いている。

 実家のダイニングテーブルにラップトップパソコンを載せ、ひと文字ひと文字打っている。父の首のまわりと足だけ拭いてあげて、庭に咲いていたレンギョウの黄色い花を切ってきて花瓶に挿して置き、五分前に、パソコンを開いたところだ。

 これが、「病室で書いている」なら、父親の首や足を拭くのはぜんぜん分かるのですが、実家の、寝室でもなくダイニングという描写で、情景がうまく像を結べなかったです。ベッドをキッチンに入れてるのだろうかとか、あれこれ考えた。

頁107、ウェルメイドということばが分かりませんでした。読書会で出てくることばです。

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

頁175、三十五歳以上は高齢出産とあり、私は四十歳以上が高齢出産だと思っていたので、驚きました。最近でいうと滝クリ。知らなかった、三十五歳からなのか。

高齢出産 - Wikipedia

ふしぎな出版社から出てるせいか、目次のうしろと、奥付の前と、二箇所に初出の記載があります。へんな本。作者紹介には、前に読んだ本にも書いてあった目標「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」のほかに、「カテゴライズせずに人間を見ることはできないのか」を日々考えている、とあります。なるほど。こんなこと書く必要はないですが、作者は「ブス」とカタカナで書かず、「ぶす」とひらがなで書くんだなとも思いました。

頁128「穴は永遠に空いたまま」

(略)私は若い頃の自分よりも、今の、穴の空いた自分の方が好きだ。

 誰かによって空けられた穴が、他の誰かによって埋められることはない。どの家族だって減ったり増えたりするが、減った人の代わりを誰かが務めることはできない。新しい人が増えるだけだ。穴は永遠に空いたままだ。この穴を大事に抱えていこう。

私は新しい人ということはないので、そこはもう少し寂しいですが、でもおおむね賛成で、こうやれればいいなと思いました。若い頃の自分も今の自分も嫌だったらやってられないし、それは逆に、実はどっちの自分に対しても甘やかしの自己愛があるのかもしれないし。作者のさばさばした感性を、真似てもみたいと思いました。穴は空いたまま。ほんとうだ。以上